53 スバルの想い
あまり見直すと恥ずかしくなってきそうなので、夜のテンションのまま投稿します。
時は少しだけ巻き戻る。
「『ЙЖ』ッ!」
スバルの【竜声】がロックゴーレム数体を凍り付かせ、バスタードソードの魔力剣の一撃が打ち砕いていく。
その影から現れた、【氷のブレス】を免れた一体のゴーレムが巨腕を振るい、スバルはとっさに【竜の騎士】スキルの竜のオーラを全開にして、片腕で受け止めた。
「くっ」
「突っ込みすぎだ、スバルッ!」
その横から追いついたディートリヒがゴーレムの腕を打ち砕き、その隙に駆け込んできたエルマが両手に握ったエストックの突きでゴーレムの核を打ち砕いた。
崩れ落ちるゴーレムにエルマが息を吐き出しながらスバルに視線を向ける。
「スバル……焦るのは分かるけど」
「分かってる」
その言葉にスバルが短く返し、エルマとディートリヒは軽く溜息を吐いた。
二人もイオリを心配していない訳ではない。
ディートリヒも封印されるほど凶悪な化け物がイオリの貞操を狙っていると分かり、焦ってはいるのだが、スバルよりも冒険者としての経験が長いので、自分達の安全をまず第一に考えなければイオリを助けることが出来ないと理解しているのだ。
そこは仲間と家族の認識の違いだろう。
スバルだって、安全に進むことが最終的には一番早く辿り着けると頭では理解しているが、心ではそうではない。
それが分かっているからこそ、エルマもディートリヒもスバルを責めようとは思っていなかった。
「スバルッ、落ち着きなっ」
同じく家族でありながらも遅れて歩いてきたタネに、その護衛をしていたリリーナもどう対応して良いのか複雑な顔をしている。
「だけど、ばーちゃんっ」
「イオリは勇者と一緒にいるんだから、すぐにどうって事はないさっ。あの子はねぇ、普段はへなちょこだけど、やる時はやる子だよっ。何たって婆ちゃんの孫なんだから、スバルもどんと構えなっ!」
その叱りつけるような勢いに、条件反射なのか竜人であるスバルもビクッと身を竦ませた。
「聞いた話じゃ、あの子もスキルやら魔法やら、結構使えるようになったと言うじゃないか。あたしゃ、あの子が何かやってくれると信じてるからねぇ」
そう言ってタネはスバルに優しげに微笑む。
「「「「…………」」」」
スバルやエルマ達もその言葉を聞いて、イオリのこれまでの冒険を思い出す。
誘拐されてから奴隷組織を全滅させて脱出し、墓場では大量のゾンビと宿敵であるオーク戦士のゾンビを魔法とスキルで撃退した。
廃坑と繋がったダンジョンでは、一流冒険者とパーティを組み、スキルを使って窮地を脱出している。
「「「「…………」」」」
各々がその細かい内容を思い出し、余計に心配になった顔で頭痛がしたように頭を抑えた。
現実を知っていると、何一つ安心出来る要素が見あたらない。
「イオリ……」
スバルは自分が、これほどイオリを気に入っているとは思っていなかった。
手の掛かる『弟』で、男女が入れ替わったような状況の今でも、『姉』として自分が心配しているのだと思っていた。
男になったのに女性を愛せない自分だから、家族なので一生一緒にいるのも丁度いいと思い、からかうようにイチャコラしたりもした。
今にして思えば、スバルも自分が照れが混ざっていたのだと理解する。
だけど、イオリを狙う魔物はまだしも、イオリを同じ年頃の勇者の少年が連れ回していると知って、苛ついている自分に気付いてしまった。
(……あの子は私のものだ。誰にも渡さないっ)
多少歪んではいるが、スバルはやっと自分の気持ちに気がついたのだ。
「……とりあえず先に進もう、ばーちゃん」
「あたしが歩いてきても、急いだあんたに追いついたんだ。全員でしっかり連携すればもっと早く、あの子の所へ辿り着けるさっ。あんた達もいいかいっ、相手は数百年前に封印するしかなかった化け物だよっ、出来るだけ戦闘を少なくして、イオリを確保したら、勇者を囮にしてでもさっさと逃げるよっ!」
「「「「は、はいっ」」」」
何気に酷い言い様だが、全員が気持ちを新たにして、また遺跡の攻略を始めようとした、その時。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
「「「「「…………………」」」」」
遠くから響く地響きと爆音に、一同は思わず無言になり顔を見合わせた。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
「今度は何をやらかしてるんだいっ、あの子はっ!!!」
一応、人間世界の最終兵器である【勇者】も居るのだが、この場にいた全員が、ここで何かとんでもない事態が起きた時は、おそらくイオリが原因であると、タネの叫びに心から同意した。
ガラガラガラ……ッ。
遺跡そのものを崩壊させるような地響きが続くと、近くのぶ厚い石壁が崩れ、その奥に見えた通路から、さらに明確に聞こえる爆音と、魔物の悲鳴のような物が聞こえてきた。
それを見て、スバルは口元に堪えきれないように笑みを浮かべる。
「ごめん、ばーちゃんっ、やっぱ先に行くっ!」
「コラ、スバルっ!」
祖母の叫びを背中に、スバルは止まることなく剣を抜いて、その暗い通路へと飛び込んでいった。
竜の力を全開にして、高速で通路を駆け抜けるスバル。
通路には生きている魔物の姿はなく、進むごとに馬のような頭をした焼け焦げた魔物が増えていく。
こんな事をするイオリには、やっぱり自分のような“分かっている”者が側に居ないと駄目だと、改めて思う。
こんなイオリに振り回されているだろう勇者の、唖然としている様子を想像すると、思わず笑いさえ漏れた。
途中でまだ生きていたわずかなウマナミをすれ違いざまに斬り倒し、爆音が止んだその奥で崩れそうになっている壁から微かな話し声が聞こえ、その勢いのままぶち抜いた先に、やっと探していたアホの子を発見する。
「イオリッ! 無事っ!?」
「スバルちゃんっ!」
あの大規模な爆発があったとは思えないほど、傷一つ無いイオリを見つけてその名を呼ぶと、不安だったのか、イオリは半分泣きそうな顔でスバルに抱きついてきた。
「スバルちゃ~~ん」
「もぉ……ちゃん付けで呼ぶなって」
鼻水をなすりつけるようにぐずぐず言っているイオリに、スバルは呆れつつも笑いながら背中をポンポンと叩いてやる。
イオリにとっても、この世界でここまで自分を出して甘えられるのは、スバルしか居ないのだ。
タネやエルマでも自分を見せるが、その場合は【男の子】としての意識がブレーキを掛けている。本当の意味でイオリの現状を理解できるのはスバルだけだと、イオリもアホの子なりに感じていたのだ。
「………な、なんだよお前っ、イオリさんから離れろっ!」
恋した少女が見知らぬ男と抱き合っている様子にフリーズしていたナギトが、やっと復活して、新たに亜空間収納から取り出した剣をスバルに向けた。
黒い髪と黒い瞳。どう見ても日本人なナギトを見て、スバルはこいつが勇者ナギトかと理解し、ついでにイオリに対する“想い”も何となく察する。
「ぐしゅ……あ、ナギトくん、スバルちゃんは…」
「いやいやいや、すまなかったね、君。私のイオリを保護してくれてありがとうっ! 後で礼はするから、もう行っていいよ」
ナギトの気持ちに気付いていながら、思いきり煽るような言葉をスバルは使った。
これが本当の“男同士”だったら、もう少しだけ気を使った言葉になるのかも知れないが、元女性であるスバルはそんなことは気にしない。
それに元々ナギトは、祖母であるタネのダンジョンを強盗して、売り物であるアイテム類を奪い、タネからもお仕置き指令を受けている。
そしてなにより、自分の力を過信して、イオリをこんな危険な場所まで連れ込んだ張本人なのだ。
「お、お前…っ、イオリさんの何なんだよっ」
「す、スバルちゃん…?」
「イオリは、私のモノだ」
キッパリと言い切ったスバルに、イオリとナギトが固まった。
「スバ…、んぐっ!?」
何か言いかけたイオリの口をスバルが強引に唇で塞ぐ。
「んっ!?んーっ!?」
幼い頃、冗談でちゅーくらいならしたことはあるが、声が出ないほど塞がれただけでなく、口の中まで好き勝手に蹂躙されたイオリは、目を白黒させたまま真っ赤になってショートしたように湯気を立て、完全に身体から力が抜けてしまっていた。
強引にイオリを黙らせたスバルは、イオリの唇から離れると、真っ赤なままぐったりとしたイオリを片腕に抱いて、まだ硬直したままのナギトにバスタードソードを掲げてニヤリと笑って見せた。
「もう一度言う。イオリは私のモノだ」
「……なっ、なんなんだよ、お前はぁああああああああああああっ!」
思わず同情しそうになるほど酷い煽りに、この世界に来てからあまり我慢をすることがなかったナギトは、全身から怒気と殺気と魔力を込めた威圧を解き放った。
ビリビリと震える空気の中で、スバルも気を引き締め直し、イオリを安全そうな床に降ろしてから、竜のオーラを全開にして剣を構える。
「ぶっ倒すっ!」
「そっちこそ、簡単に許して貰えると思うなよ…ッ!」
スバルちゃん、煽りすぎです。直接戦闘まで辿り着きませんでした。
次回、スバルは勇者に対抗する手段はあるのか。




