50 遺跡探索
タネとエルマが盛大に溜息を漏らし、スバルとディートリヒ、リリーナの顔色を青くさせていた頃、当のイオリはまだ危険を感じていなかった。
悪魔系モンスターでありながら物質界で生まれ、物理的な肉体を持ち、ミノタウルスの系列でありながら、あまりにも馬鹿げた生態故に呆れられ、過去の魔導師達からも命名されることもなく、『ありゃ馬並みだべなぁ』と言い放った農家のお父さんの発言がそのまま名前(仮称)となったモンスター『ウマナミ』。
そんな外来危険種並の魔物が百体くらい封印された遺跡に突入したイオリとナギトであったが、そんなマイナーな魔物なので二人は特に危険があるとは思わず、強いモンスターが守る遺跡=お宝ウハウハ、と言う単純な思考回路によって二人は奥へと進んだ。
「てりゃっあああ!」
ナギトの剣がロックゴーレムを粉砕する。
彼の持つ剣は、ナギトの前任者である『堕ちた勇者』フォーテリスが倒した邪竜の腹の中から出てきたという『魔剣』で、既存の魔力剣のように自分で魔力を込める、所謂『充電式』ではなく、周囲から魔素を吸収して威力に変える、この世界でも十数本しかない、大国であるスザーク国でも国宝に分類される『宝剣』であった。
どうして竜の腹の中にそんな物があったのか分からなかったが、『なんか格好いいから良いじゃないか』と言う意見によってスルーされ、実際はその剣が胃の中にあったからこそ、チクチク胃が痛んで邪竜が弱体化されていたなど、邪竜を倒したフォーテリスしか知らない話である。
「おお~っ」
一撃でゴーレムを倒したナギトに、イオリは暢気に拍手を贈る。
仮にも遺跡探索中で相方が戦闘をしているのだから、もう少し緊張感というか、戦闘で役に立たないとしても戦う準備くらいはしろと言いたいところだが、そのイオリに良いところを見せたいナギトがイオリに何もさせず、すべて自分で倒して、今もチラチラと『もっと褒めろ』とばかりの様子を見せていたので、どっちもどっちだと言うことであろうか。
しかし、ここで問題になるのはそんな些細な『純情少年が頑張っている、小学生レベルの恋模様』ではなくて、今倒したゴーレムは、封印した魔物が出てこないように過去の偉大な魔導師が後世に残した『半分が優しさで出来ているゴーレム』であることが問題なのであった。
つまりはゴーレムを倒せば倒すほど、二人は不利になっていく。
しかしながら、こういう“愚か”なトレジャーハンターがうっかり魔物の封印を解かないように設置された面もあるので、そう言った意味ではゴーレムさん達は自分の仕事をしているとも言えるが、一番の問題は、まさかナギトクラスのハイレベルな戦士が、遺跡の古文も読めず、女の子の気を惹く為だけに突入するとは、過去の英雄達も想定もしていなかったことであろうか。
大国スザークの、風の勇者ナギト。
地球から召喚され、十数年ぶりにその座に着いた人間世界の救世主、それがナギトの正体であった。
そしてもちろん、そんなことは“誰”でも気付いている。
……イオリ以外は。
あきらかに“日本人”っぽい風貌と名前で常識にも疎く、金額さえも分からない超豪華な装備に身を包み、風の魔法や剣技を使う、とてつもなく強い戦士なのだから、ナギトは隠しているつもりでも今まで立ち寄った街ではバレバレであった。
逆にここまで関わってどうして気がつかないのか、イオリの将来がこの世界で生きていけるのか、関係者一同不安になるレベルである。
最奥から『ウマナミ』を外に出さないようにゴーレムさんが頑張っているのだが、 それでも何百年か経つうちに壁が壊されて迷子になったり、少しずつ漏れたりする。
そんな訳で、進めば進むほどゴーレムが減りウマナミが増えていく。
『ボフォォオオオオオッ!』
「イオリさんっ!」
どれほど『勇者』が強くても、複数のウマナミを相手にした場合、一撃では死なずに瀕死状態でも擦り抜けてくる者が出てくる。
ブン……
「やあっ」
相変わらずギリギリで発動する【自動記録】に文句を言いたいイオリであったが、そんな場合でもないので構えていた弓矢を放つ。
『ブモッオオ!』
命中補正のある『そよ風の弓』のおかげで、丁度良くウマナミの目に突き刺さり、それがトドメになったのか馬の頭を持つ魔物は崩れ落ちた。
「イオリさん、大丈夫っ!?」
「な、なんとか……」
心配そうに駆け寄ってくるナギトに、イオリは吐き気を堪えながら何とか答えた。
今更、生き物を撃ったことで吐きそうになっているのではない。これでもこの世界に来てから何度も戦っているので、イオリも冒険者として成長はしているのだ。
では、どうして吐きそうになっているのかと言うと、実際この場面で二度ほどお亡くなりになって【自動復活】のお世話になっていたからだ。
「何でだろう……あの馬、何故かイオリさんに向かっていくね」
「……何でだろうねぇ」
イオリは暗い顔で口籠もる。
あの瀕死になった状態でも、腰布を突き上げる正に“馬並み”の物体を見て、過去の嫌な記憶を思い出してしまった。正確に言えば豚。
正直、わずか二体でこのざまである。
もしハナコが戻っていたのなら、経験上、パーティでイオリが直に戦闘すると言うことは、もうすでにかなりのピンチであり、撤退を進言している場面なのだが、ナギトは自分の勇者としての力を過信していたし、イオリはイオリで何も出来ていない自分がそろそろ情けなくて、ここで“何か”を掴もうと考えていた。
イオリはずっと、自分がちゃんと戦えるようになる戦法をハナコと話し合ってきた。
ハナコにしてみれば、イオリの強みは、不利な戦況をいきなりひっくり返すことが出来る『爆弾』と、【自動復活】を使ったゾンビアタックなのだから、爆弾購入の為に、お金さえ稼いでおけばそれでいいじゃないかと思っていたのだが、イオリはそれに納得しなかったのだ。
そもそも【自動復活】は、イオリの精神と肉体にかなりのダメージを残すのだから、当人としては勘弁願いたいところなのだろう。
本来【自動復活】は、世界の理に叛する危険なスキルなのだ。
使っているのが“イオリ”だからこそ表面上は何ともないが、普通の人間がこれを何度も使用すればダメージが身体に溜まり、とてもじゃないが、ゾンビアタックのような便利な使い方は出来ない。
何度も復活することにより、重複する『記憶』がかなり脳に深刻なダメージを与え、最悪は精神が自己認識を出来なくなり崩壊する。
イオリが無事なのは、『おバカ』のせいで、重大な事柄でもあっさりと記憶の底に投げ捨ててしまっていたので、脳にまでダメージが行かなかったのだ。
もし医学者などがこの状況を知ることが出来たのなら、そのせいでイオリがおバカになってしまったのではないかと、深刻になるところだが、是非とも安心して欲しい。
イオリがアホの子なのは元からである。
……それはそれで、何一つ安心出来ないのだが、それも今更だった。
話は盛大に逸れたが、イオリの戦闘方法の話だ。
イオリが固有スキルである【自動復活】のデメリットを、裏技を使って何とか無効化出来ないか試みているように、固定化された“スキル”は特殊な状況やアイテムによって変更を上書き出来る可能性がある。……と祖母のタネから聞かされた。
ゲームなどで最初は中二病を刺激する暗○騎士だったのに、いきなりご都合主義で聖騎士にさせられちゃうように、固定化されたスキルをリセットではなく『進化』させ、条件そのものを上書き出来ると言う事例が、過去の文献にあったらしい。
太古の強力なアイテムを取り込むことでそれを為したようだが、イオリが危険だと分かっていながら遺跡に入ったのは、そのアイテムがあるかも知れないかと考えたからだった。
そして今まで足りなかった知識も、元女子大生で、腐った無双系ゲーマーである従姉妹のスバルと再会したことで、爆発物に関する科学知識を得ることが出来た。
それによってイオリは、現実世界なら簡単には手に入らなくても、スキルと一部魔術を併用することで安価な爆発を起こせることを知ったのだ。
イオリは“おバカ”だが“馬鹿”ではないのだ。
そして、そんなものを使ったらまず自分に被害が来ることを想定していないのが、いかにもイオリらしいと言える。
と、色々とイオリも考えているのだが、そんなアイテムが手に入る当てもないので、所詮は絵に描いた餅に過ぎなかった。
「イオリさん、ここが最下層だ」
「……えっ!?」
色々ダラダラと、強いスキルを手に入れて無双する中二病的な夢想をしていたら、偶然にも“運良く”戦闘をすることもなく最奥まで辿り着いてしまったらしい。
「…ひっ」
「い、イオリさん…?」
正気に戻って早速、イオリの無駄に高性能なハイエルフとしてのセンサーが、周りがあの馬の化け物だらけだと教えてくれた。
囲まれたのではなく、今まで偶然持ち場を離れていたウマナミが元の場所に戻ってきただけなのだが、現状は気付かれているかいないかの違いしかない。
ここで調子に乗って一回でも戦闘をすれば、周りから百体ものウマナミが押し寄せてくるだろう。
とてもではないが“運良く”ではなく、どうみても最悪だ。
そして、空気を読んだように【自動記録】先生が、ブンブン何度も発動してイオリの退路を丁寧に塞いでいた。
「な、ナギトくん、逃げ…」
『ブモォ…?』
「ほら来たよっ!」
ギリギリの望みを賭けて撤退を判断した途端に、通路の曲がり角でパンを咥えた転校生にぶつかるような気軽さでウマナミが現れた。
目と目が合っても恋は始まらない。
ちなみに、転校初日にパンを咥えて走るような自己管理の出来ていない人間と恋をしたいとも思わない。
何故か、こういう事態に異様に慣れているイオリは、久しぶりの♀に興奮するウマナミと、唐突な展開にナギトが同時に硬直した瞬間、ナギトの手を掴み、銀貨数枚分の地雷をばらまきながら走り出した。
「ナギトくん急いでっ」
「え、えっ!?」
そして二人の絶望的な逃走劇が始まる。
次回から、またオワタ式が始まります。
物語全体がクライマックス近づきました。




