05 とりあえずご飯とお風呂
少し余裕が出来たので本日二話目です。
『イオリ様、落ち着きましたでしょうか?』
「……うん、…ぐす」
ダンジョンコアである【伊の壱号】が感情のない女性のような声で尋ねると、女性の身体になったショックから泣き出してしまったイオリが何とか言葉を返す。
男だったのに情けない…とは言わない。新たに構成された『女性体』が精神の衝撃に驚いて、その衝撃に、女性になった身体に影響された精神が勝手に泣き出してしまったというのが正しい。
『…………』
コアである【伊の壱号】に人間のような感情はない。
ただ目の前でべそべそ泣いている可愛らしいイオリの姿を見て、コアとして初めて意味もなく『映像記録』を開始する。
ピッ……【●REC】
「……何の音? …ぐす」
『何でもありません。それよりイオリ様、お腹はお空きでありませんか? マスターの残された保存用食材がありますが、お食事になさいますか?』
「……たべりゅ」
泣いたせいか幼児言葉になっているイオリが、まさか誤魔化されたとは気づかず頷くと、それまで四方閉ざされていた石壁の一つが開き、その部屋の灯りが漏れてきた。
コアルームの隣はダンジョンマスターである『シード』の居室となっていたようだ。
考えてみれば、生活空間と管理部屋が離れているのは面倒なのだとイオリは理解したが、その部屋はキッチンとリビングとベッドが一纏めになっており、それどころか風呂まで同じ部屋にあるのはものぐさだったのかと感じた。
『それでは調理を開始します』
「ありがと…」
コアは一旦録画を停止して、コアのシステム魔法である【念動魔法】を駆使して調理を開始する。
魔法の恩恵か簡単に調理は済んで、出てきた料理を見てイオリは絶句した。
「………」
出てきたのは、ほかほかの白いご飯に、茶色いタクアンと、お麩とワカメのお味噌汁であった。
確かに『保存食』を使った食事だ。
異世界というのものに憧れを持っていたイオリは最初の食事がコレなのかとか愕然としたが、日本から離れて体感数時間しか経っていないのに、タクアンと味噌汁は何故か懐かしい味がした。
『それでイオリ様は、元男性だったのですか?』
「うん……今も男のつもりなんだけど。何でこうなったんだろ?」
『推測になりますが、おそらく『スキル』の影響かと思われます。マスターのライブラリーでイオリ様のスキルを検索いたしますので、お着替えをなさってはいかがでしょうか? お風呂を沸かしますので、鏡でご自身を確認するのが宜しいかと』
「…そ、そうだね」
出来るだけ考えないようにしてきたが、いつまでも現実逃避をしていられない。
女になった自分と向き合わなければいけないのだが、それ以上に健全な男子高校生として、自分の身体とは言え『女性』の身体を見る事に抵抗があった。もちろん同じくらい興味もあるのは言うまでもない。
そして【伊の壱号】が着替えを勧める意味もイオリは理解する。
現在のイオリの服装は日本で着ていた『学生服』ではなく、イチゴ柄の『パジャマ』みたいな服を着ていた。
爆発に巻き込まれたのだから学生服もダメになってしまったのだと思ったが、
「……このパジャマって光の精霊さんの趣味なの…?」
考えても答えは出ないので、カーテンで仕切ってあるだけのお風呂場にある姿見で、イオリは初めて女性になった自分を見て目を丸くする。
「………」
鏡には、とても魅力的な黒髪の美少女が映っていた。
元々イオリは男としては頼りない顔立ちで、華奢な体格のせいもあり、軟弱と言われそうな容姿をしていた。
それが女性になっただけで今までの欠点はすべて長所に替わり、情けない顔立ちも庇護欲をそそる、絶世とは言えないが綺麗で可愛らしい女の子になっている。
元から色素が薄かった瞳は綺麗な紅茶色に変わり、髪色も黒から変わっていないが、今までどうして気づかなかったのか不思議なほど真っ直ぐ肩まで伸びて、その両側から10センチほどの長い耳が飛び出していた。
「……エルフ…」
コレがエルフなのかと、イオリは呆然と呟いて自分の頬に触れる。
エルフとなった影響なのか、肌が以前より白くなり、とてもきめ細やかな透明感のある肌になっていた。
「うひゃっ!?」
自分の長い耳に触れた瞬間、電気で痺れるような刺激があって、イオリは素っ頓狂な声を上げた。
エルフの耳とは思ったよりも敏感な部分らしい。それが髪に触れてどうして平気なのかと思ったが、エルフの髪は細く、軽くて、触り心地が良く、それが伸びたことに気づかなかった原因だった。
「…………」
イオリはゴクリと唾を飲み込んで、パジャマのボタンを外し始める。
ピッ……【●REC】
「……また何の音?」
『問題ございません。ただのシステム音でございます』
「ふ~ん」
気を取り直し、目をギュッと瞑って勢いよくパジャマと下着を脱ぎ捨て、そ~っと目を開くと、何というか綺麗なことは綺麗だが、エルフらしいスレンダーな身体だった。
引っ込むところは引っ込んでいるが、出る部分はあまり出ず、慎ましい膨らみは片手ですっぽり包むのに丁度いい。
色白になった肌色の中でわずかに色の付いている部分は、自分の身体でも恥ずかしくて見るのもドキドキしたが、女性体となった身体に精神が影響を受けているのか、あまり性的な興奮は感じなかった。
「う~ん……」
それが良かったのか悪かったのか分からないが、自分の身体に興奮するような変態にはならなかったのは助かった、とイオリは考えることする。
「……男に戻れても、この感覚が残ったらやだなぁ」
熟成発酵している従姉妹は喜びそうだが、イオリとしては勘弁して貰いたい。
とりあえず裸のままだと風邪を引きそうなので、イオリはお風呂に入ることにした。
異世界物語の常識として、この先いつお風呂に入れるか分からないと気づいて、イオリは丹念に伸びた髪も洗っていく。
自分の手で身体を洗うことも恥ずかしかったが、女性になった身体は実年齢よりも幼い感じがして、洗っているうちに恥ずかしさも薄れてくる。
ツルツルピカピカツヤツヤとなったイオリがお風呂から上がり、今まで腰にしか巻いたことのないタオルを胸元に巻いてカーテンを開けると、脱いだパジャマは何処にもなく、その替わりに新しい下着と幾つかの服が用意されていた。
「これ……着ていいの?」
『はい、これらはマスターが取得しましたが、サイズ的や性能的な面から、使用されることが無かった物です。その中で私に裁量権がある物を、イオリ様の為に選ばせて貰いました』
「そっかぁ、ありがとーっ」
『いえ、こちらこそ、ありがとうございます』
「へ?」
『いえ、こちらのことでございます』
イオリが脱いだパジャマや下着はすでに確保して保管してある。【伊の壱号】は録画を停止すると、イオリの意識がそれらを思い出さないように、用意した衣服の説明を始めた。
『こちらの下着は、汚れてもある程度清潔に保てる魔法が掛けてあります。こちらを7セット用意いたしました』
「……紐パン」
やけに布地が少ない上下の下着を摘み上げて、イオリは呆然と呟く。
ちなみに色は、白2・黒2・桃・黄・赤である。
「……ちょっと透けてない?」
『レースを使用しておりますので、そのように感じるだけです。そちらの黒の下着は 特に強い『洗浄』と『消臭』の魔術を施しましたので、多い日も安心です』
「多い日?」
女性としての経験値が低いイオリが首を傾げる。もちろん初めて聞く言葉ではないが三年前に従姉妹に尋ねて殴られたので結局意味は分からなかった。そして非生物である【伊の壱号】はそれ以上説明する気は無いようで、衣服の説明を続ける。
『そちらの緑の服は、エルフの旅人が好むと言われる『狩人の貫頭衣』で、マンドレイクの葉の繊維で編まれており、『再生機能』と、『魅力』を上げる効果があると言われております』
「そんなもの貰っていいの!?」
『まったく問題ございません。そちらのブーツは、ナイトウォーカーと呼ばれる魔物の革を使用しており、足音を抑えてくれます』
「おお~…っ」
『そちらのマントも魔法は掛かっておりませんが、寒暖厳しい地方の大牛の革で作られていますので、暑さ寒さを和らげてくれます。他にも細々とありますが、荷物はこちらに鞄に入れておくと良いでしょう』
「もしかして、アイテムバックっ!?」
これも定番だが、異世界と言えば何百キロでも物を入れて持ち運べるアイテムバックだろう。
イオリはキラキラと輝く瞳でその遠足リュック並の鞄を見つめたが、【伊の壱号】はそれをあっさりと否定した。
『上位鑑定と同じく、勇者専用の『秘術』にアイテムを収納できる亜空間魔法はございますが、一般的にそのような物はございません。マスターも研究されておりましたが、失敗に終わりました。そちらの鞄はマスターが制作した魔道具の一種で、若干の重量軽減、それと収めた食材を長持ちさせ、汚れた衣服を洗浄する効果がございます』
「そっかぁ……それでも凄い物だよねっ」
『ありがとうございます。強奪していった勇者も、戦闘系以外の物品には興味を示さなかったので助かりました』
「脳筋勇者なんだね……」
『そうですね。とりあえずイオリ様はそちらをお召し下さい。スキルについての検索結果が出ておりますので、その後にお話ししましょう』
「うん、ありがとう」
きちんとお礼を言って、イオリは身体に巻いていたタオルを外すと、用意してもらった服に着替え始める。
ピッ… とまたシステム音が聞こえたが、イオリは初めて身に付ける『紐パンツ』や『紐ブラ』に悪戦苦闘しており、それを気にはしなかった。
下着やブーツを身に付けると、イオリは長い布のような貫頭衣を手に取る。
緑色の貫頭衣は、一枚の長いタオルのような形状に頭を通す穴が開いてあるだけの物で、その腰辺りを別の布で縛るのだが、動くとチラチラ横から脇や白いブラが見えてしまっている事にイオリはまだ気づいていない。
そんなイオリでも貫頭衣の丈は気になった。
その裾丈は股下15センチ程しかなく、瑞々しい生脚が丸出しで、『魅力』が上がるとは、こういう理由か…とイオリは頭痛がする思いがした。
(……でも、マントを着れば、ある程度は隠せるか)
と、イオリは深く考えずに自分を納得させる。
元男性である為か、見るのは恥ずかしくても、見られる羞恥心はまだ薄かった。
※結ぶ部分が紐で本体まで紐ではありません。ビキニタイプです。
次回、女性になった理由が分かります。