48 イオリとナギトの遺跡突入
しつこいようですが、良い子の保護者の皆様、この物語は“健全”でございます。
「ここだよ、イオリさん」
「わぁ……」
森の中に入って数分、山道から割と近い場所にその遺跡はあった。
何故そんな場所の遺跡が今まで見つかっていなかったのかと、疑問に思うかも知れないが、その入り口は大木の根元にあり、その根が巨大な爪痕で抉られ、その入り口が露出していた。
そしてその近くに、すでに獣に食われて骨になった巨大な魔物の骨があった。
イオリの知識では何の魔物か分からないが、それを倒したのがナギトなのかと思い至り、イオリは遺跡を見たのと同じようにキラキラした瞳でナギトを見る。
「ナギトくん、凄いねっ」
「………う、うん」
その視線に耐えきれないように、ナギトはイオリから視線を逸らしてしまう。
照れ隠しではない。ある意味“照れ”も混じってはいるのだが、ナギト少年の頬が赤いのも、イオリの瞳を真っ直ぐ見られないのも、心にやましい物があるからだ。
やましい。疚しい。
そんな言葉だがイオリの顔をまともに見てしまうと、『イヤらしい』という単語のほうが相応しいかも知れない。
(なんでイオリさんは下着着けてないのっ!?)
何か事情があったのかも知れない。本人の趣味かも知れない。エルフは着ける習慣がないのかも知れない。
職業柄モテモテのくせに、良く言えば純情……悪く言えばへたれのせいで、同年代の女の子とはほとんど接点が無かったナギトは、イオリにそれを尋ねることが出来なかった。
当のイオリは紐パンを落としてしまったとはまったく気付いておらず、まだ冒険者が入ったことのない遺跡と、久しぶりに同じ歳の友人が出来たことではしゃいでしまい、森の中を警戒心もなくナギトより前に出て、ピョンピョン跳びはねて移動するので、その度にナギトの視線は宙を彷徨い、前傾姿勢になっていった。
さすがに色々な意味で危ないのでナギトが前に出て先に進むが、それでも後ろにいるイオリの安全を確認する為に振り返らなくてはいけない。
イオリが普通に歩いているのならば問題はない。
ナギトの視線が一瞬だけ剥き出しの白い脚に向けられてしまうのも、16歳の少年なのだからある意味“健全”であると言える。
だが、アホの子全開で跳びはねているイオリが、倒木などと飛び越える瞬間だったりすると、とんでもないことになる。
後ろならばまだ良い。一般的に良くはないのだが、そんなモノは人族であるなら誰でも持っている。綺麗かそうではないかの違いしかない。
けれども、前はダメだ。どうしようもなくダメだ。
特にイオリは“処理”も“手入れ”もまったく必要ではない身である。
成人女性特有の、ある意味納得出来るような色気はないが、その分、背徳感が半端ではない。
精神的にも物理的にも、陰りのない純粋な白さというモノは、とても“暴力的”なのだとナギトは16歳の若さで悟ってしまった。
「ナギトくん、変なの」
「ご、ごめん…」
そして距離が近い。
年頃の男女の距離ではなく、小中学生の男子同士の距離感にドキドキしてしまう。
これでへた……純情な少年でなければ、色々と勘違いをしてイオリは押し倒されていたかも知れない。
また思わず視線を逸らしても自然とその視線がイオリの下の方へ向いてしまうのは、年頃の少年の習性のようなものなのだろう。
「ねぇナギトくん、これ、なんてモンスター?」
「…え? あ、これかぁ、俺も初めて見たんだよね。この辺りにしか居ないのかな? 結構強かったけど」
「ふ~ん」
今は何故かハナコが応答しないので聞くことも出来ずイオリも首を傾げるが、それよりも遺跡のほうに興味を惹かれて深く考えはしなかった。
「ねぇねぇ、どうやって遺跡に入るの?」
「ちょっとやってみるから、イオリさんは離れてて」
「うんっ」
「………」
ナギトは素直すぎる程に純粋で、助けたとは言っても出会ったばかりの自分を信頼してくれているイオリに、頬が緩みそうになると同時に決意する。
(こんな子を一人で放置するなんて、保護者は何をやってるんだ……。これはイオリさんを保護者から引き離してでも、俺が保護しないとダメだ、うん)
「閃風剣っ!」
また中二病っぽい技名を叫びながら、ナギトは大木の根っこごと文化財的に貴重な遺跡の入り口を破壊した。
イオリもその力任せな行動に驚いたが、この世界に来て数ヶ月程しか経っていないので、この地ではこれが当たり前なのかと自分を納得させる。
「それじゃ、入ってみる?」
「う、うんっ」
ぽっかり開いた入り口から二人は遺跡の中に入っていく。
ブン…… と、また【自動記録】がされる感覚にイオリは息を飲むが、それでもまだ遺跡の中身のほうが興味をそそられた。
「……暗いね」
ダンジョンマスターやダンジョンコアに管理されたダンジョンと違い、光の差し込まない遺跡の中はとても暗い。
「あ、ボク荷物に確かランプが…」
「ライトっ」
イオリが少しでも役に立とうと荷物からランプを取り出そうとした時、魔力が潤沢であるナギトは節約も考えずあっさりと【灯明】の魔術で明かりを灯した。
「………」
「え、あ、ごめんっ」
明かりが点いて、ランプを取り出したまま困った顔になっているイオリの顔を見て、ナギトは慌ててしまう。
「えっと……確か冒険者だと明かりは複数有ったほうが良いって聴いたよっ、さすがイオリさん、冒険者だねっ」
「あ、うん」
さすがにおバカなイオリでも気を使われたことが分かるので、素直に携帯用のランプに火を灯す。
結果的に二つの明かりを灯したことで遺跡の中は良く見えるようになったが、少し進むと、苔むしたような石造りの通路の奥から、魔物を呼び寄せるようにもなってしまった。
ガゴン…ガゴン……。
「ゴーレムだ。イオリさんの弓じゃ不利だから、俺に任せてっ」
「が、頑張ってっ」
キリリとした顔でイオリに注意を促し、再び前を向いたナギトの顔はイオリの声援にどうしようもなく緩んでいた。
(これは……格好いいところを見せないと)
石造りの通路は横幅が4メートルで、高さも同じくらいだ。
横幅は足りないが高さならは天井に頭が届きそうな巨大なロックゴーレムに、ナギトは恐れも見せずに突っ込んでいく。
ブンッ! とゴーレムの巨大な腕が振り下ろされる。
「っ!」
人間なら一撃で潰れてしまうそうなその攻撃にイオリは思わず目を瞑るが、そっと目を開けるとナギトは自分の数倍もありそうなゴーレムの攻撃を受け流し、ゴーレムには不利と思われた刃武器である剣を使って、あっさりと斬り裂いていた。
ズズン…ッ。
ゴーレムの魔石が打ち砕かれて通路に崩れ落ちる。
ゴーレム系は貴金属系でないのなら魔石しか稼ぎにならないのだが、資金で困ったことがないナギトは躊躇いもなく魔石を砕いた。
「どう? イオリさん、見てくれた?」
それでも技量的にも能力的にもナギトの戦闘能力は優れていたので、チラ、チラとイオリを見て自慢げな顔をするナギトに、イオリは素直に賞賛する。
「ナギトくん、すごいなぁ……」
「いや、あはは」
「ボクの一番上の従兄弟の兄ちゃんと、同じくらい凄かったっ」
***
「イオリの場所が分かったよ」
「「「えっ!」」」
攫われたイオリを追って移動している途中、馬車の中で黙り込んでいた祖母のタネが唐突にそんなことを言い放った。
「ばあちゃん、イオリは!?」
「落ち着きな、スバル。通話出来る距離じゃないみたいだが、イオリに預けていたハナコがダンジョンに伝言を残していたよ」
「タネさん、イオリは無事そうですか?」
心配はしているのだろうが、それ故に冷静に事を運ぼうとするエルマの言葉に、タネはゆっくりと頷くと同時に疲れたように溜息を零した。
「どうやら、途中で救出されたみたいだね。……まったく、あの子は何かに呪われてでもいるかねぇ。とんでもない“大物”と一緒にいるよ」
「……とんでもない?」
それからタネの指示でハナコが指定した場所に急ぎ赴くと、そこには持ち主の居ない荷馬車の馬が、文字通り道草をボリボリ貪っていた。
「男共は周囲を調べなっ。私はもう一度ダンジョンと連絡を取るから、エルマとリリーナは馬車を調べな」
「「「「はいっ」」」」
エルマが馬と御者台を調べていると、荷台を調べていたリリーナが何となく引き攣った顔を上げた。
「……ねぇ、エルマ」
「どうしたの? 何か分かった?」
「こんなモノがあったんだけど……」
リリーナが持ち上げたのはイオリが穿いていたと思われる短パン……、そしてその下に着けているはずのイオリの白い紐パンであった。
「あの子は……何をやっているのっ!?」
さすがの冷静なエルマも、あちらこちらで問題しか起こさない妹分に、思わず叫びを上げた。
本当に何をやっているんでしょうかねぇ……。
そしてイオリの従兄弟の兄ちゃんとは?
次回、遺跡の探索。その秘密とは。




