47 少年との二人旅
この作品を書くのに、あえて脳はさほど使っておりません。
「イオリは見つかったか!?」
「ダメだ、市場のほうでは見た人はいなかった」
「まったく、何やってんだい、あの子は……」
先に戻っていたディートリヒにスバルが問うと芳しくない返事が返ってくる。
イオリ関連でスバルのことをあまり好ましく思ってはいないディートリヒだが、こんな時に感情を優先させるほど愚かでもない。
と言うよりもディートリヒがアホになるのは、イオリの『生体の神秘の謎』に迫る時だけである。祖母のタネも男の子の時はあれ程パッとしなかったイオリが、女の子になっただけで『アホの子』がこれ程“罪作り”になるとは考えもしなかった。
「それじゃ俺はスラム街のほうを捜してくるっ」
「俺もそろそろ身分を明かして、この国の衛兵に協力を…」
「待ちなっ、次に動くのも全員が戻ってからだよ、何の為に定期的に戻るようにしてるんだいっ、情報を共有しないと効率が悪くなるよっ」
タネの一喝に孫のスバルはともかく、小国とは言え王族であるはずのディートリヒもビクッと背筋を伸ばして硬直する。
ここは冒険者ギルドに付随する酒場で、その一角に陣取ったタネ達に他の冒険者達は恐れをなしたように近寄ってこない。
冒険者は荒くれ者として一般市民に見られている。もちろんそれは間違いではなく、キリシアール国ではその為にギルドの一階を酒場ではなく、カフェと隣接させていた。
この小国シリスでは酒場だった為に、朝から酒を飲んでいるうだつの上がらないサラリーマンとチンピラを掛け合わせたような輩が絡んではきたが、今は奥の治療所で唸り声を上げていた。
気が立ったスバルや動転したリリーナにやられたのではなく、『鉈の鬼人』と言われるタネにあっさり返り討ちにされて、トラウマを植え付けられたからだ。
お婆ちゃん怖い。
「タネさんっ!」
ギルドの扉を開けて、エルマとリリーナが数名の冒険者と共に駆け込んできた。
彼らはギルドで雇った、この街に詳しいシティアドベンチャー専門の冒険者で、誘拐騒ぎがあった為に一応女性である二人は彼らと共にイオリの探索をしていた。
「何か分かったかいっ?」
「はいっ、一応このギルドに所属しているチンピラまがいのブロンズクラス二名が、黒髪のエルフらしい女の子と一緒にいたと、」
「それから二人が荷馬車を使って西門から出たと、記録に残っていました」
「確証はどの程度だい?」
「服装や装備から言って、ほぼ間違いないかと」
「それに、あの髪色のエルフなんて、イオリちゃんしか居ませんよっ!」
この世界では、白エルフは金や茶などの暖色系で、黒エルフは銀や白などの寒色系が一般的であり、それ以外はとても珍しい。
「良し分かったっ、それをイオリと断定して、追いかけるよっ」
タネの鶴の一声で、荷物を纏めたエルマ達と、タネを抱えたスバルが飛び出すように駆け出していく。
ギルドにいた冒険者達は唖然としてそれを見送り、一応誘拐犯と思しき人物がギルド員だと、とばっちりを警戒していたギルドの職員達は一斉に机に突っ伏した。
***
「それで、イオリさんは西に向かって旅をしているんですね?」
「うん。あ、ボクに敬語はいらない……ですよ?」
謎の少年ナギトに助け出されたイオリは、持ち主が行方不明になった馬車で、シリス国の王都に戻る為にのんびり移動していた。
「え、でも……イオリさんはエルフですよね? 長命種の」
「うん? そうだけど、ボクは15で…あ、もうすぐ16歳になるけど、ナギトくんもそのくらいじゃない?」
「ええっ!? 同じ歳だっ! 俺てっきりエルフだから年上だとばっかり……」
「あはは……」
偶に自分でも忘れそうになるがイオリは長命種であるハイエルフである。通常のエルフでも500年は軽く生きるのでナギトがそう誤解してもおかしくない。
イオリも彼が同年代だと感じていても、助けられた恩人でもあるので、敬語と砕けた口調がごちゃ混ぜになっていた。
それを含めてとりあえず誤魔化すように笑うイオリであったが、ナギトの女の子慣れしていないフィルターを通すと『はにかむような笑顔』に見えてしまい、思わずナギトの胸が高鳴る。
「えっと……そ、それじゃ、お互い敬語抜きで…」
「うん、ごめんね。良かったぁ、正直言うと同じ歳の知り合いってナギトくんしか居ないから、敬語が使いづらかったんだよね」
「う、うん」
正直に言うと、ナギトはかなりテンパっていた。
彼は見た目もそれなりで、とある役目に就いていたので、ある程度は女性にモテる立場にある。
でも今までまったくそんな事がなかった為に、どう対応したらいいのか分からない。しかも絡んでくるのが貴族の令嬢や、利用しようとする美人局のような、彼の常識には居なかった女性ばかりだったので、流れに任せるのも怖い。
ならば外の世界で可愛い庶民の娘とでも付き合えばいいじゃないかと思うかも知れないが、チートでモテモテハーレムなど、実際にやってみようすれば相手がよほど場慣れしているかビッチでもない限り、女慣れしていない16歳にはハードルが高すぎた。
だがここに来てナギトの前に、一人の女の子が現れた。
誘拐されたところを救い出されて、疑いようもなく最初から好感度も高いはず。
どこか故郷の女性を彷彿とさせる髪の色と、安心出来る顔立ちでありながら、男の子の夢である気弱そうなエルフの美少女。
少々ボリュームは足りないが、どこを触っても柔らかそうな小柄で華奢な体付き。
そして同じ歳の知り合いが初めてと言っていた彼女は、異性であるナギトをまったく警戒することもなく、気さくで妙に距離が近かった。
女性からすれば警戒心のない子供……もしくはアホの子としか見えないかも知れないが、ここまでくるとさすがのナギトも、『あれ? ひょっとして俺に気がある?』とか思っちゃっても仕方がないであろう。
イオリからすると、久しぶりのまるで日本人のような同級生の男子である。
自然とその距離感は『男の子同士』の距離となり、日本の高校に通っていた時のような『男子高校生同士の馬鹿話』でも出来るかと、さらに気安くなり、その言葉にも態度にも打算がまったく無いこともあって、それが純情なナギト少年を勘違いさせていたのであった。
おバカは本当に罪作りである。
『イオリ様、もしかしたら彼は……』
「(どうしたの、ハナちゃん?)」
ナギト少年のことを普通に察したハナコの声が骨伝導でイオリの耳に届くが、イオリは『ナギト』と言う名前の意味など、すっかり忘れていたので、ハナコの言葉の意味に気付かない。
「あ、イオリさん、弓や武器を持っているみたいだけど、冒険者なの?」
「……え、うん、ブロンズだけどギルドに登録してるよ。あ、ボクのことは呼び捨てでいいんだけど……」
「あ、あ~……その、俺もまだそこまでは……」
「そう?」
イオリは何か重大な理由があるのかと思ってそれ以上追求しなかったが、ナギトにしてみれば女子の名前を呼び捨てにするのはハードルが高かっただけだ。
『…………』
ハナコは会話途中ではあったがそれ以上話すのを止めた。
ナギトの正体を察したハナコであったが、イオリがそれを知って上手く誤魔化せるなんて、欠片にも思っていなかったからだ。
とりあえずハナコは連絡を取ることを第一に考えた。一応マスターであるタネとは通話出来る機能も追加されているのだが、どうやら範囲が狭いらしく“圏外”のようで繋がらない。
そこでハナコは一旦意識を本体に戻して、サブのダンジョンコアである【ウメコ】に伝言を頼もうかと考えた。もしタネがそのことに気付いてくれたら、何かしら伝言を返してくれるはず。
「イオリさんは一人旅じゃない……よね?」
「えっと、家族や友達と一緒にいるよ。今頃捜してるかなぁ……」
さすがのイオリも今頃みんなに心配掛けているかと眉をへの字にする。
そんなイオリを見てナギトも早く家族に会わせてあげようと思ったが、同時に焦りも感じていた。
イオリが居た街までは一日もあれば着くだろう。そこで家族に引き渡せばそこでイオリとはお別れだ。
この世界には携帯電話もなければメールもない。街と街とを繋ぐネットワークのような機能は存在するが、個人で気安く使える物ではない。
つまりはイオリと別れるまでに出来るだけイオリの好感度を上げて、お互いにまた会いたいという状況を作る『縁』が必要であると考え、ナギトはある事を思いだした。
「そうだっ、この近くに小さな遺跡を見つけたんだっ。俺が偶然見つけたから他の冒険者はまだ誰も知らないはずの場所なんだけど……」
ナギトはちらりとイオリの様子を窺うと、イオリは未探索の遺跡に心を惹かれたように目を輝かせていた。
「大して時間は掛からないと思うけど……どうする? イオリさんだから内緒で教えるんだけどなぁ」
「う、うん……。行ってみたい……かも」
みんなのことも脳裏に過ぎったが、未探索の遺跡で何か見つかればタネやエルマにも褒めて貰えるかも知れないと、イオリはあっさりとナギトの策に嵌った。
「それじゃ、ここから森の中に入るけど、イオリさん大丈夫?」
「うん、がんばろー」
それからしばらく馬車で進んだ場所から、二人は徒歩で遺跡に向かうことになった。
ナギトが馬車を止めると、子供のようにイオリが馬車から飛び降りる。
「っ!?」
「ナギトくん、どうしたの?」
「い、いや、あの……」
不思議そうにイオリが振り返ると、ナギトは真っ赤な顔で鼻を押さえながら若干前屈みになっていた。
イオリは救い出された安堵からすっかり忘れていた。
あのチンピラまがいの誘拐犯によって、自分の短パンが脱がされていたことを。
イオリはまったく気付いていなかった。
あの時、下着の紐が緩み、現在イオリが穿いていた下着は、ここまでの道のどこかに落としてしまっていたことを……。
そして、上に大きめのポロシャツのような物しか着ていなかったので、ミニドレスのようになっていたが、飛び降りた時にひらりと捲れ、形の良い白い“桃形状”のモノがナギトの脳裏にしっかりと魂レベルで刻み込まれた。
「……何でもありません」
「ナギトくん、何で敬語……」
それを指摘していいのか分からず、ナギトは結局言い出せなかった。
ちなみにハナコは気付いていたが、イオリの勇姿を記録する撮影のチャンスだったので、イオリには何も言っていなかったのだった。
ナギトは、下着がないのをこの世界特有の女性ファッションかと勘違いしております。
次回、ナギト少年と遺跡に突入




