43 イオリと言う少女の日常 後編
日常の続きです
イオリはエルマに連れられて冒険者ギルドにやってきた。
エルマは片手剣のエストック。イオリはナイフと弓矢を持ってきているが、旅用の荷物もマントもない完全な普段着だ。
イオリとエルマが冒険者ギルドの扉を開けて中に入ると、若い男性冒険者達の視線が自然と集まる。
そのほとんどがイオリの生脚目当てだ。今日も布のブーツと短パンのような短いズボンの間に見える白い脚が眩しい。
この世界の女性は脚を見せない。エルマでも今日は冒険者として来ているので足首まであるパンツスタイルにしてあるが、普段は脹ら脛まであるスカートだ。
女性が脚を見せないのは、女性の下着は最低でも質の良い綿素材が必要になるので、非常に高価なのが理由だった。
王都ほどの都会なら大部分の人が着用しているが、金銭に余裕のない者や田舎から行商に来ている者などは下着を着用していない場合がある。
子供なども十歳までは着けないのが当たり前なので、女性はスカート、と言う概念がある為、脚を見せる女性はとても少ないのだ。
それでもここ数十年で『異世界』からやってきた者達が短いスカートを“流行”として意図的に広げているので、王都でも膝上ミニスカートが増えてきた。
異世界から召喚されてきた人間は、色々な意味で欲望に忠実である。
ところが田舎からやってきた若い娘などが、流行に流されてミニスカートを買う場合もあるが、なんと下着を着けていない場合があるのだ。
そのせいで、脚を見せている女性がいると、健全な若者は自然と視線を向けてしまうのである。
スケベなのではない。男子として健全なのだ。
ここら辺は彼らの名誉の為に言っておきたい。
本日のイオリの装いは、短パンのように短いキュロットスカートだ。
これはイオリがスカートだけはどうしても嫌だと言う要望と、長いズボンに文句を言う『鮮血の憩い亭』の常連客の想い、そしてそれらを考慮した上で可愛らしく見えるようにエルマが調整した結果だ。
そして今更だが、ここまで書かれたことは、異世界冒険譚で長々と説明するような大切な内容ではない。
「イオリ……今度はスパッツを試してみる?」
「何の話!?」
宿屋の客寄せの話だ。
イオリとエルマが本日冒険者ギルドに来たのは、宿屋仕事の合間に出来るような簡単な依頼があるかの確認だ。
簡単と言っても王都から外に出て丸一日かかる物から、近所のお使い程度の依頼まで様々存在する。
そして晴れやか笑みで『ホブゴブリン集落討伐』の依頼をイオリが指さすと、エルマに無言で長い耳を引っ張られた。
「そんな依頼、二人で出来る訳無いでしょ……。それに何日宿を空けるつもり?」
「……うっ。えっと…えっと、じゃあ、これは?」
「そうね……、とりあえず、これにしましょう」
エルマの脳裏には、ホブゴブリン達に襲われて『ホブホブ』言われているイオリの様子がしっかりと想像出来た。たぶんその考えは、イオリなので間違いなく達成されるだろう。
そんな訳で、次点で選んだ倉庫の大ネズミ掃除が選ばれた。
これはエルマが良く受ける依頼で、駆除しても順番にまたどこかの倉庫にネズミが湧くので、街中では定番の低ランク向けの仕事なのだ。
ギルドで依頼を受けてからお昼時のウエイトレスをこなし、午後から依頼主の倉庫へと出掛ける。
ブン……
そしてイオリの生命の危機を感じると、ギリギリで発動する【自動記録】。
「………」
もう少し早めに発動してくれたら、毎回ピンチに陥らずに済むのに……と、イオリは神様の悪意を感じずにはいられない。
それでも死ぬ時もあれば、死なない時もある。
吐いたり我慢したりすることには慣れたが、『死』の感覚にはどうしても慣れなかったので、死なないに越したことはない。
だが、言われた仕事だけで素直に引き下がらないところが、イオリのおバカなところだった。
「きっと、地下に大ネズミの巣があるんだよっ!」
倉庫の大ネズミを(エルマが)退治して仕事を終えると、イオリが自信がありそうに小ぶりの胸を反らした。
自信の根拠は、昔やったゲームにそんな内容があったからだ。
「……あるかも知れないわね」
「でしょっ」
エルマも実を言えばそんなことは分かっている。
王都には過去の勇者が考案した下水道があり、そこを駆除するには王都の全冒険者を駆り出さないといけない程の大きなモノだった。
冒険者としては定期的に仕事になるから駆除しようとは考えていないが、エルマとしては、常識がズレているイオリが何をするのか興味があった。
やはりというか、倉庫の古い木箱の隅に、地下に通じる穴が開いていた。冒険者としてはそれを依頼主に報告すればそれで終わる内容なのだが。
「アレを使えば、たぶんいけるよ」
イオリはそう言うと、『爆弾自動販売機』に銀貨を数枚投入する。少々高い出費だが倉庫街の一角から大ネズミをすべて駆除出来たら、追加報酬も期待出来ると考えていたのだ。
「……え」
てっきり精霊魔法を使うと思っていたエルマが、一瞬固まる。
イオリのスキルで生み出される『爆弾』は値段によるランダムだが、偶然かイオリの意思が反映されるのか、意外と状況に応じた物が出てくれることが多い。
だがそれは、イオリの安全などまったく考慮しないのだ。
ころころと穴に落ちて地下の下水道に落ちたその爆弾は、周辺のネズミを一掃する威力があった。
普通の手榴弾程度なら、爆発の威力はあっても溜まった水気でそれほど威力は発揮されなかったであろう。
だが、イオリが生み出したそれは、『ナパーム弾』だった。
そして消えない炎は地下の奥に溜まったメタンガスに引火して、王都の倉庫街と下町の半分を吹き飛ばした。
ブン…… 【Record reading.】
「うぷっ!」
「………また?」
そうして得た貴重な経験から、イオリはネズミの穴を報告して、使用した銀貨と同じ分の追加報酬を貰うことが出来た。
依頼は終わり、『鮮血の憩い亭』に帰ったイオリは晩ご飯を食べると、そのままベッドに潜り込み、ハナコとお話しして一日を終えるのだ。
『イオリ様……無かった事になっていますが、王都を爆弾で破壊するのは、三度目ですからね』
「……はい」
次回から新章になります。




