42 イオリと言う少女の日常 前編
半分閑話っぽいイオリの日常
少々お下品な話もあります。
テスと言う世界のキリシアールと言う小国の王都に、イオリと言う少女が居る。
目下の悩みは、最近色々な人達が関わってくるので影が薄くなったこと。……ではなくて、自分の身体と心の問題である。
心では男らしく振る舞いたいのに、それを微笑ましく見られて、身体は勝手に少女としての反応を示してしまう事が、イオリはとても不満だった。
男に憧れるお転婆少女でもなく、性同一性障害でもなく、どこから見ても少女にしか見えないイオリは、なんと元男の子だったのです。
今更だが、イオリが普段、どのような生活を送っているのだろうか。
イオリはこの世界に『勇者召喚』の事故で呼び出された。
なぜ異世界から召喚するのに地球が選ばれたのか。これに関してはただの偶然で、近場に丁度良い異世界が無かったので、偶然地球が見つかって、『あ、ここでいいか』のノリで決定された。
偶然とは言っても、それ以前に他にも見つかった異世界から、そこに住む生物を召喚したこともある。
最初に見つけたその異世界から召喚されたのは、人魚だった。
そう言われて最初に思い浮かぶのは、上半身が人間で下半身が魚のアレであろう。
だが次の瞬間、そんな甘い考えはしないと思い直した頭に浮かぶのは、良くて半魚人か、穿ったところで魚に人間の手足が付いた“きわもの”だろうか。
だが、召喚されたのは『ジュゴン』だった。あるいは『マナティー』だったのかもしれない。
召喚された彼……もしくは彼女は、300キロはある巨体で息苦しそうにのたうち回り、見学に来ていた王子を頭から丸呑みにして、
『すみません、おかわり。……ついでに海水を一杯』とやけに流暢な言葉で呟き、その場で討伐された。
勝手に呼び出しておきながら酷い話もあったものである。
そして異世界に召喚された者には【言語スキル】が付くとことも判明した。
次の異世界からは『ハエ男』が召喚された。
これはそのまんま、昔の映画にあったようなイメージそのまんまのハエ男だったが、非常に礼儀正しく温厚な性格で、困っていたテスの人間達を助けようとする男気も見せてくれた。
ただ彼はその代償に、彼を召喚した『姫』を求めた。
いかに人格者でも見た目はハエ男。しかも何らかの事故でその姿になったのではなく生まれつきその姿の種族だった。
当然、求めるべき美醜についても大きな……それこそ天と地ほどの隔たりがあったはずなのに、彼は、人間である姫を求めたのだ。
姫は泣いて嫌がった。逆にそれでも良いという人が居たら、是非とも精神病院で話を聞いてみたい。
国中から愛される美しき姫は、最後は諦めるように、世界平和の為に彼の求めに応じた。
何日も眠れない夜を過ごし、憔悴する姫に、ハエ男は優しく言葉を掛けた。
『お身体を大事になさって下さい。あなたの体内から生み出されるものは、とても香しく美しいのですから……』
彼は『姫』ではなく、姫から生成されるハエ特有の『食料』を求め、その場で姫に包丁で惨殺された。
なぜハエ男が、姫の生成物まで知っていたのか……。
さすがにこれは姫も怒って良いと思う。
そんな感じだったので、普通の人間が召喚される地球が選ばれた。とりあえず人間だったらどこでも良かったとも言える。
その地球から日本が選ばれたのはさらに偶然だ。昔は世界各地から召喚されていたらしいが、召喚魔法陣は、潜在的に魔力が見えることと『今の世界に満足していない』者の側に現れる。
これが単純にゲームのやり過ぎで痛い方向に夢見がちな日本人が多かったので、最近では自然と日本人ばかりが呼ばれるようになったらしい。
長々と意味のない話が続いたが、話を戻すと、イオリが召喚されたのは『勇者』としての素質があった訳ではなく、本当に運が悪かっただけだ。
普通に召喚されたのならともかく、事故で身体を失い、光の精霊の同情でテスに転生できたが、何故か男子高校生だったのが、中学生程度の女の子になっていた。
これは運だけでなく、頭も悪かったのだから仕方ないが、それでも彼は不幸であると言えるだろう。
本来なら嘆き悲しみ、自分の将来に悲観する場面なのだろうが、彼の……もう彼女となってしまったイオリのおバカ加減が良いように働いた。
イオリの朝は『鮮血の憩い亭』にある自室から始まる。
他のアルバイトは近所の奥様なので、基本的に家族以外の従業員は通いなのだが、イオリはエルマの友人、……と言うよりもほぼ『ペット枠』でエルマの部屋の隣の部屋を使わせて貰っていた。
「ふわぁ……」
欠伸をするイオリの着ているパジャマは、相棒であるダンジョンコアの『ハナコ』から貰った物だ。
その他にもあるのだが、知り合いの第三王子に貰ったスケスケのネグリジェや、エルフの女騎士に貰ったシルクのベビードールなんて着られないので、必然的にこのパジャマを愛用していた。
ちなみに両方とも店で買えば金貨五枚(約五十万円)はする。
貢がせるイオリが罪なのか、買うほうがアホなのか、判断が難しいところだ。
イオリの朝は早い。前世では休みの日などは朝日が昇るまでゲームをしていたイオリだったが、この世界にはそんな物はなく、夜はランプの明かり程度しか光源がないので暗くなると出来ることが少ない。
宿屋の一階では酒も出していたが、酒場としてより食事処のイメージが強いのか、夜の九時には店を閉めてしまう。
寝るのが早ければ起きるのも早い。
慣れてしまえば、小学生時代の夏休みにラジオ体操で皆勤賞を貰い、お菓子目当てに冬休みの暗闇の早朝にラジオ体操に出掛けた程のイオリには、朝日が昇ると同時に起きることなど問題にはならなかった。
寝ぼけ眼で朝起きると、イオリは微かに朝日が漏れる木製の窓を開け放ち、爽やかな朝の風を室内に招き入れる。
同時にそれを待っていた風の精霊が、解き放たれたワンコのようにイオリに抱きついて、イオリを部屋の隅に吹き飛ばした。
ブン…… 【Record reading.】
「うぷっ、ぅえ」
部屋の備え付けてある洗面器の前で口を押さえるイオリに、隣の部屋のエルマが下着姿のまま現れて呆れたように呟いた。
「……朝からなにやってんのよ」
イオリが眼を覚ますと同時に【自動記録】が発動するのは優しさかも知れない。
毎回毎回、酷い場面の直前で発動するので、何か恨みを買っているのかとも思っていたが、ちょっと良いことがあるとすぐに忘れてしまうのが、イオリの良いところだ。
ちょっぴり酸っぱい朝を満喫したイオリは、顔を洗って歯を磨いて短パンと動きやすいシャツに着替える。
エルマの両親達は夜に後片付けもしているので、朝早く動くのはエルマとイオリだけだ。やることは食堂の掃除と食材の下ごしらえである。
毎朝篭一杯のジャガイモ、ニンジン、タマネギの皮を剥く。
最初は時間が掛かったが、元々料理も作るイオリなので慣れるのも早かった。
それでも褒められて調子に乗ると、週に一回くらいの割合で指を切り【自動復活】が発動する。
まだ死ぬことには慣れないが、戻さずにケロケロを我慢することには慣れてきた。
その後は簡単な朝食を作る。最初の頃はエルマの母親が作っていたのだが、イオリが作れることが分かると家族分を丸投げされた。
エルマが近所のパン屋に宿屋で必要な分のパンを買いに行き、その間にイオリが、本日は簡単な味噌スープとオムレツを作った。
味噌スープ。味噌汁ではない。魚っぽい干物で出汁を取って味噌汁を作ったこともあったが、生臭さがありあまり受けが良くなかったので、ベーコンと甘みのある根菜類を軽く弱火で炒めてから作ると、なんとか似非豚汁風味の味噌スープになり、二日酔いの宿泊客などに喜ばれた。
味噌スープは沢山作るが、オムレツは家族用だ。
オムレツが出来てエルマが焼きたてのパンを持って帰ってくる頃、大体朝の六時前くらいには家族が起きてくる。
「やぁ、イオリ、おはようっ」
長男のカミルが右目に青たんを作りながら爽やかな挨拶をしてくる。ちなみにその痣は、昨日の晩、イオリの風呂を覗いてエルマに殴られたからだ。
それでもなお、イオリの生脚をジロジロ見て鼻の下を伸ばしているのだから、大したものだ。そしてそのままエルマに殴られるまでが朝の流れだった。
イオリは悩んでいた。お風呂を覗かれる事ではない。
頭の中では男同士なのだから肌を見られても問題ない、……と考えたいのに、最近は身体が勝手に手で素肌を隠し、顔が真っ赤になってしまうのだ。
それよりも問題なのは、偶にエルマと一緒にお風呂に入ることに抵抗がなくなってきたことだった。
今でもエルマの肌を見るのは恥ずかしいし、ドキドキもするのに、男の子だった頃のような“高まり”を感じなくなってしまっているのだ。
かと言って、すっかり女の子になったのだと言われたら、それも違う。
男性にされる過度のスキンシップなどは、普通に気持ち悪いと感じてしまう。
例外と言えば、女性から男性になってしまった従姉妹のスバルくらいだろうか。血の繋がりがあるからか、まだスバルを女性として見ているのか、男となったスバルに触られても嫌悪感を感じずに済んだ。
家族+αの、五分間の怒濤の朝食が終わると、全員で宿泊客の朝食作りを始める。
イオリが勤めるようになってから、宿泊客以外にも外から朝食を食べにくる人も増えたので、結構大変だ。
以前お世話になったシルバー冒険者のヴェルも、王都にいる時は何故か毎朝食べにくる。彼には自分のパーティで長期契約の宿屋があり、そこで朝食も出るのだが、何故か毎朝食べにくる。
「お、俺に、毎朝、味噌スープを作ってくれないかっ」
「ん? 味噌は高くて宿の朝ご飯が割高になるから、毎朝は無理だよ~」
朝っぱらからの大胆な“告白”を、男が男からそんな感情を向けられるなんて欠片も考えていないイオリが簡単に受け流すと、近くの見知らぬ宿泊客達が、落ち込むヴェルの肩を慰めるように叩いていた。
イオリは自覚無くモテる。
自分が他人から気に掛けられていることはおバカなイオリも気付いていたが、おバカなのでそれが、小柄になった自分を愛玩動物のように可愛がっているのだと思っていたのだ。
イオリはエルフである。何故かハイエルフである。
ただでさえ森に引き籠もって人間世界では少なくなっているのに、イオリは王国でも珍しい、まだ少女のエルフなのだ。
ハイエルフなので見た目は中学生くらいでしかないが、人間のその歳の少女なら健康的な若さが前面に出てくるのだが、ハイエルフであるイオリの肌はある種の艶めかしさを備え、その情けなさそうな顔は多くの男性の庇護欲を刺激した。
その上イオリは、モテなさそうなヴェルのような男性にも普通に“素”で対応するので、警戒心の無さと相まって色々と勘違いをする男性も居るのだ。
朝食の時間が終わると後片付けをして、ランチタイムまでイオリは休憩になる。
「エルマさん、どうする?」
「冒険者ギルドで軽い依頼がないか見てくるけど……一緒に行く?」
「うんっ」
少々長くなったので分割
次回は今回の続きです




