41 【閑話】 鮮血の憩い亭・看板娘 エルマ
エルマは13歳の頃から冒険者ギルドに登録している。
実家は王都の外れにある宿屋を営んでおり、幼い頃から自然と手伝いをしていたエルマは、客である冒険者とも知り合いとなり、女の子でありながら『冒険者』と言う職業に忌避感はなかった。
女の子の友人でギルドに登録している者は少なかったが、実際には王都ではかなりの数の人が冒険者としてギルドに登録している。
登録料や年会費が、年に小銀貨一枚(約千円)と言う気安さもあるが、ハーブや薬草などを売る子供の小遣い稼ぎから、狼などの害獣の毛皮を売る時など、個別の商人などに売るよりも安定したお金を得られるからだ。
そして何より、エルマには冒険者となるべく理由があった。
エルマの実家、『鮮血の憩い亭』はあまり儲かっていない。
王都の外れにあると言うのもあるが、『鮮血の憩い亭』には、大通りの宿屋から移るほどの『魅力』が無いのだ。
内装は清潔に保たれている。ベッドのシーツも小まめに取り替え、虫などいない。
食事も出来る限り安価に抑え、味も良いほうだと思う。
だが、そんな店はどこにでも在る。
差別化を狙って、個人宅では珍しい『風呂』付きの部屋も造ったが、ただ借金が増えただけだった。
多少高くても通行に便利な大通りの店のほうが使いやすく、そうなると『鮮血の憩い亭』では宿泊客が少なくなり、安い料理を食べる『食堂』や『酒場』として何とか経営をやりくりしていた。
料理がメインとなれば仕入れが必要になる。
以前は王都の商人から仕入れていた。野菜や肉などはまだいいが、香辛料や酒などの嗜好品は、王都に入る時に税金がかかる為、それらを王都の商人から買うとかなり割高になるのだ。
だが王都の住人なら、馬車一台程度なら税金はかからない。
そこで嗜好品は近くの宿場街で買い付けようとしたが、さすがに仕入れに何日も宿屋を休む訳にはいかないので、長男のカミルが仕入れに行くことになったのが、カミルはどうしようもなく軟弱だった。
カミルの顔は悪くない。気弱そうな顔立ちが庇護欲をそそるらしく、幼い頃は近所のお姉さん達にとてもモテモテだった。
だった。過去形である。
幼い頃は天使でも、成長すれば気弱そうに見えて、いい人止まりに終わる。
それに納得しないカミルはフラフラと女性に声を掛け、大人になる頃にはまともに鍛えたこともない、立派な軟弱野郎に仕上がった。
そもそも女性を見ると、まず胸を見てしまうカミルが悪い。
宿場街までの道中は比較的安全と言え、途中では狼も出る。偶にゴブリンさえ出る。道の途中には風呂の給湯器を買った魔導具販売のダンジョンもあり、そこから魔物が出てくる時もあった。
一人で大ネズミさえ退治出来ない兄に宿場街までお使いが出来るのだろうか?
かといって、冒険者に護衛を頼んでいたら、安く仕入れる以上の余計なお金が掛かってしまうだろう。
だからエルマは冒険者となって兄の護衛をしようと思った。
冒険者になれば、初心者用の戦闘訓練もタダで受けられる。ボロボロの中古品だが、武器も貰える。
両親には冒険者を雇うお金が勿体ないことと、兄の軟弱さを示して納得させたが、単純にカミルの身が心配だと言うことは言わなかった。
エルマは別にツンデレを拗らせていた訳ではなく、カミルを調子に乗らせると鬱陶しかっただけだ。
それから何年か経ち、エルマも冒険者として慣れてきた。
専業冒険者ではなく、本業宿屋のアルバイト冒険者だったが、他の冒険者にパーティに誘われることも多くなってきた。
剣技はようやく『片手剣スキル・レベル1』を入手出来た程度。
投擲も、気配察知も、隠密も、ギリギリスキルを取れる程度でしか無く、冒険者としては初心者よりマシ程度の実力しかない。
だが、エルマは非常に冷静で状況判断力が高く、いくつかの中級クラスのパーティはエルマの実力を認めて、こっそりとパーティに引き込もうと画策していた。
もちろん、年頃の看板娘であるエルマと仲良くなりたい若い冒険者もいたが、エルマにその気がなかったのか早々に撃沈した。
エルマが護衛をしてカミルが仕入れるようになってから、『鮮血の憩い亭』の経営はだいぶマシになったが、それでも儲かっているとは言えなかった。
エルマにとっては色事よりも実家の経営が大事だった。
売り上げを伸ばすには、やはり『特色』が必要なのだろう。『鮮血の憩い亭』でしか手に入らない、特別な何かがないとやはり難しいのだとエルマは感じた。
そんな折、宿場街で仕入れて王都に戻る途中、一人のエルフの少女を拾った。
「エルマ、子供……いや、女の子が歩いているぞ」
「ホントだ。危ないわね……。なんか緊張しているみたいだけど、……兄さん、イヤらしい目で見て怯えさせた?」
「何でだよっ!? さすがにこの距離から視姦はしないってっ」
「近くならするんだ……ちょんぎる?」
「やめてくださいっ!」
二人の乗った馬車が少女の側を通ると。
「えええっ!? なんかいきなり吐いたぞっ そこの人、大丈夫かいっ」
「きゃあっ、兄さん停めて、早くっ」
出会いはある意味、飛び散るように衝撃的だった。
ハーフエルフでも300年。普通のエルフはそれ以上の500年程の寿命があるので分かりづらいが、それを考慮しても彼女はエルマよりも年下に見えた。
エルフ種は人間種よりも美麗で整った顔立ちをしている。
それは多くの者に好まれるが、それ以上に劣等感を感じてしまいエルフ種を苦手な人間も一定数存在していた。
でも、そのエルフの少女……イオリはどこか違っていた。
ウエイトレスとして、ちょこまかと働く姿は周囲を和ませる。
料理も出来るらしく、異世界から来た勇者のように新しい料理のアイデアもくれた。
エルフとして特に容姿が優れている訳ではない。けれど、イオリと居ると何故かホッとした。
可愛らしいのに、警戒心の欠片もないその笑顔を見て、エルマは思った。
『ああ……おバカな子だ』……と。
常識がない。警戒心がない。年頃の女性は例え冒険者でも簡単に脚を見せたりしないが、イオリは警戒心もなく、簡単に異性の前で白い脚を見せる。
庇護欲をそそる自分の容姿に気付かず、無自覚に問題を起こして、女性慣れしていない男性達をその気にさせた。
そして案の定、あっさり誘拐された。
おバカで可愛いイオリを妹のように思っていたエルマは焦ったが、他にもエルマと同様にイオリに惹かれている人達が居て救出することが出来た。
「……イオリって、わざと見せているの?」
「好きでパンツを取られた訳じゃないよっ!?」
そんなイオリが来てから、エルマの世界は急速に広がっていく。
イオリの癒しを求めて、『鮮血の憩い亭』ではいつも人が溢れている。今まで注文されなかったサービスも知られて、イオリが居ない時でも宿に客が訪れる。
雲の上のような冒険者達や、王族にまで知り合いが出来た。
もう家の心配はしなくても良いだろう。
イオリには何か目的があって旅をしていたらしい。もしイオリがまた旅に出るのならエルマは『姉』として『友人』として一緒に行ってもいいと考える。
それでもエルマは、心の隅で何か引っかかるものがあった。
一緒にお風呂に入った時のイオリの挙動不審な態度。年頃の女の子なのに、男性から向けられる視線にも気付いていない。
エルマは初めて会った時から、イオリのことを『妹』のように思ってきた。
数ヶ月も一緒にいるとイオリのことも何となく分かってくる。
「イオリって、妹って言うより、面倒くさい弟みたいな感じよね……」
「…………」
エルマはスバルの言葉遣いにも違和感を感じています。
次回は、パーティ編成




