38 スライム風呂
大丈夫です。まだ健全です。
イオリ達の居た小部屋から通路に出て、周りには三つの小部屋と思われる扉が設置してあった。
他にはないかと通路を進んでみたが、どこも行き止まりで、三つの扉を調べて見ることにした。
「扉から下がって」
「わかった」
「気をつけてね…」
イオリの言葉にクスッと口元を緩めたエルマは、後衛のイオリとカティアを後ろに下がらせて、扉の罠を調べる。
レンジャー系と言ってもエルマは得意分野も苦手分野もないだけなので、専門のレンジャーではない。この世界のレンジャー職は所謂『盗賊系』の仕事もするので、専門の知識が必要だった。
それでもエルマは、この探索が始まってからレンジャーであるフーゴのやり方を目で盗んで、本人も知らない間に【レンジャースキル・レベル1】を取得していた。
「罠はない……と思うから開けるね」
「「……」」
エルマが扉を押すと、ギギィ…と音がして扉が開く。フーゴならば音を立てない為に油も用意していると思うが、今はそんな物はない。
「あ、ランプの油なら、ボクの鞄に予備が…」
「イオリ……」
「………」
それはともかく、部屋の中にスライムは居なかった。最初に転移した小部屋と同じ造りで、ただ魔法陣がないだけだ。
「次の部屋に行きましょ」
二つ目の部屋も同じ造りで、三人は最後の扉に向かう。
そこに何も無ければ最初の部屋に戻って、魔法陣を踏んで転移するしかない。
ギギィ……
「何も無いわね」
その部屋も同じで、結局スライムも出てきたのは通路にいた一体だけだった。
「もぉ、どうなってんのよ、このダンジョンはっ」
脅威がないと分かったので、カティアがいきなり大声を上げる。
「カティア、騒がないで。魔物も転移してくるかも知れないんだから」
「…うっ」
「と、とりあえずどうしよっか?」
また険悪になりそうだったので、イオリが明るく声を出す。
「そうね……」
エルマもちらりとカティアやイオリを見て、こっそり溜息を吐きながら次の指示を出した。
「ご飯にしましょ」
「ちょっと待っててねぇ」
イオリが手慣れた様子で料理を作っている。
他の場所に転移する前に腹ごしらえをしようとエルマは提案したが、息抜きというかガス抜きも兼ねている。
携帯食料もあるが、エルマはわざわざイオリに調理を頼んでいた。あまり出番のないイオリに役目を与える為と、温かい料理を食べれば気分も落ち着いてくるからだ。
イオリは小さな鍋に一口大に切ったベーコンと野菜とマカロニを入れて、簡単なスープを作っていた。
塩分はベーコンからも出るが、追加の塩とコショウを少々使って味を調え、最後にイオリが持っていた醤油を数滴垂らして、肉の匂い消しを兼ねてグルタミン酸を加えたら完成である。
男性なら物足りないだろうが、女性三人の軽食なら問題ない。
イオリは自分でも料理をするタイプで、『鮮血の憩い亭』でも調理を手伝っていたので慣れている。
料理をしたことの無かったカティアは、目分量でさっさと作るイオリの料理を胡散臭げに見ていたが、良い香りに負けて口を付けた。
「……おいしい」
簡単な料理で、手の込んだ物ではないが、夜中に適当に作った料理が妙に美味しいのと同じように、それを美味しいと感じた。
「よかったぁ」
その声を聞いてイオリがニッコリと子供のように笑うと、カティアは口をもごもごさせながら、小さく口を開いた。
「……わ、わたし……」
「みんな離れてっ!」
エルマの警告に二人が振り返ると、何が起きたのか聞くまでもなく、床に光る魔法陣が浮かび上がっていた。
三人の行動の何かが鍵になっていたのか、単に時間で発動したのか分からないが、これが転移の魔法陣ならどこかに飛ばされてしまう。
「え…えっ!?」
そしてもっとも一般人に近いイオリが案の定逃げ遅れた。
「イオリッ」
「何やってんのよっ!」
そしてエルマより先に飛び出したカティアがイオリの手を掴み逃げだそうとしたが、二人はそのままどこかに転移ししてしまう。
「もぉっ!」
その光が消えないうちにエルマもそれに飛び込んだ。
もしランダムだとしても、このタイミングなら同じ場所に飛べると信じて。
ブン…
空気を読んだ【自動記録】が、ちゃんと罠が発動した後に記録してくれる。
「「ひぃやぁあっ!」」
奇妙な悲鳴をあげるイオリとカティアは天井の魔法陣から床に落ちた。
またカティアがクッションになってイオリは死なずに済んだが、その後落ちてきたエルマに耳を踏んづけられた。
「「あ、」」
ブン…… 【Record reading.】
「うぷっ」
「またぁ!?」
今度は慌ててカティアが移動したおかげで、その位置にエルマが足から着地して踏まれることはなかった。
「イオリ……なんで、いきなり吐いているの?」
それより今は確認しなければいけないことがある。
「え、エルマ……」
「……これは」
「ぅぷ……ど、どうしたの……」
三人が転移したのは、50メートル四方も大部屋の、台座の上だった。
ただその台座以外は、全てスライムに埋め尽くされていた。
「…………なにこれ」
「何匹いるんだろ……」
「知らないわよ……」
ただ運が良かったのは、台座の高さは2メートルほどあって、スライムはそこまで登れないようだ。
「そうだっ、魔法陣はっ?」
「天井ね……」
台座からさらに三メートルの高さに魔法陣があって、後戻りは出来ない。
「カティア、飛行の呪文とか…」
「無理よっ、ゆっくり落ちる呪文しかないわっ」
「とにかく、……二人とも爆弾とか攻撃魔法とか使っちゃダメよ。一瞬で全部倒せるならともかく、この数のスライムを怒らせたら、即座に溶かされるわよ」
「「……はい」」
生物は排泄物から食するタイプのスライムだが、半端な攻撃をして怒らせれば、すぐに全てを溶かしてしまうだろう。
三人でこの数を相手にするのは不可能なので、逃げる事を前提とした作戦が必要だ。
「泳ぎましょう」
「「……え?」」
一瞬エルマが何を言っているのか分からず、イオリとカティアが同時に声を漏らす。
「スライムの拘束力は弱いわ。逃げることを前提として我慢すれば、向こう岸の扉に辿りつけるはずよ」
「それは……理論上はそうなんだけど」
スライムに襲われて家畜が死ぬのは、逃げるのではなく暴れるからだ。
最初から逃げ切ることだけ考えて、距離を取ってからスライムのカスを水で洗えば、装備以外の損害は出ない。
「たぶん、背の低いイオリでも首より上は出るはずよ。装備は全部外して頭の上に乗せて、刺激しないようにゆっくり進めば、溶かされることはないと思う」
「ちょっと、全部って…」
「もしかして……下着も?」
「別に着ててもいいわよ。溶かされると思うけど」
普通はそんなことは考えない。頭では分かっていても魔物の群れに裸で突っ込むなんてまともな神経では出来ない。
エルマの言葉に二人がガックリと肩を落とした。
「女同士なんだから恥ずかしがっても仕方ないでしょ」
さっさと服を抜いたエルマは、手早く纏めて武器と一緒に頭の上に乗せる。
適度にスラリと引き締まった肢体が眩しく、何度か一緒にお風呂に入ったこともあるイオリも、男の子としての意識が刺激されて、真っ赤な顔で横を向く。
「イオリも早く」
「う、うん」
そしてイオリも覚悟を決めて服を脱いで頭の上に乗せたが、最後までぐずぐずしていたのはカティアであった。
「み、見ないでよっ」
「だから、女同士なのに、何を意識してるの?」
「だ、だってぇ…」
「…………」
真っ赤な顔のカティアがイオリを見て、イオリも真っ赤な顔で顔を逸らす。
カティアは何故か分からないが、イオリに肌を見られることを恥ずかしいと感じてしまっていた。
「まぁ、大きさはイオリ並だしね」
「ほっといてよっ」
「…………」
イオリのサイズは中学生程度だ。
「絶対に転んじゃダメよ。顔を塞がれたら死ぬからね」
「つめたっ」
「ひっ、動くぅ」
三人が台座から下りると待ち構えていたスライムの群れが、三人の身体に纏わり付いてくる。
「……くっ」
「イオリ、早く進みなさ…ひっ、」
「そんなこと、ちょ、」
ピッ……【●REC】
『イオリ様、準備は万全です』
「(何の準備っ!?)」
学術的に必要な資料映像だ。
「…中に」
「そこはっ、くっ」
「ひぃいっ」
三人の少女に纏わり付くスライム達は、絶賛お食事中である。
スライムのご馳走は生物の排泄物で、それを食べる為には色々と侵入する必要があったのだ。
「……ん…」
「やば…」
「………」
色々と問題はあるが、半分まで進むことは出来た。
だが冷たいスライムの中を歩くと言うことは、体温が下がることになる。
人間であるエルマやカティアはまだ平気だったが、ただでさえ貧弱なハイエルフで、スキルの効果でさらに筋力が低いイオリは、ごっそり持久力を削られていた。
「…………」
「イオリ…?」
「この子、顔色やばいよっ」
イオリの様子にエルマとカティアの顔に焦りの色が浮かぶ。二人もまさか、こんなに体力が低いとは思ってもいなかったのだ。
『イオリ様、土精霊を呼んでくださいっ、早くっ』
そこにハナコから珍しく叱咤するような声が掛かる。
「……土精霊?」
ボコンッ!
イオリの呟いた一言に床に穴が開いて、一瞬でスライムが飲み込まれた。
「うそっ!? ダンジョンに穴を開けたのっ!?」
「出来るのなら言いなさいよ……」
カティアの驚きと、エルマの呆れた声が聞こえた。
通常はダンジョンマスターが居る迷宮は、魔力を帯びている為に、よほどの魔力がないと破壊は出来ない。
それだけでも土精霊の本気具合が分かるだろう。スライムがいては、イオリの今の姿は見えないのだから。
しかも三人の足場のみを残してスライムだけを落とすのは職人技だ。
「……まぁ、とりあえず助かったのよね?」
「そうね……」
カティアとエルマは扉の近くまで移動して、服を着る間もなくへたり込む。エルマはまだ朦朧としているイオリに膝枕しながら、疲れたように溜息を吐いた。
そこに……
「おやおや、若い娘達が、素っ裸で何をやってんだい?」
「「!?」」
唯一有る扉が開いて、光の中とシルエットと共にそんな声が聞こえた。
エルマは剣を抜き放ち、カティアは思わず身体を隠す。
敵か味方か……? だがその人物は。
『………マスター?』
「おや? ハナコかい?」
そこにはハナコとイオリが捜していたダンジョンマスター・シードの姿があった。
その声を聴いて、エルマの膝にいたイオリが目を覚ます。
「……あ、タネばあちゃんだ」
その人物は5年前亡くなったと聞かされていた、イオリの実の祖母であった。
シード氏の正体は、タネお祖母ちゃんでした。
次回、死んだはずだよ、おばあちゃん




