36 偶には真面目に
真面目な冒険を書いて何故か違和感。
「狙いは『核』だ。スバル、やれるか?」
「やってみます」
この世界のスライムは某ゲームのような雑魚ではなかった。
危険度は少ないが雑魚ではない。それがどういう意味かと言うと、まず第一に武器で倒すのが難しいと言うところだ。
スライムは粘体なので、剣で斬っても鈍器で潰してもダメージにはならない。
一番の弱点は大量の炎で焼くことだが、ゲームと違って身体が大きい個体も存在するので、松明程度の炎では取り込まれて消されてしまう。
かと言って油を撒いて火を付ければ、燃えた身体のまま襲いかかってくるのでこちらが危険になる。
魔法を使って倒すのが一番楽なのだが、スライムが何体居るか分からないので、MPは温存しておきたい。
そこでやはり武器を使って倒すという話に戻る。
ただ獲物が掛かるのを、でろんとして待っているのではなく、自分から襲いかかる魔物なので、ある程度…虫程度の知能はある。
その中枢部分こそが『核』と呼ばれており、小石程度のそれを破壊すればスライムはただのデロデロした物体に変わるのだ。
「………」
スバルが片手剣を抜いて、少し緊張した面持ちでスライムに向かっていく。
スバルの戦闘能力ならスライム程度は問題ではない。『竜魔法』の『炎の息』で燃やしても良いし、有り余る竜人の膂力を使って岩で押し潰しても良い。
だがそうなると、スライムの核……その魔石が手に入らないので、出来るだけ核を壊さずに済ませるのが望ましい。
スバルが近寄ると、岩苔のような物を食べていたスライムが動く獲物を求めて動き出した。
スライムがスバルを取り込もうと伸ばした身体の一部を、スバルは一歩下がって避ける。盾や小手で防御しないのは、スライムの身体は酸性なので下手に受けると防具が傷んでしまうからだ。
「はっ!」
スバルが剣を横薙ぎに振り、露出した核をそのままもう一度斬り込み破壊する。
ただそれだけでスライムは活動を止めてしまったが、倒したスバルの表情はあまり良くない。
これがもしオリアだったら、スライムの核は最初の一撃で真っ二つになっていたはずだ。だが、スバルの斬った核は、半分近くが砕かれている。これでは魔石としての価値が下がるので、冒険者としては失敗なのだ。
「「……ふぅ」」
弓を握りしめてスバルが戦う様子を見ていたイオリが安堵の息を吐くと、その隣から同じような溜息が聞こえて、思わずその人物と顔を見合わせる。
「…ふ、ふんっ」
カティアはイオリと同じ事をしてしまったのが嫌だったのか、すぐにイオリから視線を外した。この頬が少しだけ赤くなっているのは、恥ずかしかったのか照れたのか定かではない。
このようにこの廃坑から現れる魔物はスライムであった。
危険度が低くても一般人からすれば脅威であるし、数体ならともかく、大量発生して家畜や作物を食べられたら堪ったものではない。
ここまで面倒くさいスライムが、どうして危険度が少ないと認識されているのかというと、実はこのスライムは、生物を溶かすのが苦手なのだ。
正確に言えば、生物を食べる時はもの凄く時間を掛ける。
鉄や鉱石さえ溶かすスライムが何故、生物を食べるのに時間を掛けるのか?
これは今も魔物学会で論議され、いまだに結論は出ていないが、最新の研究成果によると、スライムは『美食家』らしい。
スライムが一番好むのは生物の『排泄物』で、スライムは、生物が生きている限りは排泄物を出し続けると本能的に知っていると言う説だ。
だから小さなスライムの幼体に襲われても装備が溶かされる以外は害がないのだが、冒険者や村人にとってもはそれさえも大損害になる。
それが大きなスライムなら、暴れる獲物を取り込もうとして窒息死させることもあるので、小さな家畜や子供がいる村にとっては脅威なのだ。
ちなみにこれは余談だが、酸性の弱いスライムを飼育して、女性の古い角質などを食べさせるお店も存在する。
「スバル、まだまだだな」
「……難しいなぁ」
戻ってきたスバルに女戦士のパオラが厳しい言葉を掛けながらも、慰めるように軽くその肩を叩く。
「でも、スバル、格好良かったわよっ!」
「……ああ」
掛けられたカティアの声に、スバルの顔に若干の苦笑が浮かぶ。
自分が納得していないのに無理矢理褒められても嬉しさはない。スバルはその隣にいるイオリがまだ不安そうな……これは純粋にスバルの身を案じての心配そうな顔を見てスバルは無言のままイオリの頭を乱暴に撫でた。
「スバルちゃん、痛いって」
「だから、ちゃん付けで呼ぶなって」
「…………」
そんな二人の親密な……実際は姉のように思っているスバルが戦うことを心配している弟のような親愛なのだが、その様子を見てカティアが唇を噛んでいた。
「良し、このまま奥へ進むぞっ」
リーダーであるオリアの号令で全員がさらに奥まで進む。
同じようにスバルとパオラがスライムを倒して、数体居る場合はカティアの火魔法で先制をしてから倒していった。
ちなみにここまでイオリとエルマはまったく戦闘していない。
「おかしいな……」
「だなぁ」
オリアとレンジャーのフーゴがそんな会話をしている。
確かに数は多いが大量発生と言う程ではない。
それを殲滅すれば終わりかと思っていたが、行き止まりから戻ると、またスライムが湧いている場合があったのだ。
「……どこから湧いてくる?」
捜してみても見つからず、結局はまた湧いたスライムを倒しながら戻り、本日の探索は諦めて明日出直すことになった。
だが、
「ちっ、こんな所で」
フーゴが思わず舌打ちを漏らす。
戻る途中の小空間で、大量のスライムが湧いていたのだ。
「何体居るんだよ……」
「……三十ってところか?」
軽い口調で言っているが、このスライムを何とかしないと地上には戻れないと誰もが分かっていた。
「カティアの魔法とスバルの竜魔法で何となるか?」
「撤退戦なら問題ないが、ここで燃やすと毒が発生した場合、逃げ道がない」
スバルは単純に一酸化炭素中毒の危険を感じて、異世界でも分かりやすい毒に例えてみた。オリアも、ダンジョンなどで大量の火を使うのは危険だと言う異世界人達の戦術を知っていたので、その言葉に静かに頷く。
「凍らせるのは?」
「どうだろうな……一気に凍らせる事が出来ないと、出口を塞がれる」
結局の問題は、一撃で燃やしつくすか凍らせる事が出来ないと、動き出したスライムがどう行動するか分からないのだ。
『イオリ様』
「(…うん)」
イオリはハナコと、この状況をどうするか話し合っていた。
ハナコの提案で、イオリの精霊魔法で他に通路を作るという案も出たのだが、まさかこの面子の前でパンツを脱ぐ訳にはいかないので却下された。
そこで考えたのは、イオリのスキルの一つをこのメンバーに教えることだった。
「あ、あの……ボクが何とか出来るかも」
「あんたに何が出来るって言うのっ」
イオリがそっと手を挙げると、カティアがいきなり噛みついてきた。
「えっと…」
「素人は口を、」
「待てカティアッ。イオリ、話してくれるかな?」
「は、はいっ」
イオリはスキルの一つ『爆弾販売機』の事を説明する。
この世界に爆弾はないが、魔法による爆発の概念はある。イオリの説明を聞いてオリアは疑うどころか、誘拐事件の時の爆発のことで、やっと合点がいったような顔をして深く頷き、それを聞いていたスバルとエルマは、イオリが危険物を扱うことに単純に不安を感じて顔を青くした。
「では、これを使いなさい」
「オリアさん、信じるんで、むぐっ」
「まぁまぁ、カティアも下がって」
また文句を言い始めたカティアをパオラが口を押さえて引きずっていく。
本音を言えば、スバルも止めたほうが良いと思ったが、オリアの決定に逆らうつもりはなく、現代人としてそのスキルに興味もあった。
「それじゃ行きます」
イオリはオリアから渡された数枚の金貨を握りしめて、スキルを使う。
「「「おお」」」
宙に出現した『爆弾販売機』の盤面に冒険者達から思わず声が漏れた。
イオリが金貨を入れてボタンを押すと、出てきたのは以前にも出てきた時限式のプラスチック爆弾だ。それが計六個。
スバルとエルマはイオリが失敗しなかったことを安堵していたが、イオリは、また突然爆発しなかったことをホッとしている。
「このスイッチを押すと、1分後に爆発します」
「分かった。フーゴ、この三つを気付かれずに近づけるギリギリの所に仕掛けてくれ。スイッチは押さないで良い」
「いいけど、それでどうするんだ? それじゃ爆発しねーぞ」
「仕掛け終わったら、スイッチを押した物を俺とスバルとパオラで投げる。二人は奥に投げて、俺は仕掛けた爆弾の所だ」
「その爆発までの時間で、俺達は後ろに下がるんだな? 了解」
オリアの指示でフーゴが爆弾を仕掛けにいく。
中央辺りに仕掛けられれば全体を倒せるかも知れないが、オリアは六割以上倒せれば残りは自分達で倒しても良いと考えていた。
だが、そこでオリアの計算が狂うことになる。
「わ、私だって出来るんだからっ」
「カティア!?」
爆弾を仕掛け終わって、爆弾を投げる寸前になって突然カティアが前に飛び出した。
「エクスプロージョンッ!」
火系の上級魔法、『火球爆裂』の魔法だ。
爆弾を投げようとしていたメンバーは止めることも出来ず、魔法の爆発は爆弾に引火して、近くの通路にいる彼らが居る状態で爆発する事になる。
「……ッ」
その中でカティアが何かやらかすと思っていたエルマだけが瞬時に動いて、イオリを護るようにして地に伏せさせた。
「二人とも投げろっ!」
「おうっ」
「はいっ」
三人も手元に爆弾があっては危険なので、スライムの居るほうへ投げたが、計算よりも近くで爆発してしまった。
その結果、どうなるのか。
爆発そのものはメンバーが居る通路まで被害を及ぼさなかったが、オリアが逃げる時間を計算していたのは、崩落の危険性を考えていたからだ。
万が一崩落しても、スライムさえ何とか出来れば、時間を掛けて魔法で土砂をどけても良い。
そして崩落こそしなかったが、廃坑内の地面の一部が崩れてしまう。
「くそっ、みんな無事かっ!?」
「何とか生きてるぜぇ」
「こっちも問題ない」
「怪我はない」
次々と返事が返ってくるが、人数が足りない。
「イオリ…?」
煙が晴れてくると、そこにはイオリ、エルマ、そしてカティアの姿が見えなかった。
「こっちに来てくれっ!」
フーゴの声に残った全員が向かうと、地面に開いた穴の先に、人為的な石の通路が見えた。
「……ダンジョン? …嘘だろ」
こうして十代の少女三人だけが、偶然掘り起こされたダンジョンに取り残された。
次回、ダンジョンに落ちた少女達に、スライム先生の魔の手が迫る。




