35 廃坑と山盛り
イオリはなし崩し的にスバルが居るオリアのパーティに参加する事になった。
あくまで『お試し』なので正式なパーティ加入ではなく、イオリがオリアのパーティで上手くやっていけるかを見る為だ。
いくらスバルを引き止める為だと言っても、足手まとい程度ならともかく、メンバーと上手くやっていけないのならどうしようもない。
足手まといも問題なのだが、それはオリアなりに考えがあった。
これまでイオリがパーティを組んできた者達を、イオリの護衛として引き込めないかと考えていたのだ。
すでにパーティを組んでいる厳つい純情男のヴェルはともかく、オリアが認めているディートリヒを引き込むことが出来れば大幅な戦力の増強にもなる。
少数精鋭を売りにしているが、現状では少なすぎるのでもう二~三人増えても問題ないとオリアは思っている。
そこでまずオリアは、イオリの保護者として一人の少女に目を付けた。
「エルマさん、見送りに…じゃないよね?」
「あ~…うん、何故か私も呼ばれたのよ」
出掛ける当日。フル装備で現れたエルマにイオリが尋ねると、エルマも彼女には珍しく歯切れの悪い言葉を返した。
エルマは、イオリがゴールドランクのパーティに、お試しとは言え参加することに心配というか不安を感じていたのだが、そこにオリアが一人で現れて『イオリの護衛』を冒険者として依頼してきたのだ。
エルマはブロンズランクで専業冒険者でもなく、戦闘能力も高くはないが、彼女と組んだことのある冒険者はエルマのことを、冷静で判断力があると評価していた。
そしてイオリと姉妹のように仲が良く、何度もイオリとパーティを組んでいることから、イオリの『お守り』に適任だと判断したのだ。
「イオリ……」
「ひっ」
エルマはイオリの敏感な長い耳を指で引っ張ると、耳元でこっそりと囁く。
「イオリがオリアさんのパーティに呼ばれたのって、やっぱりスバル絡みなの?」
「…うん。なんかボクを一人で残すのが不安とか何とか…」
「ああ、それなら理解できるわ……」
「え……なんで?」
「何でって……」
種族と見た目のせいで誘拐までされているのに、あまりの警戒心の無いイオリの発言を聞いて、エルマは思わず眉間を指で押さえた。
「あなた達、いつまで喋ってるのっ! さっさと行くわよっ」
「は、はいっ」
「……了解」
魔法使いのカティアの声が響いて、イオリは慌てて返事をして、エルマも短く言葉を返した。
「……何か、あの子を怒らせたの?」
「……よく分かんない」
何故か気付くといつも睨まれているイオリは、はっきり言って怯えていた。
地球に居た男の子だった頃、その細身で小さな身体のせいで女子からは男として見て貰えなかったが、それが幸いして女子から嫌われた事は一度もなかったのである。
こっちの世界に転生してからも、アホの子だと速攻でバレて、年上の女性達から子供のように扱われて可愛がられてきたので、イオリには嫌われる理由がまったく分からなかったのだ。
「ふ~ん……」
エルマはそれを聞いて素っ気なく答えるが、その瞳はカティアを注意深く観察する。
このパーティの戦力ならそれほど危険な目には遭わないだろう。だからエルマはイオリの身に何かあるとしたら、カティアが何かするのではないかと注意する事にした。
今回のお出掛けはまたも国からの依頼で、王都から徒歩で二日ほどかかる距離にある廃坑の探索であった。
その近くの村から国に、廃坑から魔物が出ていると届けであり、本当に魔物が居るのか確認し、居るとしたらその原因を調べることが今回の依頼内容となる。
解決は出来ればそれに越したことはないが、手に余るようなら騎士団が出動する手筈になっている。
その内容ならシルバーランクの冒険者でも充分なのだが、イオリの適性を見るためにわざわざそれを受けたのだ。
徒歩で二日かかるが、馬車なら一日で到着する。
初心者を含めたブロンズの冒険者はともかく、シルバー以上の冒険者は大なり小なり馬車を持っている者が多い。
ただそれは移動を速くすると言うよりも、手に入れた戦利品や素材などを運ぶためであり、二台の馬車を使い、行きも帰りも素早く移動するのパーティは、オリア達以外はほとんど見かけない。
その理由は単純で金が掛かるからだ。他の冒険者が農耕馬に引かせた一頭引きの荷馬車を使っているに対し、オリアは二頭引きの馬車を二台使っている。
さて、二台の馬車で移動するのだが、ここで少し揉めた。
スバルは普通にイオリと一緒に乗ろうとしたのだが、カティアがスバルの腕を掴んで強引に他の馬車に乗り込んでしまったのだ。
スバルも多少は抵抗した。元は同性なので遠慮はいらないのだが、スバルはまだ力加減が完全にコントロール出来なかったので、強く出ることを躊躇したらしい。
揉めたと言ってもその程度だが、イオリにはそんな事よりも重大な問題があった。
「ごめんね、カティアも悪い子じゃないんだけど……」
「い、いえっ」
オリアのパーティで御者をするのはレンジャーのフーゴかリーダーのオリアで、後はスバルが練習中であり、女性二人はあまり得意ではないらしい。
スバルとカティアが乗り込んだ馬車には、お目付としてオリアがイオリに謝りながら乗り込んだため、向こうの御者はフーゴで、こちらの馬車は何でも出来るエルマが御者をする羽目になった。
イオリは別にエルマと二人きりでも良かったのだが、そこに女戦士のパオラがイオリと話したいと乗り込んできた。
カティアのことを謝りたかったのもあるが、パオラには目的もあったのだ。
「………」
イオリは緊張していた。
別にパオラのことが苦手という話ではない。パオラは戦士としては勇猛だが、普段はあまり感情を表に出すタイプではなく、のんびりとした雰囲気はイオリの実姉と似たような雰囲気があって、イオリはパオラに親近感を持っていた程だ。
だが今はそうではない。
今のイオリはパオラに後ろから抱っこされて、膝の上に乗せられていたからだ。
どうやらパオラはスバルが膝の上に可愛いエルフの少女を乗せているのを見て、自分もやってみたいと思ったらしい。
ちゃんとイオリが痛くないように鎧を脱いでいるが、そのせいでイオリの後頭部は、大柄なパオラの凶悪な山盛りに埋もれてしまっていた。
「イオリって、なんか甘い匂いがする」
「ひゃっ」
パオラに首筋の匂いを嗅がれてイオリが悲鳴をあげるが、腹部をガッチリ抱きかかえられているので逃げられない。
最近はだいぶ『女の子』として慣れてきたが、中身は立派……な? 男の子なので、二十代半ばの綺麗なお姉さんの山盛りに、馬車が目的地に着くまで精神が削られることになった。
中身的には『おねショタ』だが、見た目は同性がじゃれ合っているだけなので、エルマも助けることはなく、ただ御者席から振り返って呆れたようにボソッと漏らした。
「……なにやってんだか」
馬車は予定よりも早く村に到着し、村長から軽く話を聞いてそのまま廃坑に向かうことにした。
馬車が二台もあるので、寝るだけなら特にキャンプを張る必要もない。
問題があるとすれば、その馬車を盗まれる可能性だが、馬車を村に置いてこなかったのは、防犯用の魔道具を付けているからだった。
その魔道具も良く聞けばシードの発明品らしいと、こっそり起動したハナコが教えてくれた。
本来なら夕方に着いて、村で一泊して次の朝から探索に出る予定だったが、まだ陽が高いことからそのまま軽く探索することにした。
パーティの配列は、先頭がレンジャーのフーゴと戦士のパオラで、その次にフーゴと入れ替わるスバル。その後ろに魔法使いのカティアと弓のイオリ。最後尾がエルマとオリアになる。
明かりを持つのはレンジャーのフーゴと、もちろん明かり持ちには定評のあるイオリである。
カティは隣のイオリに嫌そうな顔をしていたが、さすがにこの場で何か言うほどバカではないようだ。
「古い廃坑か?」
「三十年前まで鉄が取れていたらしい。今でも掘れば出てくるかも知れないが、採算が取れるほどではないそうだ」
廃坑の通路は幅も高さも3メートル程で、歩くには狭くないが、戦うには狭い。
それも想定されていて戦士は全員、リーチの長い両手武器ではなく片手武器を装備していた。
探索を始めて30分。かなり広い廃坑の下層部分に入ったところで、先頭のフーゴが片手を上げてパーティの歩みを止める。
「いたぞ。報告通りだ」
フーゴが示す先……そこにいたのは全幅が2メートル近い、緑に光る巨大なスライムであった。
お待たせしましたスライム先生です。
次回、スライムとの戦いで何が起こるのか




