32 ゾンビ事件の仮結末
北の大国ゲンブルから発生し、キリシアール国の墓所まで起きたゾンビ大量発生事件は、偶然調査に来ていたセイル国の『黄金の聖女』の従者の手で終結した。
スバルの所属するパーティは元々調査を依頼されていたので、その報告をギルドと国にしなければいけないのだが、念の為に明るくなった後にもう一度墓地を調べてみることになった。
スバルの報告が軽視されたのではない。ただその内容があまりにも常識離れしていたために、パーティ内で検証する必要があった。
「結局は、一つだけ確保出来たその宝石だけか……」
「そうですね」
墓地は休憩所が荒らされ、大地に穴が開いていたり焼け焦げたりしていたが、今は平穏を取り戻している。
ゾンビの影どころか、倒された死体すら残らず。めぼしい証拠となりそうな物は全て聖女の従者によって持ち去られていた。
その中で、イオリが倒したオークゾンビが地中深くにいたために、聖女の従者の手から偶然逃れており、その心臓から魔石とは違う宝石が見つかった。
「これ以上は調べてもしょうがないな。よし、撤退するぞっ」
パーティリーダーのオリアがメンバーに帰還を指示する。
調査依頼としては半端だったがほとんどの物証が持ち去られたからには、これ以上はどうしようもない。
「そうだ、スバル。この宝石は証拠として提出しないといけないが構わないか?」
「別に良いと思いますけど……」
スバルが微かに首を傾げる様子を見せると、オリアの口元に苦笑が浮かぶ。
「ほら、あのオークゾンビを倒したのは、イオリのパーティなのだろう? 回収しなかった物とは言え、ブロンズの冒険者から俺達がそれを掠め取る訳にもいかない。後で相応の謝礼を渡すと伝えておいてくれないか」
「ああ…そうですね、わかりました」
回収しなかったのではなくて、回収出来なかったのだが、それを言っても人が良いオリアは納得しないだろう。
「それにしても凄まじいな……」
「ええ……」
スバルの戦闘跡と荒らされた墓所を見ても、少なくとも百体以上のゾンビが居たことは間違いない。
スバルとその場にいた少女達の証言を信じるのならば、道化師の仮面を被ったメイドは、近づくだけでその全てを塵に変えたらしい。
しかも、それだけの力を持つ者が、聖女の一従者に過ぎないのだから、その主である『黄金の聖女』は確実に『勇者』クラスの実力を持っているのだろう。
その力の大きさも脅威だが、『水の勇者』と『黄金の聖女』を擁するセイル国の発言力は強くなり、世界のバランスが崩れそうになっているのが気になった。
「………(それに…)」
そしてオリアが思ったのはそれだけでなく、イオリの事もだった。
鎧を着けているところを見ると、あれはオーク戦士のゾンビで、とてもブロンズクラス冒険者の相手に出来る物ではない。
全員がシルバークラス……それこそディートリヒやヴェルのような実力者がいるパーティでもなければ、逃げることも厳しいはずだ。
それでもイオリ達はオークゾンビを倒した。
この大穴がイオリの精霊魔法による物なら、彼女はオリアが考えていたより、とても高い実力を持っていることになる。
(これがハイエルフの実力か……本気で勧誘しないといけないかもな)
***
「……エルマさぁん」
「ダメよ、イオリ。まだそこで正座してなさい」
王都に戻ったイオリは『鮮血の憩い亭』のエルマの部屋で正座をさせられている。
イオリのおかげで助かったので感謝する気持ちはあるが、酔っぱらったり無茶をしたり、なかなか起きなかったり、色々と心配をさせられたので、妹を心配するような姉の気持ちからお仕置きをしていた。
「頭痛い……気持ち悪い…」
イオリはMPポーションを飲んで酔っぱらっていた時の記憶は、綺麗さっぱり覚えていなかった。
何がどうなって助かったのか分からず、ポーションの効果が切れた二日酔い状態からMPがまた減っていたので、ハナコに聞こうにも起動出来ない。
ちなみにリリーナは、休みは一日だけだったようで本日は徹夜明けで騎士の仕事に向かっている。エルマからもリリーナに心配を掛けたので、後で彼女に謝るように言われていた。
「ボク……何やらかしたんだろ?」
訳が分からないがそれでも大人しく正座していると、席を外していたエルマが木のコップを持って戻ってくる。
「はいこれ。気持ち悪いんでしょ?」
「ありがと~」
柑橘系の果実の汁を混ぜた果実水を、イオリはごくごくと飲み干した。
「スバルが来たわよ。彼が助けてくれたんだから、私達からもお礼を言ったけど、イオリからもお礼を言うのよ」
「あ、スバルちゃん、来たんだ」
そしてスバルが例の一番高いお風呂付きの部屋を取っていたので、エルマのお仕置きから解放されたイオリはその部屋に向かう。
「スバルちゃんっ」
「あ、イオリ、もう具合は良くなったの?」
イオリが部屋に入って呼びかけると、二人きりなので少し言葉遣いが女性っぽくなったスバルが苦笑しながら応じる。
前世のようにスバルが女性でイオリが男の子なら、ノックもせずに入ってきたイオリを叱るところだが、スバルもだいぶ『男』であることに慣れてきたのか、何故か微笑ましい気分を感じた。
「うん、ちょっと頭痛いけど平気だよ。それよりもスバルちゃんが助けてくれたんだよね? ありがとーっ」
「まぁねぇ……」
実際にオークゾンビを倒したのは酔っぱらったイオリであり、ゾンビを駆逐したのは聖女の従者であるので、スバルも少々歯切れが悪い。
「ちょっとばかり強くなった気でいたけど、上には上がいるなぁ」
「そうなの?」
イオリは良く分かっていなかったが、そもそも比べる相手が悪い。
「そうなの。イオリ、ちょっと慰めてぇ」
「うわぁっ!?」
突然抱きかかえられてイオリは思わず声を上げる。
「大きな声を出さないでよ。昔から良くしてたでしょ?」
「だから、それってボクが小学生の時でしょっ。大人になったら恥ずかし……うひゃっ」
気恥ずかしくなって、真っ赤になったイオリの耳をスバルがまた甘噛みした。
「やっぱり耳は敏感なんだねぇ」
「いきなりなにすんの!?」
「女の子同士のスキンシップだから気にしないで」
「だからボクは男だって、」
「今の俺は男だから問題ないだろ?」
「こ、今度は騙されないよっ、男同士はそんなことしないんだからっ」
さすがに二度目ともなるとアホの子のイオリでも気付いたらしい。
スバルは口の中で小さく舌打ちすると、イオリを逃がさないように後ろからギュッと抱きしめる。
※これより音声のみとなります。
「ほうら、男の子のイオリは、男に触られてどんな声を出すのかなぁ?」
「ひゃっ、どこ触ってんのっ」
「どこって……男が触る場所なんて限られてるじゃない」
「ちょ、ちょっと、そこは……」
「あらあら、顔が真っ赤ねぇ。男に触られてどうして赤くなってるの?」
「や、やめ…」
「ふふふ、だったら、自分が女の子だと思えば触られてもおかしくないんだよ?」
「で、でも……」
「ほらほら、男の子のイオリは男に触られてこんなになるの?」
「ひぃ」
※解除。
経験のない出来事に真っ赤な顔でふらふらになり、MPも少ないので目を回してしまったイオリに、スバルはニヤリと笑う。
イオリの反応は、男の子としても女の子としても初々しくて良い。
それでもこれはスバルを心配させたお仕置きなので、これ以上するつもりはなく、スバルはイオリを抱き枕にして、徹夜明けからようやく眠りについて……
イオリの体温はスバルがこの世界に来てから、一番の安らぎを与えてくれた。
次回は、また閑話を挟みます。




