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31 聖女様の祝福

 



「いくりょっ」

 呂律の回ってない口調でイオリが指さすと、オークゾンビは腐った顔を笑うように歪ませてから、イオリを目指して走り出す。

「イオリちゃんっ!」

「イオリ、避けてっ」

『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

「おとひあひゃ」

『ブモォ!?』

 ズズン…ッと地響きを立ててオークゾンビがすっ転ぶ。

 良く見るとその足下の地面がラーメンどんぶり程度の大きさでへこんでいた。

 

「土精霊魔法ですかっ!?」

「……あんな言葉でも発動するんだね」

 言葉は分からなかったが、どうやらイオリは精霊に『落とし穴』を掘らせたようだ。

 通常の精霊使いが使えば下半身が埋まる程の穴が開くはずだが、初心者のイオリではその程度らしい。

 

『ブモォオオオオオオオオオオオッ!』

 転ばされたオークゾンビが怒りの咆吼をあげて立ち上がる。

 イオリとの距離は10メートルで、今の酔っぱらいであるイオリなら逃げることも出来ずに潰されるだろう。

「たぁっ!」

『ブヒィッ!?』

 その背後からリリーナがオークゾンビの腕関節を斬りつける。

 ゾンビには内臓系の急所はないので、活動を止めるには関節を破壊するか、バラバラにするしかない。

 オークゾンビは痛みこそ感じないが衝撃は感じるようで、驚きながらも振り返りざまに棍棒でなぎ払おうとしたが、右腕の肘が上手く動かずにからぶってしまう。

 

「……はぁっ!」

 そこに隠密状態で近づいていたエルマが右手の指にエストックを叩きつけた。

 エルマは冒険者と言っても専門職ではないので大したことはないのだが、ゾンビ系の知覚の低さが幸いして、隠密が成功している。

『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 オークゾンビは小賢しい獲物に怒りのまま棍棒を振るうが、指が潰れていた為に握りが甘く、棍棒はそのまますっぽ抜けて飛んでいった。

 

「エルマ、やりましたねっ!」

「それより、イオリの確保を、」

 二人がやっと出来たまともな戦闘に喜びながらも、酔っぱらいを何とかしようと動こうとしたが、その時、武器を失ったオークゾンビは近くに生えていた2メートルほどの若木を無事な左手で根っこごと引き抜いた。

『ブヒヒィ』

 左手一本で若木を振り回しながらオークゾンビは不敵に笑う。

 

「ど、どんだけ力あるのよ」

 武器としての耐久力はほとんど無いが、棍棒よりもリーチは長く振り回すたびに飛んでくる土塊のせいで、油断すると目に土が入りそうだ。

「私が何とかあれを受けますので、その間にイオリちゃんを、」

「そうだ、イオリはっ!?」

 エルマがイオリに視線を向けると、

 

「ありいぇ? なんりぇ」

 何か意味の分からないことを言いながら、棒立ちで首を傾げていた。

「ちょっと、イオリ何やってんのっ!?」

「あ~、えりゅあはん、せいりぇいがねぇ」

「なに言ってるのか、分かんないわよっ」

 エルマが怒鳴るのも仕方ないが、イオリはどうやら土精霊と『お話』をしていたらしい。

 一般的に精霊使いでも土精霊と『会話』が出来る者は居ない。術者は呼び出した土精霊に用件だけを伝えて、土精霊がそれに何も答えずただ魔法を行使するのだ。

 だからとりあえず発動するが、効果があるかどうかは分からない。……が、一般的な土精霊魔法の認識であった。

 そんな土精霊と酔っぱらいがどんな会話をしているのか、同じ精霊使いであるリリーナも気になったが今はそれどころではない。

「来ますよっ」

 リリーナはイオリを護るために意を決して盾を構える。

 だがそんなリリーナの耳に、気が抜けそうなイオリの声が聞こえてきた。

 

「わはったぁ……ぱんちゅ」

 突然イオリが貫頭衣の裾を自分でヒラヒラと捲って見せた。

 どうやら土精霊の要望で『パンツ』を見せようとしたらしいが、生憎とその御パンツはエルマによって没収されていたので、肌色が眩しい。

 

 ボコンッ!!!

『ブモォオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 オークゾンビの足下に突然直径3メートルほどの穴が開いて、オークゾンビを飲み込んだ。

「「……」」

 唖然としてポカンと口を開けるエルマとリリーナの横を、千鳥足のイオリが通り過ぎて穴を覗き込んだ。

『ブモォオオッ、ブモォオオッ!』

 その深さ、約20メートル。

 両足が砕けたオークゾンビが必死に這い上がろうとしているが、とても登れる深さではない。

「う~ん」

 イオリはスキルで『爆弾販売機』の投入口だけ出現させて、手持ちの小銀貨を投入すると、麻袋のような物が空間から現れ落ちて、オークゾンビの頭で大量の白い粉をぶちまけた。

 そして、その麻袋の後を追うように、小さな『火種』が爆弾自販機から出てくると、オークゾンビの落ちた穴に落ちていく。

 するとどうなるか……。

 

 ズガンッ!!!

 

「きゃあっ!?」

「な、なにっ?」

 突然の爆発にリリーナとエルマが戸惑った悲鳴をあげた。

 狭い穴の中で飛び散った小麦粉に引火した『粉塵爆発』などとは、さすがに分からないだろう。

 それよりもこれを『爆弾』のカテゴリーに入れていたイオリは、何を考えていたのだろうか。

 

「お、終わったの?」

「……みたいね」

 二人には何が起きたのか分からないが、あの爆発ならオークゾンビもただの100グラム1銅貨の細切れになっているだろう。

 そして、それを為した酔っぱらいは、お花畑に横になって『すぴー、すぴー』と寝息を立てて眠っている。

「……これって、担いで帰らないとダメよね?」

「わ、わたしが背負いますっ」

 エルマが呆れた声を出すと、リリーナが勢いよく手を挙げた。……だが、

「……でも、全部終わった訳じゃないみたい」

「……え?」

 エルマの声にリリーナが振り返ると、爆発の振動を感じて、離れた休憩所を襲っていたゾンビ達がこちらに向かってくるのが見えた。

「早く、イオリを担いで逃げるわよ」

「わかりましたっ」

 

 どちらが担ぐではなく、エルマとリリーナはイオリの足と頭を抱えて走り出す。

 エルフであるイオリの体重はとても軽かったが、それでも女の子である二人が抱えて運ぶには重かった。

 とくにリリーナは部分的とは言え金属鎧を着けているので脚も遅くなる。

 

「やばい、何体か追いついてきたっ」

「個体差がありますからね……。あれだけでも倒しますか?」

「倒している間に、後続に追いつかれそうな気がするなぁ……」

 

 それでも体力が尽きてからではどうしようもなくなる。

 二人が決断出来ずに体力を削りながら逃げていると、十数メートルまで近づいていた数体のゾンビが突然弾け飛んだ。

「えっ!?」

「あんた達無事かっ」

 そんな言葉を掛けてきたのは、背の高い美青年……イオリの『兄』同然と紹介されたスバルであった。

「あ、あなたは…」

「とりあえず後だ。……イオリは無事ね。二人ともありがとう」

「い、いえっ」

 美青年に素直な礼を言われて、リリーナの頬が少し赤くなる。でもエルマはその口調が途中で『男らしくない』感じになったのを、微かに疑問に感じた。

 

「二人はイオリをそのまま運んでくれ。あのゾンビは俺が足止めする」

 スラリと背中から長剣を抜き放つスバルに、リリーナが慌ててそれを止める。

「無茶ですよ、あんな数を、」

「大丈夫だ」

 それでもスバルは、剣を構えてゾンビに向かって走り出す。

 

「えええええええええっ!」

「リリーナ、あの人なら大丈夫よ。…たぶん」

「あの人、誰なんですかっ!?」

「あの人はイオリと兄妹のように育った……『竜人』よ」

 

「『ЛЙ』ッ!」

 

 スバルが吠える(・・・)と、その声が炎となり、その直線上にいた数体のゾンビを、歩く松明に変えた。

 竜語魔法……。別名『竜声』と呼ばれる竜人特有の魔法で、流れる竜の血によって心に浮かぶその単語を叫ぶことで、ドラゴンのブレスのような効果が得られるのだ。

「はっ!」

 数体はその咆吼一つで崩れ落ちたが、それでも歩いてくるゾンビを、スバルの長剣が一振りで両断する。

 竜人の中でも『戦士』と呼ばれる者しか会得出来ない【竜の騎士】スキルによって、スバルの身体は竜の『氣』に覆われ、通常の数倍の身体能力を得ていた。

 

 スバルがこの世界で、光の精霊に貰ったスキルの一つが【竜の騎士】である。

 覚えているだろうか……。光の精霊がイオリに第二スキルとして、このスキルを勧めていたことを。

 このスキルは、竜のオーラを纏って強くなる代わりに、愛する異性の寿命が50年減ってしまうので、イオリは内容も聞かずに却下したが、エルフであるイオリが同じエルフを伴侶に選ぶのなら、50年は誤差と言ってもいい。

 それにスバルがこのスキルを選んだのは、会得すれば強制的に『男性』になってしまうからである。

 スバルやイオリにとって異性とは、男なのか女なのか? 光の精霊の話では、そう言う系統の対価は曖昧になると完全に発動しない可能性もあるので、スバルはそれを選んだのだ。

 そして、そのスキルの可能性は、もしかしたらイオリも男に戻れたかも知れないスキルだった。

 

 これ程の戦闘力を持っていれば、ゴールドランクのパーティリーダーがスバルを手放したくないと思うのは当然である。

「『ЙЖ』ッ!」

 スバルの氷のブレスが数体のゾンビを氷付けにして、動けないゾンビ達を長剣で斬り砕いていった。

 エルマとリリーナは、そのあまりの戦闘力の差に逃げる足も止めて、思わず呆然と見てしまう。

 だが……

「っ!?」

 近場にいたゾンビを殲滅したスバルが、突然何かを感じたように大きく飛び下がり、エルマ達の近くまで一息に飛んできた。

「ちょっと、どうしたの?」

「え……あんたら、何で逃げてないのっ!?」

「いえ、その……なんか楽勝そうだったので…」

 スバルに怒られてリリーナが気まずそうに首を竦める。

「早く逃げ……いやダメだ。そっちの岩の影に急いで隠れてっ」

「!?」

「わ、わかりました」

 

 イオリはスバルが小脇に抱えて、三人は数十メートル離れた大きな岩の影に隠れる。

「何があったのよっ?」

「そうか……あんた達は感じないか」

 エルマの問いにそう答えるスバルの顔が青くなっているのを見て、二人も思わず息を飲む。

「とんでもない『気配』が来る」

 

 それを聞いたからではないのだろうが、灯りが無くても見える程度だった『夜』が暗さを増して、気温が数度下がったようにも感じられた。

 

「「「………」」」

 三人が岩の影から覗いてみると、離れた場所に蠢いていたゾンビ達が、海が割れるように奥から消滅していった。

「……なに?」

 掠れたエルマの声が漏れる。

「人…?」

「……メイドに見える。ピエロの仮面を被った」

 それに答えたリリーナやスバルの声も恐怖に掠れていた。

 

 ただゆっくりと歩いてくる道化師(クラウン)の仮面を被った、メイド服の少女。

 ただそれだけなのに、全てのゾンビが近づくだけでボロボロに崩れて、塵となって消えていく様は、ただ恐怖でしかなかった。

 全てを塵にするその途中……一瞬だけ仮面がこちらを見て嗤った気がした。

 三人は身動きどころか呼吸すら出来ず、わずか数十秒で全てのゾンビを塵に変えて、仮面のメイドが去っていくと、三人は腰を抜かしたようにへたり込んだ。

 

「………なに、あれぇ」

「俺も詳しいことは知らないが……セイルの『聖女』の従者かも知れない」

「え……アレが、ですか?」

 

 スバルは本当だったら、その従者とコンタクトを取らなくてはいけなかったのだが、とてもそんな相手とは思えなかった。

 その後、朝になって王都に帰還したスバルは、出発しようとしていたリーダーのオリアに聖女の従者のことを話し、その結果、『聖女、やばい』と国へ報告された。



 

 事件の内容は『悪魔公女Ⅱ 3-06』で語られています。


 次回は、お仕置きです。

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そういえば、愛する異性がいなければ、このスキルは発動しないのかなあ………? 単純にいない場合や同性が好きな場合はどうなるんだろう? 人間を、一方的に好きになったキャラが、ピンチになって、思わずこのスキ…
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