30 腐ったお肉と酔っぱらい
「あの子はホントに何をやってんだか…っ!」
スバルは暗い森を一人駆け抜ける。
イオリがピクニックに行ったと聞いて、スバルに何も言わずに出掛けたのは後でお仕置きすればいいかと気楽に構えていたが、そのイオリが夜になっても帰らず、パーティの仲間にそれとなく話をすると、ここ王都でのピクニックの定番は『墓場』だと聞かされた。
北の大国、ゲンブル周辺で発生していた『ゾンビ大量発生事件』が、このキリシアール国周辺でもその兆候が見られ、スバル達のパーティは、また国とギルドからの依頼で明日の朝早くから墓場周辺の森を調べることになっていた。
だがそれはギルドからの依頼だけで、国からの依頼は、最近東の大国セイルで召喚された『黄金の聖女』がこの事件に関心を示し、セイル国の間諜から、その配下の一人がこの国周辺に向かったと情報が入ったからだ。
その『黄金の聖女』に関する情報はほとんど無いが、セイル国の発表では『地球』以外からの数百年ぶりの召喚であり、勇者とは違う素晴らしい力を持っているらしい。
キリシアール国の上層部も、他の異世界からの召喚に興味を持ち、彼女の配下が墓場の探索に現れたなら、極秘にコンタクトを取るか……もしくは、その力を見極め、戦闘になったなら捕獲するように命じられていた。
あくまで『敵対されたなら』、なので初めから誘拐目的ではなく、依頼の目的は情報収集なのだ。
だが『地球』以外の召喚者が、平和的な人物とは限らない。
スバルはゾンビよりもその存在がイオリと接触するのを恐れて、仲間達から先行する斥候として墓場に向かうことになった。
「……下手すると今度は、セイル国に拉致られちゃいそう」
***
『ブヒヒィ』
オークゾンビはイオリの姿を見つけると、半分腐った顔を歪めて笑う。
「ひっ」
イオリの脳裏にあのトラウマになりそうな戦闘が思い出される。
イオリのスキルである『爆弾販売機』と【自動復活】のおかげでギリギリ……と言うか半分事故のような感じで生き残ることが出来たが、目の前のオークゾンビは、あのオーク戦士と装備が似すぎていた。
「…(ハ、ハナちゃん…っ)」
『ピッ……お呼びになりましたか?』
イオリの呼びかけにハナコがスリープモードから復帰する。ちなみにハナコの声は骨伝導なのでエルマ達には聞こえていない。
『おや? あれはもしやオークゾンビですか?』
「…(うん、そうみたいなんだけど、アレって、シードさんのダンジョンにいた奴に似てない?)」
『……検索完了。96.37%で同一個体だと思われます』
「…(な、なんで、こんな所に…)」
オーク戦士がイオリへの恨みで化けて出たのだろうか? ここからシードのダンジョンとは距離があるというのに、どうやってここまで来たのか。
『あのオークは、ウメコ…私の同僚に処理を任せておりましたが、……検索完了。どうやらウメコは、裏の食肉業者に売ったらしいですね』
「…(売れるんだ……アレ)」
イオリが働いている『鮮血の憩い亭』では普通に豚や鶏を使っているので気付いていなかったが、場末の怪しい客を泊める宿屋や、妙に安い屋台の串焼きなどでオークなどのモンスター肉は使われている。
一般人は『人型』の肉を食べるのは抵抗はあるが、地球の某国産のように実際何の肉が使われているのか分からないけど、安ければいいと言う商人と客が居るのだ。
問題は何故、肉屋に売られたオーク戦士がゾンビになっているのかと言う事だが。
『この位置はダンジョンから王都への直線上にあります。肉を早く届ける為に道を通らず、森を通って何かに憑かれたのではないでしょうか』
裏業界の食肉業者の仕事熱心さが招いた悲劇らしい。
「イオリ、あのオークゾンビを知ってるの?」
イオリの怯えように違和感を感じて、エストックを構えながらエルマが尋ねる。
「うん……あれ前に戦った『オーク戦士』だよ。戦闘系のスキルとか持ってるから気をつけて」
「え……ゾンビはスキルを使えませんよ?」
「うん…えっとね」
リリーナの言う通り、ゾンビの身体は低級霊などに憑かれた器に過ぎないので、魂に刻まれたスキルは使えない。
だが目の前のオークゾンビからは、生前と似た雰囲気が……特にイオリを見るイヤらしさが感じられ、おそらく死んだオーク戦士の霊が悪霊化して、そのまま憑依したのではないかと思われた。
元々魂が弱い魔物は、死んでも悪霊化などせずに魂は死ねばすぐに消えてしまう。それでも極希に悪霊化する存在が居るらしく、こういった個体は魂が強靱で、かなり強い個体になるらしい。
「…と言う訳なんだ」
と、イオリはハナコが耳元で囁く説明をそのまま意味も分からず話した。
「イオリちゃん凄いですっ! しかもあのオーク戦士を倒すなんて、さすがはみんなのアイドル、ハイエルフですねっ」
「……う、うん」
数百年生きたハイエルフの魔導師なら出来るかも知れないが、もちろんイオリにもう一度倒せと言われても無理だ。
「………」
そんなイオリの様子に不自然なモノを感じて、エルマは後で身体に聞き出してやろうと心のメモに書き留めた。
『ブヒィイイイイイイイイイイイイッ!』
まったく攻めてこない三人娘に、オークゾンビが巨大な棍棒を振りかざして雄叫びを上げる。
ブン……
それを生命の危機と判断して【自動記録】が発動した。
「来ますっ!」
「イオリは下がってっ」
二人がそう言ったのは、イオリがほとんどMPのない状態だったからだが、万全の状態でも何が出来るか怪しい。
「で、でも、」
それでもイオリは、心は男の子。女の子を前に立たせて下がるのは心が辛いが、
『イオリ様、一旦下がって弓で応戦しましょう』
「そ、そうか」
ハナコが上手く言いくるめてイオリを後ろに下がらせる。ハナコもイオリのMPが少ない事はその顔色やお肌の具合から気付いていたので、自分が起動出来るうちに安全圏に下がらせたかった。
『ブモォオオオオオオオオオオオッ!』
イオリが下がる気配を見せた瞬間、オークゾンビが棍棒を投げつけた。
「え…」
エルマとリリーナの間を唸りを立てて飛んでいく棍棒は、イオリの足下に炸裂して小さな身体を吹き飛ばした。
ブン…… 【Record reading.】
「来ますっ」
「イオリは下が……何で吐いているのっ!?」
「……うぷ、ごめん」
即座に【自動復活】が発動するが、イオリは下がるどころか蹲ってしまう。
『ブモォオオオオオオオオッ!』
オークゾンビが棍棒を構えて突っ込んでくる。
リリーナは意外と足の遅いオークゾンビに、イオリを護るために盾を構えて受け止めようとしたが、騎士と言っても体重の軽いエルフなので棍棒の一振りでエルマごとなぎ払われてしまった。
「「きゃあああっ」」
「リリーナさん、エルマさんっ!」
『ブヒィ♪』
「ひぃっ!?」
オークゾンビがイオリを捕まえると、ゾンビになっても熟練した手さばきで衣服を剥いで、今度はイオリを丸かじりにした。
ブン…… 【Record reading.】
「来ますっ!」
「イオリっ!?」
「うえ……ごめん…」
以前と違って、オークゾンビは即座に襲ってくるため爆弾を買う時間もない。
たとえ時間はあっても、前衛の二人が居るのに巻き込んでまで爆弾を使えるはずもなかった。
『ブモォオオオオオオオオオオオッ!』
オークゾンビはまた執拗にイオリだけを狙ってくる。
また前回のように二人をなぎ倒したオークゾンビは、動けないイオリをあっさり捕まえた。
『ブヒィ♪』
「いぃやぁああっ!」
ブン…… 【Record reading.】
「来ますっ!」
「イオリは、」
「うぷ、あいつはボクだけを狙ってくるよっ」
「…え」
「分かりましたっ!」
唐突なイオリの指示にリリーナが反応して、イオリの所まで下がる。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
「きゃああああああっ」
「エルマさんっ」
一人になったエルマがオークゾンビに弾かれ、ゆっくり迫ってきたオークゾンビの棍棒がリリーナごとイオリを弾き飛ばした。
ブン…… 【Record reading.】
「来ますっ!」
「イオリは、」
「あいつはボクだけを襲ってくるよっ、それと下半身にダメージ受けてるから足が遅いんだっ、けほ」
「わかりましたっ」
「わかったわっ」
吐きながらも指示を出すイオリに戸惑いながらもリリーナはイオリの元まで下がり、エルマは脚を生かしてオークゾンビを牽制し始めた。
「うぷ……一撃が重いから、盾でも受けちゃダメ…」
「そ、そうなんですか? 私も脚で牽制しますっ」
まるで見てきたような事を言うイオリを不思議そうに見ながらも、リリーナとエルマは上手くオークゾンビを翻弄し始めた。
だが、
『イオリ様、このままではお二人の体力が先に尽きます』
「……うん」
何度も経験してやっとまともに相手を出来るようになったが、それでも疲れを知らないゾンビと、その一撃を貰っただけで動けなくなる生身の二人では、時間が経つほど不利になる。
「……そうだ」
爆弾は使えない。でも精霊魔法を使えれば援護は出来るかも知れない。
イオリはそう感じて、リリーナから預かっていたMPポーションを鞄から取り出して一気に咽に流し込んだ。
「イオリちゃんっ!?」
それに気付いたリリーナがギョッとした顔をする。
確かに命の危険な時は飲んで欲しいと言ったが、あれは強制的にハイにするやばい薬なのだ。
「………ふふふ」
「「…っ!」」
突然笑い出したイオリに、リリーナとエルマはオークゾンビの攻撃を避けながら、声にならない悲鳴をあげた。
エルマもあのポーションの効果は知っていて、出来れば飲むのは自分達が倒れてからにして欲しかったと、心の中で叫ぶ。
「こりょ、おーくりょんひ、ほくひゃたりょひぃやる」
MPポーションには大量のアルコールが含まれており、未成年の服用は出来る限り避けるように推奨されている。要するに……
イオリの顔は耳まで真っ赤になり、ものの見事に“酔っぱらい”と化していた。
※お酒は二十歳になってから。
次回、イオリとオークゾンビの戦い。




