03 気がつけば異世界
文章形式上、この物語は会話文が多くなります。
今回少し長めです。
『君ってさぁ……落ち着きなさい、とか、周りの人に言われたことない?』
「ほっといてっ!」
魔法陣の爆発に巻き込まれたイオリは、気がつくと何も無い霧に包まれたような空間に立っていた。
「ここどこ…? …え? あれ?」
唐突に掛けられた言葉に、イオリは小学生の頃から毎年の通信簿で『落ち着いて行動しましょう』と毎回書かれていたことを思い出して思わず言葉を返したが、その声の主が見あたらない。
『何処を見ているの? ここだよ、ここ』
「へ…?」
再び聞こえた声に振り返ると、何も無かったはずの空間に、非常識にも『光の玉』はふよふよ浮かんでいて、それが話しかけてきたらしい。
『ようやくこちらを『認識』出来たみたいだね。君は自分のことが分かるかな?』
「あ、ボクはイオリ……あれ? 名字が…漢字も分からない……」
『それは仕方ないね。君はどうやら、脳みそパーンしちゃったみたいだから。それで、イオリ。自分の状況が理解できる?』
「…………もしかして、ボクって死んじゃいました?」
『意外と落ち着いているね。もっと泣いたり叫んだり、暴れたりするかと思った』
「そう言われても……」
『こちらはそのほうが楽だからいいけど。ここは、物質界と精霊界の中間で、君が思うところの“あの世”に近いかな』
イオリは自分の名前と男子高校生だったことは思い出せたが、それ以外の記憶は虫食いのように所々が曖昧で、家族の顔さえ思い出せなかった。
そのおかげで取り乱す余裕もなかったのだが、イオリは『光の玉』から『あの世』と聞いて、記憶もそうだが気になる事があった。
「……あなたは、もしかして神様でしょうか?」
『ううん、偶に言われるけど違うよ』
「そ、そうなの…?」
『でも『人』でもないよ。君が居た世界である『テラ』とは違う『テス』と呼ばれる世界で、魂の管理人のような仕事をしている『光の精霊』さ。別に誰かに頼まれた訳じゃなくて、管理する代わりに魂の残滓を貰っているから、蜜蜂の働き蜂のようなモノだと思ってくれていい』
「異世界っ!」
想像と違っていたが、憧れの『異世界』と聞いて、イオリの沈み掛けていた心が急浮上する。
「も、ももも、もしかして、異世界転生ですかっ!」
『死んだことよりも、妙なところに食いついたね。そうしてやりたい気持ちはあるんだけど、そんなに話は簡単じゃないんだ』
「…と言うと?」
『イオリの魂は確かに『テス』側に来てしまった。でも君は『テス』に存在しなかった魂だから、こちらの管轄外というか、通常の『輪廻』に乗せてあげることが出来ないんだよねぇ。テスで死んでいたらまだ良かったんだけど』
「……それならボクはどうなるの? 地球で生き返れるとか?」
『それは無理だね。イオリの身体は爆散しちゃっているし、向こうに戻す方法も無いからね。本来なら君のように迷い込んできた普通の魂は、『悪魔』の餌にしてこの世界に還元させちゃうんだけど、……イオリは死んだ時のことを覚えている?』
確かに褒められた人生ではないが『普通』と言われて、若干落ち込む。そしてそんな魂は悪魔に喰われるのだと聞かされて、魂のくせにイオリは顔を青くしながらも素直に光の精霊の言葉に答えた。
「え、えっと……魔法陣を踏んだら爆発して…」
『本当に躊躇もなく踏むとは驚きだけど、間違いなく魔法陣だったんだね?』
「あれって……やっぱり召喚魔法陣?」
『確か『地球』には魔法は残ってないんだったね。どうやら君は『勇者召喚』の事故にあったみたいなんだよ』
「勇者召喚っ!」
『そこに食いつくんだ……』
光の精霊は、呼吸もしてないのに器用に溜息を付くと、おバカそうなイオリの為に噛み砕いて教えてくれる。
『この『テス』ではね、『人間』『エルフ』『ドワーフ』を中心とした『光側』の国家勢力と、『ダークエルフ』『獣人』『魔物』を中心とした『闇側』の勢力が、何千年も不毛な争いを続けているんだ』
「……へぇ」
『世知辛い話だけど、闇側の住人は、強くて我が儘で奪うことが得意だから、『闇』なんだよ。分かるかな?』
「うん……人生、楽なほうに流れるだよね」
『そうなんだよ。人の心は楽なほうに流れる。子供を善い人に育てるのは大変だけど、悪に染めるのはとても簡単で、光側の種族も心が弱いと簡単に『闇』に染まる。極端に言うと、強いから『闇』に染まりやすく、弱いから『光』の庇護を求めるんだ。そんな闇の勢力に対抗する為に、光側は戦いの先頭に立つ『勇者』が必要になった。最近では異世界から勇者を召喚するのがトレンドみたいだね』
「……とれんでぃ」
『どうやら異世界にまで身体を持ったまま渡れる人間は『魂』が強靱で、勇者になれる確率が高いらしい』
「え……? 勇者の素質があるから、選ばれて召喚されるんじゃないの?」
『全然違うよ。100年に100人程度召喚されるけど、『勇者』や『英雄』になれるのは1割以下じゃないかな?』
どうやら『テス』では、イオリが思っていたより頻繁に召喚が行われているらしい。その為に異世界の文化や単語が精霊が使うくらい知られている。
「……ボクは?」
『魔法陣が見えたんだよね? あれは魔力の素養がちょっとでもないと見えないから、その意味では素質があったのかもねぇ』
そもそも勇者になれるような人物だったら魂も強靱だ。それはイオリと違って召喚とは関係無しに異界を渡れる魂で、自力で転生さえしてしまう。
でもそれを言うのはさすがに可哀想なので、光の精霊はイオリに言えなかった。
「ボクはその一年に一人に失敗したのか……」
『ううん、100年に100人』
「同じじゃないの?」
『異世界から呼ぶのは凄く魔力を消費するんだ。大国でも10年に2~3名。小国だと何十年も呼べなかったりする。だから焦った光側の国家が、少ない魔力で強引に召喚しようとして事故が起きたんじゃないかな? 酷い話だねぇ』
「……酷い話ですね」
要するに光側の身勝手な理屈でイオリは死んでしまったらしい。
生きていれば勇者になれたかも知れないと言う慰めも、光の精霊に『普通』と太鼓判を押されてしまったので望みは薄い。
「えっと……それでボクはどうなるんでしょ?」
『うん、本来なら悪魔の餌なんだけど』
「……うっ」
『でもね、君の前にも『事故』にあった人がいて、その人に『テス側の不手際で事故にあったのなら補償するべき』って言われちゃってさ。他の精霊達と検討した結果、ある程度の『能力』を与えて、テスで身体を再生してあげる事になったんだ』
「チートですかっ!?」
『ああ、その人もそんな事を言っていたけど、チートじゃないよ。身体をテス側で再構成するから、テスの人なら誰でも持っている『スキル』を持てるようになるだけ』
「そうなんだ……」
『イオリは感情の起伏が大きいねぇ。剣術の才能があったり、長年剣の鍛錬をしていれば『一般スキル』である【剣術スキル】が得られるようになる。剣じゃなくても、何かやっていればこちらに来た時点でスキルは得られると思うんだけど、……イオリは何も無いね』
「……え? 何も?」
『才能系はね。そちらは義務教育ってのがあるから、【一般教養スキル】を持っているみたいだけど、それだけだねぇ』
「…………」
『そう悲観しないで。スキルをあげるって言っただろ? 補償も兼ねて好きなスキルを二つ選ばせてあげる。まぁ、『特殊スキル』程度持ってないと、四大精霊の力を借りても転生できるだけの魂強度が無いってのが本音だけど』
「……身も蓋もないですね」
とりあえず二つは『特殊スキル』を選ばせて貰えるらしい。
『一般スキル』とは、言語や算術などの教養系と、剣技や体術などの体力系で、基本的に鍛えれば時間の差はあれ、誰でも習得できる可能性がある。
地球と違うところは、スキルとして覚えれば死ぬまで忘れないことだ。
それとは違い『特殊スキル』は、法則をねじ曲げる非物理系や、一般スキル以外の不思議系をそう言うらしい。
その他にも『一般スキル』と『特殊スキル』のどちらにも属しているスキルはあるが大きく分けてこの二つだ。
イオリは『スキル』と聞かされて、そのゲーム脳を悩ませた。
召喚魔法が存在するのなら普通の『魔法』もあるはずで、イオリが最初に思い浮かべたのは、定番の【魔法スキル】と【鑑定スキル】だった。
「鑑定スキルってある?」
『普通にあるよ。でも個人的なスキルだと、名前と装備品が分かるくらいかな』
「……ステータスとか、スキルとか見られないの?」
『個人では、鑑定スキルでそれを見るのは難しいなぁ』
「なんで?」
『それは魂に刻まれている情報だから。それを見るには膨大な魔力が必要なんだよ。スキルじゃないけど上位鑑定魔法なら、大きな国なら『設備』として一~二カ所くらいあるかもね』
「個人では無理なのか……」
『精霊や悪魔並の魔力がないと無理だね。……あ、もの凄い『制約』があれば出来ないこともないか』
「おお、やったっ!」
『待って待って。『制約』って言っただろ? スキルには上下やランクはない。でも、スキルは『制約』を付ければ理論上は何でも出来る。例えば【剣術スキル】を得た時に『一生に一度しか剣で攻撃できない』って制約を付ければ、腕が吹き飛び、魔法でも再生不可能になるのと引き替えに、一撃で龍さえ倒せる』
「……それはちょっと。ちなみに【鑑定スキル】に必要な制約は?」
『鑑定は単純に沢山の魔力がいるだけだから制約は必要ないんだけど、【上位鑑定】なら、魔力を増やす『制約』を付けることかな。お勧めは『人外変化』か『魂変換』だけど、どっちにする?』
「じ、人外…?」
『人外変化は転生時にしか使えないけど、ランダムで魔力の多い魔物に生まれ変わる。あ、っと言われる前に言うけど『進化』なんてないよ。物理的な肉体を持つ生物が、生きたまま進化なんてするはず無いから。それと知能も魔物並になるよ。知性と記憶は脳の容量で決まるから分かるよね?』
「……魂変換ってのは?」
『魂変換は、魂を削って魔力を生み出すんだけど、魔力を使うたびに寿命が数ヶ月減っていく』
「ダメじゃんっ。……えっと、ボクの前に来た人は?」
『その人は、かなり強力なスキルを選んでいったよ。それを使う為の制約も大きかったけど、嬉々として受け入れていたねぇ』
「へぇ……。どんなスキルを選んだの?」
『それは個人情報だから、他人に教えることは出来ないね』
光の精霊は市役所の職員みたいな事を言う。
スキルの上下もランクもないこの世界では、イオリから見てチートのようなスキルは基本的に精霊や悪魔用で、その対価を『制約』として使える者限定らしい。
「そうだっ、ガチャとかない? お金を入れるとランダムで凄いアイテムが出てくるような」
『ガチャ? それは知らないけど、ランダムでアイテムが出るのは【物品創造スキル】で出来るかも知れないね。『制約』として一回使用するたびに、出てくる最高のアイテムを買うのと同じ金額の対価が必要になるけど』
「……意味ないね」
『ガチャじゃなくて自動販売機にして、安物中心ならいいんじゃない? この世界に無い物なら、それなりに需要があるし。まぁ、スキルで創った物は15分で消えるけど』
「自販機はあるんだ……。でもそれじゃ売れないよっ。…あ、そうなると食べ物も…」
『うん、それを食べても15分したらお腹から消えちゃう。異世界の珍しい食べ物を作って、ぼったくりの詐欺師をするなら、売ってもいいんじゃない?』
「やんないよっ」
そもそも【物品創造スキル】は、一時的に安価な道具を創ったり、弓矢のような消費アイテムとして使うようだ。
それはそれで便利そうだが、『制約』として買うのと同等の対価が必要なのは変わらない。矢を持ち運ぶ手間が省けるだけのスキルだ。
ちなみに自動販売機は、コインを入れると天秤が揺れて聖水が自動で流れる物が教会に設置されている。
『【物品創造スキル】は、一応、軍人や弓兵には憧れのスキルなんだけど』
「そうなんでしょうけど……、地球の軟弱な高校生が生き残れるようなスキルってないかな?」
『難しいねぇ……。そもそもスキルは人が生きる為に得る物だから、そんな便利な…、あ、【自動復活】ってスキルが、……ごめん、これダメだ。制約がきつい』
「ええっ!? 何か凄く便利そうな名前なのにっ」
『うん、凄く便利なんだよ。これは死んでも、特定の記録された『場面』から死んだ時の記憶を持ったままやり直せるんだ』
「うわぁ、凄いっ!」
『でもねぇ…これには『固定制約』があって、体力は最低値になるし、身体能力もギリギリまで低下するんだ。かなりきついと思うよ』
「最低値か……」
光の精霊に合わせて神妙な顔をしていたが、イオリはそのスキルを『当たり』だと感じて、内心ニヤニヤしていた。
身体能力が下がる程度なら『記憶を持ってやり直し』出来るスキルの制約としては軽く、最低値の体力も『レベル』が上がれば解消されるだろうと考えた。
レベルの低い序盤はハードモードだが、それさえ乗り切れば、イージーモードの世界が待っている。と、まるっきりゲーム感覚でイオリは考えていたのだ。
だが問題もあった。
そのイージーモードは、イオリ以外に誰か一人でも【自動復活】を持っていれば成立しなくなる。イオリが気づいた『当たり』の正体を光の精霊に話して、後から大勢の人間がこのスキルを得たら目も当てられない。
「ちなみに、……この【自動復活】を持っている人ってどのくらい居るんですか?」
『まさか……居るはずがない。自然に習得できるスキルじゃないし、二千年前に自分で創って習得した天才魔導師以外、誰も居ないよ』
(良しッ)
イオリは内心ガッツポーズを作り、そうとは悟られないように多少引きつりながらも笑顔を作った。
「ボク…この、【自動復活】を習得するよっ」
『…え? 話を聞いてた? こんな世界のバランスを崩すようなスキルは、人間には使えないんだよ? 使えたとしてもとんでもない制約が付くんだよ?』
「大丈夫っ、もう決めたからっ」
『……イオリが納得して決めたのなら、いいんだけどさ』
若干、光の精霊が呆れたような口調になったのは気のせいではないだろう。
『それじゃ、もう一つはどうする? 【自動復活】を習得するのなら、もう一つはさっきの【上位鑑定スキル】に『魂変換』でも付けるかい?』
「寿命が減るのは嫌だよっ」
『今ならお勧めなんだけどなぁ。それじゃ【気力全開】なんてどう? これもイオリにお勧めなんだけど』
「それはどんなスキル? 強そうだけど」
『うん、強いよ。持っている魔力を一気に消費して、短時間だけど、鋼鉄の肉体と数倍の身体能力を得られるんだ』
「おお~~っ」
『固定制約で、使っている時間の、数倍の寿命が減るけど』
「なんでっ!?」
折角転生できるのに、光の精霊は寿命が減る系ばかりを勧めてくる。
もしかしてイオリをさっさと殺したいのだろうか? それとも【自動復活】を選んだイオリのことを、とんでもないマゾだと考えているかも知れない。
『それなら【竜の騎士】ってスキルはどうかな? 竜のオーラを纏って強くなるけど、これも固定制約で最初に愛した異性の寿命が50年減るんだけど、イオリなら平気さ』
「やだよっ!」
本格的にマゾと思われている可能性が出てきた。
「……だったら【物品創造スキル】にしておくよ。弓は……使えないけど、いっぱい練習すれば【弓術スキル】を持てるんでしょ?」
『一般スキルも簡単じゃないけどね。それじゃ決まりかな? 他に聞きたいことはあるかな?』
「そう言えば、転生って赤ちゃんから?」
『それは無理。身体の再構成だから、死んだ時と同じ年齢だよ』
「……知り合い無しか。大丈夫かな」
『あ、ちゃんと【テス共用語】と【エルフ語】くらいは付けてあげるよ。それじゃ目を閉じて。第二の人生を愉しんでね』
「うん、分かったっ、色々ありがとうっ」
正直、異世界の言葉は有り難かった。だが、供用語はともかく何故エルフ語も覚えさせられたのか? 光の種族の言葉ならもう一つドワーフ語はいらないのか? とも考えたが、どうやらもう聞く時間はないらしい。
元気よく別れの挨拶をしたイオリは目を閉じて、その姿は光に溶けて『テス』の世界に転生していった。
その様子を見送り、光の精霊はぼそっと呟く。
『……あの子、ちゃんと理解できているのかな? まぁ、自分で決めたことなら、何があっても後悔しないよね』
合理的にしようとするとテンプレが成立しない……。
次回、イオリは新しい身体で初めての異世界に降り立ちます。