28 脱出に必要なこと
「落ち着いてイオリちゃん、とりあえず、すぐには突破されないはずだから」
慌てるイオリにリリーナが宥めるような声を掛ける。
ゾンビは死体に低級霊や低位の悪魔が憑いて、無理矢理動いている存在だ。
一般的な地球人の感性だと、知性を無くして建物を破壊しながら侵入してくるイメージがあるが、普通に考えれば腐った筋肉でそんなことが出来るはずもない。
よたよた歩くことしか出来ず、ハンマー系の武器で殴れば簡単に潰せる。
問題は、神経系が『憑依』という形で直接霊体と繋がっている為に、バラバラにするか燃やさないと活動を停止しないのだ。
後は、引っ掻かれたり噛みつかれたりすれば、雑菌だらけなので病気になると言うことだろう。
だが一番の問題は、数が揃った時だ。
弱い攻撃でも何千回と叩かれれば壊れる。この休憩所は石造りだが、扉は木製で朝までは保たないように思われた。
「朝になるとゾンビはどうなるの?」
「温かくなって腐りやすくなるわね」
「……そうなんだ」
特に朝を待ったからと言って有利になるものではないらしい。ただ獲物がいない場合は腐るのを遅らせる為に暗い場所にいるそうだ。
そもそもどうしてゾンビが人間を襲うのか?
これは単純に、身体が腐る前に新しい憑依先を捜すヤドカリのような習性らしい。
「まず、ご飯にしましょうか」
「「………」」
エルマがそう言うと、悲壮な顔をしていたイオリとリリーナが驚いたような顔で振り返った。
「……い、いま?」
「そうよ。突破するにしても体力がないと話にならないわ。それにお弁当はイオリの鞄の中でしょ? 私達じゃ取り出せないのよ」
「あ、そうか」
イオリの鞄はハナコのマスターである魔導具職人シードが作った物で、食べ物を入れると長持ちするようになる優れものだが、現在はイオリしか取り出せない。
「ごめん、すぐに出すね」
「イオリちゃんの手作りなんでしょ? ちょっと愉しみだったんですよ」
お昼ご飯を食べられなかったせいか、リリーナが何となく嬉しそうに言う。
家族で一人、歳の離れた末っ子であるイオリは、母や姉や姉替わりのスバルに可愛がられて育った為に、その思考や行動が女子寄りであった。
そのせいか自分で料理することも多く、本日のサンドイッチはイオリのお手製なのである。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ。
「「「………」」」
蒸し鶏と玉子のサンドイッチは美味しかったが、壁や扉が外から叩かれているせいで思わず三人は無言で食べる。
「そ、それで、どうしてゾンビがいっぱい出たの?」
何となく沈黙に耐えきれずにイオリが口を開くと、リリーナがエルマと顔を見合わせて難しい顔をする。
「ゾンビが出るかも…って噂はあったのよね?」
「はい……北の大国ゲンブルで大量のゾンビが発生する事件がありまして、一応は警戒していたのですが、まさかここまで来ているとは……」
「あ、それ知ってる。その件で『聖女』が動いているって噂を聞いたわ」
「それって……最近セイルで召喚された『黄金の聖女』ですか? 騎士の間では聞いたことありませんが」
「冒険者だと、他国から来る人もいるからね。宿屋だとお酒も入って結構口が軽くなるわよ」
東の大国セイルで召喚された『黄金の聖女』がゾンビ大量発生事件で動いているらしく、もし聖女と呼ばれるほどの者が来てくれれば状況が変わるかも知れないが、セイル国とここキリシアールでは、イギリスとハンガリー程度の距離があるので、こんな所にピンポイントで来るはずがない。
「それよりも、どうやって突破しようか」
「私もさっき外で数体倒してきましたが、無傷で突破するのは難しいですね」
「…………」
イオリならばほぼ確実に突破は不可能だ。
それを示すように何度も【自動記録】が発動していた。
でも、それまで黙って聞いていたイオリは、真剣な顔で考えを口に出す。
「何とか出来るかも……」
「え……何かあるの?」
「うん、実は…」
イオリは自分の特殊スキルで作った『爆弾』でゾンビを吹き飛ばして、道を開くことを提案する。
「イオリ……そんな能力があったんだ」
「あれ? エルマさんに話したこと無かったっけ?」
「初耳よ。……ってことは、誘拐の時の爆発はイオリだったのかぁ」
イオリはエルマに確かに話していたのだが、その後すぐに死亡して巻き戻ったので、話したことが無かった事にされた。
「凄いわ、イオリちゃんっ。早速試してみましょうっ」
「あっ、……えっとね。その…対価にお金が掛かるんだけど」
「「…え」」
イオリは対価のシステムを説明すると、三人でごそごそ財布の中身を確認する。
イオリの所持金。小銀貨四枚と銅貨三枚(約4300円)
エルマの所持金。小銀貨七枚と銅貨四枚(約7400円)
リリーナの所持金。銀貨一枚(約一万円)
三人とも近場のピクニックで日帰りだと思っていたので、食事代程度のお小遣いしか持ってきていなかった。
「……足りる?」
「ど、どうだろ……」
「………」
エルマとイオリの子供二人の会話に、騎士で一応は大人であるリリーナが唇を噛んで決意を決める。
「イオリちゃん……それってコインしか受け付けないの?」
「……え? どうだろ」
「だったら、これを試してくれない?」
そう言ってリリーナが胸元から取り出したのは、宝石が付いたペンダントだった。
「高そうね……」
「この間、ボーナスで買ったのよ……」
「ボーナスがあるんだ……」
異世界の人間が流行らせたことで、キリシアールではいち早く導入されていた。
「これで金貨数枚分の価値があるわ」
「いいの? 失敗したら消えちゃうよ?」
「……くっ。い、いいですよ」
未練タラタラの顔でリリーナはそれでも頷いた。
「うん、わかった」
イオリはさっそくスキルで『爆弾販売機』を空中に作り出す。
「これが……」
「イオリちゃん、凄いです」
イオリが受け取ったペンダントをコイン投入口に近づけてみると、ぐにょんと変形してペンダントを飲み込んだ。
「あ、使えた」
「ボタンに灯りが点きましたね……。これを押すんですか?」
「え、」
横にいたリリーナが無造作にボタンを押してしまう。
この『爆弾販売機』から出てくるモノはランダムである。もちろんイオリの知識外の物は出てこないが、ある程度知っていれば、機械類以外は適当に知識でも作ってくれる優れものだ。
リリーナは一番高い『金貨』と書かれたボタンを長押ししていた。
長押しはイオリも試したことなく、自販機が静かに唸りをあげると、葉巻のような形の鉄の塊が、先端を下にしてそのまま石床に落ちた。
その瞬間、休憩小屋は内部から吹き飛んで炎を撒き散らし、狙い通りゾンビのほとんどを駆逐することが出来た。
ブン…… 【Record reading.】
「うぷっ、うえ…」
「イオリちゃん、どうしたのっ!?」
「イオリ……」
慣れていないリリーナと違い、慣れているエルマは呆れた顔をして、こうしてイオリのスキルはまた他人の記憶から消え去った。
ちなみにリリーナのペンダントは、世界の理の外にあるスキルに飲み込まれた為に戻ってこない。
さよならボーナス。
「……あ、イオリちゃんの足下っ」
「え…?」
リリーナの声にイオリが下を向くと、石で出来た床を無理矢理押しのけて土の精霊が顔を出していた。
「ちょっと、えっ?」
長ズボンを脱がされていたイオリは、覗き込まれるその視線に慌てて裾を押さえる。
『……チッ』
「ええ~……」
イオリが下着を隠すと、おっさんのような土精霊は顔を顰めて舌打ちをした。
「……まさか、土精霊がこんなことに興味持つなんて…」
精霊の常識を覆すあり得ない光景にリリーナは唖然として呟く。
ハイエルフは精霊に愛されるのに、何事にも本気にならないが誰の頼みも聞いてくれるはずの土精霊だけはイオリに興味を持たなかった。
それがまさか、イオリに対してただのスケベなおっさんのような態度を取るとは思ってもいなかった。
「そうですよっ、今のイオリちゃんなら土精霊にお願いして、脱出用のトンネルを掘れるかもっ」
「え、それって、下着を見せるのっ!?」
イオリが真っ赤になって顔を振る。土精霊と言えど自分から見せるのは男の子として抵抗があった。
リリーナもエルフとして土精霊でトンネルを掘ることは検討していたが、土精霊が本気になってくれずに困っていたのだ。
「そうですっ、何故か分かりませんが、土精霊はイオリちゃんの下着に興味を持っていますからっ」
「……それ、リリーナじゃ駄目なの?」
精霊は見えないが横からボソッとエルマがそう言った。
エルマとしては誰の下着でも構わないが、それならそれを勧めるリリーナでも良いんじゃないかと思ったのだ。
「わ、私ですか…? そうですね……」
てっきり嫌がるのかと思ったら、新しく発見した土精霊の習性に自分もエルフとして興味があったらしい。
いそいそとズボンを脱いだリリーナは、土精霊に向けてチラリと黒いレースの下着を見せると。
『……チッ』
土精霊は不機嫌そうに舌打ちして土の中に戻り、リリーナは愕然として立ちくらみするように崩れ落ちる。
「……くっ、こんな辱めには負けない」
「「………」」
これはさすがに、エルマもイオリも掛ける言葉が見付からなかった。
次回、イオリのパンチラは土精霊の本気を呼び起こせるのか。