25 魔法のお勉強
この世界の魔法事情です。
『イオリ様、本格的に魔法のお勉強をしましょう』
「うんっ」
王都にある宿屋『鮮血の憩い亭』の奥に与えられた六畳ほどの自室で、ハナコの言葉に魔法大好きッコのイオリは勢いよく頷いた。
さて、イオリとスバルの件であるが、スバルは折角出会えた“同郷人”であるイオリの為に、折角入った上級パーティを抜けることも考えていた。
だいぶ本筋から離れてしまったが、イオリはハナコのマスターである『シード』を捜して、スキル【自動復活】を解除し、男の子に戻ると言う目的がある。
それを聞いてスバルは、イオリを見張っておく必要があると考えた。
ただでさえフラフラしがちなアホな子なので、放っておいたら勝手に遠出して、また捕まって売られてしまう可能性がある。
イオリはイオリで、自分ではしっかりしていると思っているので、警戒心が果てしなく足りない。いまだに自分の種族や容姿や仕草が、どれだけ男の欲望をかき立てるのか理解していないのだ。
それ以前にスバルからすれば、今更イオリに男に戻って貰っては困る。
そう言う訳で、国外などに出征してこの王都を数ヶ月単位で空けることがある、今のパーティではどうしようもなかったので、スバルはパーティを抜けることをパーティのリーダーに相談した。
そこで困ったのが、スバルのパーティリーダーで、ゴールドランクの冒険者でもあるオリアである。
この国に12人しか居ないゴールドランクは、前回のように王族から極秘依頼も受けるので、この国から長期離れることは確かに多かった。
少数精鋭のフットワークの軽さを売りしているパーティだが、他のゴールドランクの十数名規模パーティと戦闘力で遜色はない、とオリアは自負している。
それでも人数が少ない弊害か戦闘継続力は低いので、それを補う為に強力な攻撃力を持つスバルは、居ないとパーティとして出来ることに違いが出てくるのだ。
だが、スバルの気持ちも良く分かる。
オリアにも妹が居て、あの落ち着きのない可愛らしい娘が、スバルには心配で仕方がないのだろう。
しかもあの稀少なハイエルフで若い娘なら、王都にいても安心は出来ない。
そこでオリアは、スバルに一つの提案をする。
イオリの身柄を、臨時のパーティ要員として同行させると言うことだ。
それならばスバル一人が連れて歩くよりも安全は確保できるし、イオリが捜している人物の情報も得やすくなる。
だが、問題もあった。
オリアの目から見ても、イオリはどうしようもなく、ただの女の子だった。
しかも、かなりの考えなしだ。
彼女は、一応は冒険者として登録をしているが、戦闘力に関してはそこらの子供より下にしか見えなかった。
あの爆発を引き起こした原因がイオリのスキルだとは考えていたが、イオリはそれを誤魔化しており、それでは臨時とは言え彼女を入れることを他のメンバーは納得しないだろう。
実際にやって貰うことは炊事などを含めた細かな雑事になってしまうと思うが、最低でもエルフの魔法くらいは使ってほしい。
スバルはそれを聞いて、それとなくイオリに魔法を覚えるように誘導しておいた。
スバルもいつかはイオリと暮らす為には、ある程度の金銭を稼いでおく必要があったので、今のパーティを離れるのは辛かったのである。
ちなみにスバルは、イオリをオリアのパーティに迎えるとは教えていない。
どうせイオリのことだから、パーティに入る為に魔法を覚えろと言ったら、溢れる中二病で攻撃魔法だけを覚えて、スバルの背中に誤爆する様子が、容易く想像できたからだった。
『それでは、お復習いからしましょう。魔法は『属性魔法』『精霊魔法』『聖魔法』に分かれており、火、水、風、土、光、の属性に対応した魔法が存在します』
「うん、ボクみたいなエルフは精霊魔法が得意なんだよね? でも普通の魔法…って言うか、属性魔法は使えないの?」
出来れば『精霊』にお願いするのではなく、自分の力でファイアボールとか使ってみたいと、中二病のイオリは考える。
このままではスバルが特に教えなくても、結果は同じになりそうだ。
『使えなくはありません。ですが、魔法は全員が使える訳ではありません。使うには属性に対応する『適性』が必要で、一般人では適性があるのは一つか二つで、それでも、10人に一人か二人だと言われています』
「結構少ないんだね」
『それに属性魔法は、数秒の呪文詠唱が必要になります。呪文を使うにはそのまま丸暗記するか、呪文の意味をお勉強する必要がありますが、とても長い寿命を持つエルフ種は、『明日から本気出す』と言ってお勉強しないので、長い呪文がいらない精霊魔法と聖魔法に流れる傾向があります』
「……そう言う理由なんだ」
長い寿命があるからと言って、沢山勉強をするとは限らないのだ。
イオリもエルフにある種の憧れを持っていたので、そんな理由なのかと愕然とした。だが、イオリも勉強が好きかと聞かれたら好きだと言い切る自信はない。
『それに、エルフは元々【精神界】の住人である『妖精族』であり、今は【物質界】に肉体を持ってしまいましたが、同じ【精神界】の住人である『精霊』に好かれやすいそうです』
「精霊魔法を使うには、精霊に好かれていないとダメなの?」
『そうです。精霊魔法は属性魔法のように、個人で体質や精神による適性はなく、精霊に好かれているかどうかで決まります』
「そっかぁ、ボクは好かれるかなぁ……」
『イオリ様は、エルフ種の中でも一番精霊に近いと言われるハイエルフですから、おそらくは大丈夫でしょうが、性格で好かれる精霊も違います』
「どういうこと?」
『一般的なエルフは森に住むので、水や風の精霊に好かれ、気性の荒いダークエルフは炎の精霊に好かれます』
「……あれ? 土とか光は?」
『土の精霊はかなりマイペースで、大抵の場合はお願いを聞いてくれます。ですが、あまり本気にはなってくれないので、印象は地味ですね。そして光の精霊はほとんど眠っていると言われ、光の大精霊はなかなか召喚に応じてくれません』
「……へぇ」
イオリが死んだ時に会ったあの『光の精霊』は、魂の管理をしていると言っていた。
あれが大精霊だったのかは分からないが、そんな事をしていたのなら現世に呼び出そうとしても応じてくれないのは当然である。
もしかしたら、各『大精霊』を呼び出すのが難しいと言われるのは、単純に仕事が忙しいからかも知れない。
「それならボクは精霊魔法を覚えればいいのかな?」
『属性魔法も、簡単な『湧き水』や『着火』程度は覚えておいたほうが良いでしょう。その適性があればですが』
「ハナちゃん、教えてくれる?」
『分かりました。では属性があるか試してみましょう』
ブン……
「……あ」
『………』
最近では言われなくても、ハナコは【自動記録】の発動をイオリの表情から把握できるようになってきた。
『……では気を取り直して、属性を調べてみましょう。丸暗記でよいので、続けて詠唱をお願いします』
「うんっ」
試してみると火と風はまるで反応せず、水は飲み水に使える程度には出たが、とても攻撃には使えない。それでもかろうじて土だけが反応した。
『イオリ様の適性は『土』ですね。使い続けていれば『土魔法スキル』が得られるかも知れません』
「おお~…それじゃ、いつかは地震攻撃みたいな凄い魔法も使えるんだねっ!」
『そうですね。頑張りましょう』
真面目に100年くらい修行すればイオリでも使えるようになる、とは、素直に喜んでいるイオリにハナコは言えなかった。
『では、精霊魔法ですが…』
ブン……
『………またですか』
「うん……でもっ、さっきは大丈夫だったから平気だよっ」
『そうですね』
何故かいつも以上に棒読みでハナコも答える。
とは言え、部屋の中で出来ることは限られている。イオリは部屋の窓を開けて部屋にそよ風を入れた。
「えっと……風の精霊さん、そこにいらっしゃいますか?」
『……何か見えま、』
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ。
「ひぃいい!?」
何故か突然、窓から突風が吹き付け、手元のコップが額に当たってイオリの意識は闇に包まれた。
ブン…… 【Record reading.】
「うぷっ、」
『……お帰りなさいませ』
ハナコも慣れたものである。
結局ハナコも精霊魔法にはそれほど詳しくなく、誰か詳しい人に教えてもらわないと危険だと結論が出た。
「……と、言う訳なんだけど、エルマさん誰か知ってる?」
次の日、ウエイトレス中の客が引けた食堂でイオリが尋ねてみると、三人分のおやつを持ってきたエルマが、同じテーブルに着いて二人分食べながら首を傾げる。
「そうねぇ……精霊魔法ってことはエルフだけど、……あ、そうだ、あの人は?」
「どの人?」
「ほら、ゴブリン退治に行く時、見送りに来てくれた…」
「私のことですねっ!」
「「わあぁっ!?」」
いつの間にそこにいたのか、そこにはイオリを見送りに来てたエルフの女性騎士が、晴れやかな笑みで立っていた。
「イオリちゃん、エルフのことなら私に任せてっ!」
「う、うん」
聞きたいのは精霊魔法のことだが、イオリは勢いに負けて思わず頷く。
「………」
それを見てエルマは、騎士がこんな頻繁に入り浸らずに仕事しろと、突っ込みたいのを我慢した。
また残念そうな人が……
次回、あのエルフの騎士とお勉強……になればいいなぁ。
次の更新は調整の為、木曜になると思います。