24 お風呂に入りましょう
端から見ると、イチャイチャしてるように見える回
この宿屋、『鮮血の憩い亭』にただ一つ、浴槽がある部屋がある。
他の部屋の通常料金は小銀貨4枚であるが、この部屋だけは銀貨一枚と小銀貨2枚…約一万二千円を徴収される。
この宿で一番良い部屋ので清潔なベッドは当然だが、その浴槽も大人が脚を伸ばして入れる余裕があった。
「……え、…あれ?」
「いいからいいから」
混乱しているイオリを抱っこして浴室に入ると、スバルは綺麗な水が溜めてある浴槽に付いた『湯沸かし魔道具』に魔力を込める。
この魔道具を借りるだけでも保証金としてさらに銀貨一枚掛かるのだが、そこは大きな問題ではない。
ふんわり湯気が立ち始めた浴室で、非常に脱がしやすい貫頭衣を脱がされると、イオリはやっと正気に戻った。
「ちょ、ちょっと待ってっ、やっぱり拙いよっ」
下着姿にされていたイオリは、普段ハナコから女性らしく振る舞うように矯正されているせいか、妙に女の子っぽく手で身体を隠す。
ちなみに今日の下着は桃色だったが、順番で着ているだけでイオリに他意はない。
そんなイオリをスバルは感慨深げに見つめて爽やかに笑う。
「何が拙いの? 小さい頃は一緒に入ったじゃない。そんなの見慣れてるわよ」
あの頃はちっちゃなゾウさんが付いていたけど……とスバルは心の中で続ける。
「子供の頃でしょっ。ボクはもう大人なんだよっ」
「大人ねぇ……」
イオリと再会した時、竜人で視力も良いスバルは、捲れた時も見えていた。
「イオリって肌色だよね……」
「何の話っ!?」
そんな恥ずかしがるイオリに、スバルは少し考えて悲しそうな顔を作る。
「……ねぇイオリ」
「な、なに?」
「私達、地球で死んで、もう二度と家族と会えないと思っていたのに、奇跡的に出会えたのよ?」
「………スバルちゃん、家族を覚えてるんだ」
「え、覚えてないわよ」
「え……」
「お姉ちゃん、寂しいから人肌が恋しいのよ。大丈夫、女の子の身体になんて『私』は興味ないから」
「……そ、そうだよね?」
「そうなんだよ。私も地球じゃ女湯に入ってたんだよ?」
「そ、そっかぁ」
また混乱しているイオリの、とても脱がしやすい紐下着をあっさり剥ぎ取ると、スバルも手早く服を脱いだ。
「ひっ、」
イオリは以前は何とも思わなかったのに、スバルには見えない男性の身体を見て、その筋肉に女の子の身体に影響された精神がビクッと萎縮する。
「どうしたのぉ~?」
「ス…スバルちゃんは、自分の裸見て恥ずかしくないの?」
「そうねぇ、まだ少し慣れないかな。ところでイオリは私を見て恥ずかしいの? 元のイオリと同じ男の身体だよ?」
「そうなんだけど……」
「心まで女の子になっちゃった? もう弟じゃなくて妹って思えばいい?」
「ち、違うよっ、ボクは男だから恥ずかしくないよっ」
「そうね、『私』も女の子の裸を見ても恥ずかしくないわ」
男の子の精神を持つイオリは、男性の身体にビックリした自分を誤魔化す為に、虚勢を張って自分からお風呂に入っていった。
それでも何となく身体を丸めていると、お湯に入ってきたスバルがイオリの腰を掴んで、自分の脚の間に抱きかかえる。
「ちょ、待って、この体勢、」
「大丈夫よ、男同士なら恥ずかしくないんでしょ?」
「も、もちろんだよっ!」
もちろん、男同士なら尚更この体勢があり得ないが、男の子としての最後のプライドに縋っているイオリはまだ気付いていない。
「ひゃぁあっ!?」
「どうしたの?」
「な、なんで身体を触るんだよっ!」
「仲の良い女の子同士だと、触っていいのよ? 私は、心は女の子なんだから」
「そ、そう?」
「さすがエルフ……すべすべだね」
「ひいっ、」
「イオリが女の子に触られているのが違和感あるなら、男に触られていると思えばいいのよ」
「……あ、そうか」
おバカはとてつもなく罪である。
「そうそう、男の子のイオリは、男の『俺』に触られているのんだよ……」
スバルの狙いはこれだった。
心が女性である『私』は『女』に興味がない。身体が男性である『俺』は男性に反応しない。
でもこの世でただ一人、出会うのが運命だったように、男の子の心と女の子の身体を持つイオリは別なのだ。
だが現状、そんな事はただの前提に過ぎず、スバルは、男の子の心を持つイオリが、男性に触られて、違和感を持ちながらも流されていく薔薇要素を愉しみたかった。
なかなか酷い話である。
本当だったら、再会を喜び自分達がこういう状況になったスキルなり経緯なりを話し合う場面であるが、スバルは趣味に生きる人間なので、そんなのことはすっかり頭から抜けていた。
*
そしてイオリとスバルが、お風呂でいちゃこらしているように見える状況の同時刻、宿屋『鮮血に憩い亭』の裏手に、こそこそと移動する二つの影があった。
「ヴェル、本当にこの部屋か?」
「ああ、間違いねぇ。風呂が付いている部屋は水汲みの為に一階に造るんだ。おめぇみたいな、似非王子には分かんないだろうがな」
「お前、俺は本物だって言っただろっ」
「しっ、静かにしろ」
「お、おう」
気持ちがまったく伝わってないにも関わらず、イオリを巡って言い争っていたヴェルとディートリヒは、勝手にスバルをライバル認定して手を組んだのだ。
「風呂……イオリと風呂…」
「妄想はやめろ、ヴェル。その相手はあの男かも知れないんだぞ」
「………」
「……待て、湯気が」
「風呂を使ってるだとっ! 急ぐぞ、ディートリヒ」
「だ、だが、どうする? 窓には鉄の格子があるぞ」
「なぁに、俺にいい考えがある」
焦りを顔に見せるディートリヒに、ヴェルは妙にフラグっぽい台詞を使い、ニヤリと笑った。
*
「……ひっ…や、やっぱりやめ、…あっ、なんか物音が聞こえたよっ」
「ん? そうか?」
すっかり男言葉になったスバルに身体を洗われていたイオリが、何かの物音に気付いた。
「間違いないよっ、エルフは耳が良いんだよっ」
「耳は長いなぁ」
「うひゃぁあっ!?」
いきなり敏感な耳を甘噛みされてイオリが悲鳴をあげた、その時、
『悲鳴だっ!』
『助けに来たぞっ』
そんな声が聞こえて何かが砕ける音が聞こえた。
「なにがっ?」
「ちょっと、イオリ!?」
外で何かが起きたのかと、スバルの制止を聞かず、イオリはそのまま浴室から飛び出した。
そこには天井が壊され、そこから侵入した二人が目的であるイオリを見て、いきなり顔を押さえて頭から床に突っ込んだ。
散々スバルから『男の子』としての心を刺激されていたイオリは、つい女の子であることを忘れて、産まれたままの姿で出てしまったのである。
そして、男性向けの写真集もなく、アイドル水着映像程度に金貨30枚も出してしまうこの世界で、この二人には少々刺激が強すぎたのだ。
こうして二人の若者の、貴い犠牲の下に一人の少女が救われた。
そして、その二人の勇気に対して、宿屋の娘で二人の友人でもあるエルマは一枚の紙をそっと渡して二人をこう労った。
「部屋の修理代と直るまでの経費で、金貨10枚ね(約百万円)」
「「………」」
若さは本当に罪である。
お風呂だけで終わってしまいました……。
次回、新たな冒険の準備をしましょう。