23 イオリとスバル
今回より第二章です。でも特に表記はいたしません。
大陸にある小国の一つ、キリシアールで一つの事件が終結を向かえた。
違法奴隷販売から事が始まり、その組織の殲滅を請け負ったゴールドクラスの冒険者が率いるパーティが見つけた資料の中から、この国の第二王太子が関わっていた証拠が見つかったのだ。
その組織は謎の爆発により、その頭目と思われていたシルバーランクの冒険者と共に消滅し、第二王太子も行方も消えてしまう。
死んだ証拠は見つからなかったが、第二王太子と王位を争っていた第一王太子は、即座にもたらされた証拠を国の重鎮達に開示し、第二王太子が病死したと公表した。
第三王太子のディートリヒはその重大事にも城に戻らず、次代の王は第一王太子にほぼ決定した。
そんな国中を騒がす騒動の中、また一つの問題が王都で起きていた。
それはとても小さな問題であったが、関係者達にとっては第二王太子の事さえも些細な問題になろうとしている。
「で、……イオリはそこの『竜人』と知り合いな訳ね?」
「うん……」
王都キリシルにある宿屋『鮮血の憩い亭』の食堂兼酒場で、店主の娘であり冒険者でもある赤毛の少女……エルマが頭痛がしたようにそう尋ねると、顔を赤くしたイオリが居心地悪そうに答えた。
竜人とは、光側でも闇側でもない中立の少数種族で、そのほぼ全員がかなり強力な戦闘力を持つ種族だった。
祖先に竜の血が混ざったと謂われ、外見は体格がしっかりしている事と、背中や胸元にわずかな鱗がある以外は人間と変わらないが、その寿命は300年以上あると言われている。
その『竜人』とはイオリの従姉妹であるスバルのことだ。
彼女……ではなくスキルの影響で竜人の男性になった彼は、ニコニコしながら小柄なイオリを膝の上に乗せて、片手でイオリの腹部をがっつり抱えてキープしている。
その様子を見てスバルのパーティメンバーの男性陣は呆れた顔をして、魔術師の少女とイオリの救出に向かったヴェル、そしてもう一人の金髪の青年が苦い物を噛んだような顔で二人を見つめていた。
「あの……スバルちゃん、これ、恥ずかしいんだけど」
「いいじゃん、昔はこうして膝に乗っけたこともあっただろ?」
「それって、三、四歳くらいの頃だよねっ!?」
二人の関係は、『兄妹同然で育った幼なじみ』……と言うことにしていた。
この二人が元異世界人の身体を再生された転生者で、しかも性別が逆転しているとか、説明しても混乱しか生み出さない。
こんな異世界で従兄弟同士の二人が再会できるなど奇跡に近く、お互いに話したいことは山ほどあったのだが、イオリは救出されたばかりであるし、スバルは冒険者としてギルドに報告する義務がある。
それに姉弟同然とは言え、イオリとスバルと言う年頃の男女が二人きりになる事を、一部の者達が許さなかった。
そこで『鮮血の憩い亭』の食堂を貸しきりにして、関係者からの事情聴取となったのである。
「おい、いくら兄妹同然だからって、お前イオリちゃんにくっつきすぎだろっ」
イオリを抱っこして離さないスバルにヴェルが不機嫌そうな声を掛けた。彼としては格好良くイオリを助け出して良いところを見せようと思っていたのに、肝心のイオリは勝手に逃げ出して、それでも救出に来た事実もスバルのせいですっかり霞んでしまった形となった。
「そうよ、スバルっ! いくら久しぶりに会ったからって、そんなひっついて」
スバルのパーティメンバーである少女が、イオリを睨むようにしながらスバルに媚びるような視線を向けるという器用なことをする。
「そ、そうだよスバルちゃんっ、ボクは…」
ごちんっ。
「ちゃん付けはやめろって言っただろ」
スバルはイオリの言葉を軽い頭突きで止める。
【自動復活】が発動するほどではなく、前世でも似たようなやり取りはしていたが、スバルの力は上がっており、さらに貧弱になっていたイオリは後頭部を押さえて上半身だけで蹲る。
「……か弱い少女に強引なスキンシップは関心しないな。イオリはハイエルフなのだから、私が保護をするべきだと、」
「てめぇっ、まだそんな戯れ言を言ってやがるのかっ。お前に何が出来るってんだっ」
「私は、ディートリヒだっ」
「ん? だからなんだ?」
「………第三王太子のディートリヒだ」
「「「……はぁっ!?」」」
第三王太子の顔どころか名前さえ知らなかった全員が、驚愕の声を上げた。
「……し、知らなかったのか?」
「しらねぇよ、馬鹿野郎っ」
「俺も初耳だが……」
ディートリヒと以前から知り合いだったゴールドランクの冒険者、オリアが困ったような顔でそう呟いた。
この国に12人しか居ないゴールドランクなので、王族とも会ったことはあるが、今までまったく気付かなかったのだ。
「まぁそれはいいとして」
それなりに大事だとは思うが、オリアは軽く流して本題に入る。
「スバル。お前はこれからどうしたいんだ?」
オリアがスバルに尋ねたのは『イオリ』の事だった。
彼女がハイエルフであることは此処にいる者達には秘密にするように言ってあるが、年若いハイエルフの少女だとばれたら、今回のように狙う者が現れる。
イオリの安全を考えるのなら、ディートリヒが言ったように地位のある者がイオリを保護するのが一番なのだ。
だが、イオリと本当に仲の良さそうなスバルがそれを認めるとは考えにくい。スバルは彼女を常に守る為に、自分達のパーティを抜けることすら考えるはずだ。
そしてオリアは、イオリが望むのなら彼女を自分達のパーティに入れることも考えていた。『竜人』であるスバルの戦闘能力を手放すのは惜しく、他のメンバーはあまりいい顔をしないかも知れないが、オリアはあの『爆発』がイオリのスキルではないかと考えていたからだった。
「……俺は、」
***
彼らの話し合いは、夜の酒場としての営業時間が来たことで一旦終了となった。
スバルがどうしたいのか、答えは明日と言うことにして、スバルはイオリと久しぶりの会話をする為に『鮮血の憩い亭』で宿を取った。
「……へぇ、それじゃあそこで分かれた後で地雷踏んだんだ」
「地雷って、まぁそうよね」
スバルも男言葉をやめて、すっかり元の言葉使いに戻っている。
「なんか、男言葉でも女言葉でも違和感あるね……。なんでスバルちゃんは男になっちゃったのさ?」
「だから、ちゃん付けはやめろって。あの光の玉に、元のまんまで再生するとか言われたし……」
「ああ……」
「でも、イオリが女の子なったのもビックリよ。だって、全然違和感ないんだから」
「ええ~っ!?」
「自覚ないのか……。でもイオリの身体は柔らかいなぁ」
「ちょ、さっきから何でこの体勢なのっ?」
イオリはベッドに腰掛けたスバルの脚の間に座って、後ろから抱っこされていた。
男の子としての精神は、男性同士で触れあっているのは気持ち悪いと感じながらも、女の子の身体が大きな男性の身体に、警戒感と安堵感を感じているという訳の分からない精神状態になっている。
「いいじゃん、私は中身は女なんだから、仲の良い女の子の身体を触ってもいいのよ」
「ボクは男だよっ」
「私の身体は男だからね。男同士なら全然問題ないじゃない」
「え……、あれ?」
「そうだイオリ、一緒にお風呂に入ろうか」
「ええっ、やだよ、恥ずかしい」
「銭湯とかホテルじゃ、男湯に入るでしょ? 男同士なら問題ないわよ」
「で、でも、スバルちゃんは女の子だから、見られるのは……」
「大丈夫よっ、今のイオリは女の子の身体なんだから、平気でしょ」
「あ……、え? そうかな」
「ここは一番にいい部屋だからねぇ。個室のお風呂が付いているから、楽しみだったのよねぇ。さぁ、行こうイオリ」
「あ、……うん」
スバルにとってはイオリを言いくるめるのはお手の物で、首を傾げるイオリを抱っこして、スバルはウキウキしながら風呂場へと向かった。
スバルはいったい何を考えているのか…?
こうしてイオリの受難の夜が始まろうとしていた。
申し訳ありませんが、今回から更新間隔を微調整させていただきます。
次回、スバルはどこまでやっちゃう気なのでしょうか。