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22 【閑話】 異邦人 スバル

 説明多めです。

 

『君は自分のことは覚えているかい?』

 

 彼女(・・)は気がつくと、何も無い霧に包まれたような場所に立っていた。

 覚えているのは、スクーターに乗って移動をしていた時、目の前の道路に光る魔法陣が現れて……

「あの光のサークルが爆発したんだ……」

『やっぱりね……君はこの『テス』の勇者召喚に巻き込まれて事故にあったみたいだ。君は自分の名前を覚えている?』

「……私は、……スバル。ってか、あんた誰?」

 

 その非常識にも喋る光る玉は、自分を光の精霊と名乗って、事故にあったスバルは死んで魂だけが異世界であるこの『テス』に流れてきたと伝えた。

 下の名前は思い出したが、家族の名前や顔が上手く思い出せないのも事故の影響らしい。

 

「それで私はどうなるの? 生き返れるの?」

『それは無理だよ。君の身体は爆散してるからね。……う~ん、君は不思議な魂をしているね。家族に勇者(・・)でも居る?』

「居る訳無いでしょっ」

『だよね。君が生きていれば勇者になれたかも知れないけど、今は死んでいるし、君はテスの人間じゃないから輪廻にも乗せてあげられない。申し訳ないけど、悪魔の餌にして魂を世界に還元するしかないかな』

「何を言っているの…? 私が死んだのって全部そちら側の過失じゃない。私は正式に補償を求めます」

「…………」

 

 それから光の精霊は『ちょっと待ってね』と言うとどこかに消えた。しばらくすると戻ってきた光の精霊は少し疲れた声で話し出す。

 

『四大精霊と協議の結果、こちらの過失事故の場合は補償することになったよ。テスの世界で身体を新しく再構成して、スキルも二つ好きなのあげる』

「ふむ……まぁ妥当かな。貴族に転生が希望だったけど」

『……スバルは怖いくらい落ち着いているねぇ』

「あ、そうだ。身体の再構成って、元のまま?」

『そうだよ。テスにも人間種族は居るから、年齢も体型もそのままかな。多少はテスの遺伝子が混ざって肌も顔立ちも現地に馴染むと思うけど』

「そのままか。……ねぇ」

『な、なにかな?』

 少し低い声を出すスバルに、光の精霊は若干引き気味に返すと。

「……男になれたりしない?」

 

 元のままなら、スバルはまた可愛い服も着られない『骨太女子』になってしまう。

 顔立ちは美人系なのに骨太でガッチリしたスバルを、友人の女の子達はよくこう言ったものだ。

『スバルが男だったら、好みのど真ん中だったのに』…と。

 もちろんスバルに百合の趣味はない。だが、どうせ可愛い服も着られず結婚も無理そうなら、男になっても良いんじゃないかと思ったのだ。

 新しい人生だ。冒険(・・)をしよう。

 

『そうだねぇ……強いスキルの副作用を逆に利用すればいけるかな』

 

 こうしてスバルはスキルの副作用を利用して『男性』になって異世界『テス』に降り立った。スキルの副作用は男になってしまう他にも、かなり酷いものが有ったが、それらは()のスバルにとっては問題ないと感じた。

 

「ふふふ……これで思う存分『無双』できる」

 

 落ち着いているように見えても結局はあのイオリの従姉妹である。

 惨殺系の無双ゲーム好きで、そして精神にはしっかりと腐り神が取り憑いていた。

 男性になったスバルは、顔立ちが美青年と呼んでもよく、身長も10センチ以上伸びて体つきも一回り大きくなった。

 まずは降りたってすぐの森で、スキルを使った戦闘能力で最初に出会ったゴブリンを瞬殺する。

 スキルの力に驚いて、ゲームとは違い匂いや感触がきつくて吐きそうにもなったが、命のやり取りだと割り切って倒していくと次第に慣れた。

 人型の魔物から武器を奪えるとさらに倒すのは簡単になる。

 調子に乗って森の奥でオーガに苦戦している時、加勢してくれた冒険者パーティにスカウトされて、街で冒険者にもなった。

 たった数日で仲間を得て、金と寝床を得て、冒険者としての立場も得て、物語にあるような理想の異世界ライフをスバルは始めることが出来たのだった。

 

 だが、そこでスバルの計画に支障が生じる。

 腐り神に取り憑かれていたスバルだが、女から男になっても、自分が男性に手を出すつもりはない。

 『淑女』として薔薇は愛でて愉しむモノと言う矜持があったからだ。

 そもそも精神は『女性』であるのだが、『男性』になった身体が男に何の反応も示さないのではどうしようもない。

 パーティの男性同士が談笑している様子にはきっちり妄想できるのに、そこにスバル自身が関わると何も感じなくなってしまうのだ。

 そんな折、パーティの魔術師である少女が、美青年であるスバルに好意を見せるようになった。

 積極的な彼女から言葉と仕草で何度も誘われ、その度に男性となったスバルの身体は反応を見せるのだが、今度は女性であるスバルの精神が邪魔をした。

 百合にまったく興味がなかったスバルの心は、女性に友人以上の感情を持てなかったのだ。

 男性には『男性の身体』が反応しない。女性には『女性の精神』が友情以外を感じさせないと言う、どうしようもない状況に陥っていた。

 

 そんなある日、所属パーティが貴族からの極秘依頼により『違法奴隷売買組織』の殲滅を請け負った。

 極秘依頼というのも怪しかったが、その貴族の名前が出せないだけで、冒険者ギルドとの連名での正式な依頼であり、どうやら一部の冒険者も関わっているらしい。

 出発当日、街から出る前に食事を摂ろうという話になり、メンバーの一人が最近街で噂になっている『黒髪のエルフ少女』がいる店に行こうと言った。

 だがその店は満杯で、結局他の店で食べることになったが、その『鮮血の憩い亭』を覗いた時、そのエルフの少女を見てスバルは何故か懐かしいものを感じた。

 

 違法奴隷売買組織の本拠地は森の奥にある。

 その組織はシルバーランクの冒険者が頭となり、数名のブロンズランクと近隣の仕事にあぶれた村人などで構成されていた。

 総勢で40名以上の組織だが、戦闘スキル持ちが三名も居て魔術師も居るスバル達にとっては、冒険者崩れ以外は大した敵ではない。

 数時間で殲滅し、目的であった顧客リストと受付嬢の一人が関わっている証拠を手に入れ、捕まっていた3人の違法奴隷の女性を救出することが出来た。

 だが、

「敵の数が少なくないか…? 少なくてもこの倍は居るはずだろ?」

「ああ。それにシルバーランクの冒険者を誰か見たか? ここにいるのは村人みたいな連中ばっかりだ」

 ギルドから確実に捕らえるか討伐するように言われていた、肝心のシルバーランクの冒険者が居ない。

「……あ、でしたら」

 捕まっていたドワーフ少女(外見ロリ)がおずおずと手を挙げる。

「ハイエルフの女の子を捕まえに行くって話してたような……」

「ハイエルフっ!?」

 おそらくこの国では一人も居ないハイエルフの少女と聞いて、スバルの仲間達は驚きを顔に浮かべ、そしてリーダーとレンジャーの男が顔を見合わせて無言で頷く。

 他のメンバーには教えていないが、貴族からの依頼は顧客リストの回収だけでなく、もし貴族のような者が居たら確実に討伐するようにも言われていた。

 おそらくは騎士クラスの護衛が数人付いているはずで、リーダーは大量の前金と高価な魔道具も受け取っている。

 ゴールドランクであるリーダーでも、新しくメンバーに入ったスバルの戦闘能力を当てに出来なければ断っているような仕事なのだ。

 

 押収した資料の中から上客を迎える為の屋敷の場所を見つけ出し、そちらに向かう途中で、スバル達は他の冒険者の一団と遭遇した。

「ディートリヒっ?」

 リーダーはその中に知り合いの顔を見つけて思わず声を掛ける。

 ディートリヒは単独で動く事が多い冒険者であまり名は知られていないが、大きな依頼には臨時でパーティに加入することがあり、リーダーもスバルが加入するまでは何度か一緒に組んだこともある男だった。

 親しげに会話をするリーダーとその金髪の男に、スバルの腐った瞳がキラリと光る。

 

「あの子がっ!?」

 レンジャーの男が思わず大きな声を出した。

 最近王都で話題になりつつあった『鮮血の憩い亭』の店員……黒髪エルフの少女が、山賊の罠で捕まったと言うのだ。

 この冒険者達は、彼女の友人と常連客による有志の救出隊らしい。

 おそらくはその山賊達が違法奴隷売買組織の冒険者崩れ達であろう。そう察したリーダーは彼らに話せる範囲で事情を話し、共に救出に向かうことになった。

 ただ……

 

「イオリがハイエルフ……」

「てめぇ、なにイオリちゃんを呼び捨てにしてやがるっ」

「助けられた途端に随分と強気になったな。私はイオリの下着姿を見た事があるぞ」

「な、なんだと……。へんっ、どうせ覗きでもしたんだろ。鮮血の憩い亭じゃ仕事中にちらちら脇から見えてたんだぜっ」

「何と無防備なっ。やはり彼女のような可憐なハイエルフは、私が保護しないといけないなっ」

「なに言ってやがるか、イオリちゃんは俺がっ」

 

 などと残念度を競うように、気持ち悪い会話をしながら喧嘩する男二人が、やけに印象的だった。

 もちろんスバル的にはそれはそれでOKなのだが、スバルはその『イオリ』という名前に曖昧になった記憶が刺激されるような感覚を覚える。

 

 途中で救出された女性達が危険な場所には行きたくないと言い、人数が増えて戦闘職が多くなったことから、パーティの女性戦士を付き添いに山道に残し、残りの冒険者達だけでその屋敷近辺に辿り着くと、突然爆発音が聞こえた。

 9名の冒険者達は、森が燃えているのを見て足を速める。

 そして丘の上に立ち燃える森を見つめる少女を見つけて、心配そうな顔で黙り込んでいた赤毛の少女が声を上げた。

「イオリぃっ!」

 その声に振り返る、黒髪ハイエルフの少女の笑顔を見て、スバルは曖昧だった記憶のピースがぴったり嵌った気がした。

 

「………イオリ…?」

 

「………スバル…ちゃん?」

 

 子供の頃の本当に女の子のように可愛らしかった面影のある顔で、弟分のように思っていたイオリが、本物の女の子になってスバルの名を呼んでいた。

 そんなイオリを見て、スバルは自分の心の奥から新たな感情がわき上がるのを感じていた。

 



はい、もちろん腐った方向です。


次回から、第二章に入ります。

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早過ぎたんだ……腐ってやがる………! スバル「ぐっふっふっふっ」 イオリ「ひっ!? なんかゾクッとした!?」
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