21 異世界での再会
今回が第一章の最終話です。
『イオリ様、この辺りが屋敷の中心部です。首輪の機能を発動させる基準点となるアイテムがあるのなら、この辺りかと』
「(どういう感じの物かな?)」
目の前には三つの豪華な扉があり、地下室らしき下に降りる階段も見える。
念の為に声を潜めて、そのアイテムがどのような形状かハナコに聞いてみた。
『小さな物でも充分機能しますので、宝箱のような物に入れられていると推測します』
「(それじゃ、地下かな?)」
何となく宝物は地下にあると思ってイオリは地下に決める。
ブン……
「………」
また【自動記録】が発動して、思わずイオリが息を飲む。
下に危険があると言うことは、大事なものが有る可能性が高い。アイテムもそうだがイオリと同じような女の子の奴隷が捕まっているかも知れない。
違法奴隷として捕まるくらいならきっと“美少女”で、助けることが出来たら、地球で読んだ物語のように、チョロインの如くイオリに惚れてくれるに違いない、とイオリは自分が今、その美少女になっている事も忘れて期待に胸を膨らませた。
おっかなびっくりイオリが下に降りてみると、石で造られた薄暗い地下室に幾つかの扉があった。
『……、…』
「……何か聞こえた」
『そうなのですか?』
その中で唯一かんぬきが掛けられた扉から、微かな声か音のようなものが聞こえて、イオリはそこに捕まった人が居ると、急いで駆け寄りそのかんぬきを外す。
「大丈夫っ!? もう安心だよっ」
『がうがうっ』
ブン……【Record reading.】
「うえええ…けほっ」
『……イオリ様』
復活して早々通路の壁に寄りかかってケロケロするイオリに、なんとなく状況を察してハナコが、何か言いたそうに小さく声を漏らした。
「………また……犬…いた」
『さようでございますか。どうやら地下はあの犬を飼育する場のようですね』
イオリのように、貴族がわざわざ出向いてまで買いに来る高価な奴隷は滅多に手に入る物ではない。今回はイオリ一人だけで、もし他に居たとしてもそんな高価な商品を、あのような不健康そうな地下に閉じ込めはしないだろう。
イオリは気を取り直して、一階の部屋を調べてみることにする。
一つ目の部屋は客室のようで、鍵穴から覗いてみると中には、あの豚殿下の護衛なのか騎士のような男達が数人、すっかり気が緩んでいるのか酒を飲んで談笑していた。
だが、
「…ん? 物音がしたな」
「殿下のメイドじゃないのか?」
「(…っ!)」
部屋の中で騎士の一人がイオリが居る扉の方へ視線を向けた。
『イオリ様、隠れてください』
「(う、うんっ)」
騎士が立ち上がる気配を見せたので、イオリは慌てて向かいの部屋に飛び込んだ。
運良く鍵も掛かっていなかったその部屋は保管庫のようで、その奥にはいかにもな感じの『宝箱』が置いてあった。
「あれって…」
あれが基準となるアイテムを仕舞っている宝箱であろう、と思ったイオリは、そのまま宝箱に近寄ると無造作に蓋を開けた。
プシュッ。
ブン……【Record reading.】
「けほ、うぷっ」
宝箱に仕掛けてあった『毒矢』の罠で、あっさり【自動復活】が発動した。
『イオリ様……』
「……宝箱……罠……」
『そうですか』
すでに詳しい説明が無くても分かってしまうハナコであった。
一つ目の部屋は、おそらく豚殿下の護衛。その向かいの部屋は保管室。
イオリはその部屋の宝箱が怪しいとハナコに説明して、もう一度その部屋へと向かった。
『毒矢の罠なら、小さな矢が飛び出す穴があるはずです。それに布でも詰め込めば発動はしません。今度は落ち着いて行動しましょう』
「はい……」
イオリはその部屋で布を探す。一応他にもアイテムがないかと調べて、装飾品ばかりで役に立ちそうな物や、魔道具の類も見あたらなかったが、
「……あっ」
その中で一纏めにされた袋に中に、イオリが奪われた荷物が見つかった。
ブーツもマントも武器もある。そして何より、今のイオリが一番欲しかった『下着』が有るのを確認して、イオリはすぐに手を伸ばす。
『お待ちください、イオリ様。さすがにお着替えするお時間はありません』
「……で、でも」
『ではマントとブーツだけお召し下さい。残りはバッグに詰め込んで安全を確認した後に着替えましょう』
「そうだね……」
納得してイオリは衣服をバッグに詰め込むとマントとブーツを身に付ける。まだ心許ないが、屈んだだけで後ろから丸見えよりは遙かにマシである。
そしてハンカチを出して、見つけた穴に慎重に詰め込んで宝箱を開けてみると。
「ほぁ……」
『金貨のようですね』
宝箱に中には、100枚ほどの金貨が入っていた。日本円にして約一千万円。本物の金貨を初めて見たイオリは、思わずポカンと口を開けていた。
『おそらくはイオリ様の売買金額かと思われます』
「こんなにっ?」
ハイエルフ女性の一般的な価格を知っていたハナコは、この金額がイオリを売った額かとそう発言したが、実際にはその10倍以上価値があり、これは豚殿下が用意した、ただの手付け金に過ぎなかった。
「こんな金額を……。ねぇハナちゃん、あの殿下とか呼ばれていた人って、何者なんだろう?」
『検索によると、この近辺で、あの容姿に該当する人物でもっとも確率が高いのは、このキリシアール国の第二王太子、ベルンハルト殿下と推測します』
「第二王太子…っ!?」
あの豚のような外見からは想像できないが、彼はまだ23歳で、兄である第一王太子と次期王位を争っている、この国の王となるかも知れない人物なのだ。
「そ、そんな人が、どうして奴隷なんか買いに来てるの……」
『第二王太子は政治的手腕に長けておりますが、浪費家としても有名です。特に珍しいものには目がないらしいので、ハイエルフの少女を欲したのだと思われます』
「……少しくらい珍しくても、ボクなんかそんな美人じゃないのに」
相変わらずイオリは、自分の商品的価値を理解していない。
種族的に珍しいこともあるが、その容姿にも大きな商品価値がある。
元男の子であるイオリは、元の自分の顔立ちがある程度残っていたので自分を客観的に見る事が出来ていなかった。
人間でもエルフ種でもイオリより美人の女性はいるだろう。
だが、イオリのその華奢な身体といつも情けなさそうな顔立ちは、多くの者に庇護欲を抱かせると同時に、嗜虐心を刺激した。
手に入れて、自分の手の中に囲って苛めたいと思わせるような、本人にとっては迷惑でしかない魅力があったのだ。
「首輪の基準点のアイテムは何処だろう? このままじゃ逃げ出せないね…」
『もう一部屋ありましたね。そちらを確認しましょう』
イオリとハナコは保管室を出て最後の部屋に向かう。
足音を抑えるブーツを履いたことで隠密効果が増したイオリは、静かに扉に近寄って鍵穴から中を覗いてみた。
「(……あの殿下と山賊だ)」
中にはあの豚殿下が、イオリを洗ったメイド達に酌をされながら山賊達……あの冒険者崩れ達と笑い合っていた。
「またいい物を手に入れますんで、その時は殿下に一番に連絡いたしますよ」
「はははっ、だが、下手なモノはいらんぞ。あのハイエルフは高かったが、いい買い物だった。今からどのように苛めるか楽しみだ……ふひひ」
「珍しいモノですか…? 殿下は趣味がいいので困ってしまいますよ」
「でしたら……」
豚殿下と冒険者の会話に、あの受付嬢が言葉を挟む。
「戦争奴隷では手に入らない、獣人の幼い娘とかは、いかがでしょう?」
「ほぉ~? そんなモノが居るのか?」
「以前、冒険者からギルドに獣人の隠れ里を見つけたと報告がありました。まだ確証がないのでギルド内だけの情報ですが、そちらを国に報告する前に襲って、攫えばいいのです」
受付嬢は、ギルドの重要情報をあっさりとばらしてニヤリと笑う。
「ふむ……ならば、見た目の良い娘が見つかったら報告しろ。調教はいらんぞ。私がこの手でじっくり調教するからな。ぶひひ」
「それは、楽しみですなっ。お安くしときますよ。ふはははははっ」
「…………」
イオリは中の話を聞いて顔色を変える。
イオリを騙して売っただけでなく、ギルドさえ金の為に裏切る受付嬢。
権力にこびを売って違法奴隷を売る、違法冒険者。
国税を使って珍しい少女奴隷を買いあさる、王位継承者。
それを知りながら彼らに付き従う、欲に溺れた配下達。
どれも正気ではない人間達の本質を見て、イオリは静かに立ち上がる。
『……イオリ様?』
「………」
ハナコの声にイオリは何も言わず、足早に先ほどの保管室に戻る。
イオリは怒っていた。
自分を正義感のある人物だとは思っていないが、これまでこの国で優しい人達に沢山の親切を受けていたイオリは、この国を食い物とするような者を許せないと、子供のようにぶち切れていた。
そして部屋の奥に向かったイオリは、宝箱の前で『爆弾販売機』をスキルで創り出すと、そこに片っ端から大量の“金貨”を投入していった。
そして……
「…………」
『ずいぶんと派手でございますね』
あの屋敷から離れた場所に立つイオリの目の前には炎に包まれた森があった。
その炎はイオリの所までは来ていないが、それを見つめるイオリの顔には汗がたらたら流れて、その目が泳いでいる。
そしてあの屋敷は、跡形もなく吹き飛んで炎に包まれていた。
いったいあれから何があったのか…? 話は単純である。
ぶち切れたイオリが、金貨100枚近くを使った大量の『プラスチック爆弾』と『TNT火薬』で屋敷もろとも吹き飛ばしたのだ。
イオリの知識ではプラスチック爆弾のような物と、単純な電気式の起爆装置しか作れなかったが、適当な知識でも『物品創造スキル』が頑張ってくれたらしい。
制限時間は15分しかないので、最初の方に作った物は消えてしまったが、二カ所に爆弾を仕掛けることが出来た。
これもごく簡単な時限式で、屋敷の中心部で爆破させると上手いことイオリの首輪の反応が消失した。おそらく基準アイテムは豚殿下に譲渡されていたのだろう。
屋敷の隅っこに居たイオリは騒ぎで混乱する中、残りの爆弾が起爆する前に逃げ出して数十秒後、屋敷が轟音と共に吹き飛んだ。
悪者だったとは言え、やらかしてしまったことにイオリは顔を青くする。
「……どうしよ」
『どうしましょうか』
どうしようもない。イオリ達以外の生存はどう考えても難しい。
そしてあの豚殿下が本当に第二王太子なら、バレたら、どんなに軽くてもギロチンだろう。
『すっぱり忘れましょう』
「………」
「イオリぃっ!」
その時、遠くから聞き覚えのある少女の声が聞こえてイオリは振り返る。
爆発の音を聞きつけたのか、その少女と他に10名近い冒険者のような者達が近寄ってくるのが見えた。
「エルマさんっ!?」
知り合いの顔を見て、イオリの顔が安堵からだらしなく緩む。
そのメンバーの中からエルマが最初に駆け出し、その後を二人の男達が先を争うように駆け出した。
一人はイオリも知っているヴェルで、もう一人の金髪の若者は、イオリも見たことはなかったが、三人ともイオリを心配している様子がその表情から窺えた。
先を争う二人の男達がエルマを追い抜かしてイオリに近づいた時、森の炎が風を巻き起こし、その裾が大きくはためいたイオリを見て、男二人は動揺したように地面に転けた。
そして追いついたエルマがその二人をわざと踏んでイオリに駆け寄ると、抱擁するように両手を広げていた手でイオリの頭を叩いた。
「パンツくらい穿きなさいっ!」
彼らはイオリを心配した『鮮血の憩い亭』の常連の冒険者と、来る途中で合流した、違法奴隷売買組織殲滅を請け負った冒険者パーティであった。
再会の感動も、事情の説明もなく、男性二人に見られて真っ赤な顔で蹲るイオリに、知らない冒険者パーティの若者が静かに近寄り声を掛ける。
「………イオリ…?」
自分の名を呼ぶ、その声の微かなイントネーションに顔を上げたイオリは、その青年の顔を見て、その面影に徐々にお驚きの色が浮かんだ。
「………スバル…ちゃん?」
次回は状況説明を兼ねた、スバルの閑話が入ります。