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17 初めての冒険者生活



 

 冒険者ギルドで一部の人間に衝撃を与えた二日後、イオリとエルマとヴェルの三人は『鮮血の憩い亭』で待ち合わせ、ゴブリン退治に出掛ける事となった。

 ちなみにその前日は、エルマに買ってもらった新しい服でウエイトレスをしていたのだが、それで客足が減ることはなかった。

 それと言うのも、小柄なイオリが大きめのシャツで腕まくりをして、今まで無かった襟が気になったのか、ポニーテールにしてちょこちょこ働くその姿は、丁度来ていた、王都でも少ないエルフの女性(・・)騎士が、本気で嫁に来いと口説いていたほど衝撃的だったからだ。

 

 そして当日、普段着ではなくイオリは最初の服に着替えたのだが、貫頭衣の下に短パンを穿くイオリにハナコは衝撃を受ける。

『……イオリ様、どうしてそちらをお穿きになるのでしょうか? 防御力の向上は無いと思いますが』

「いや、なんでって言われても……」

 下着が見えそうだからとしか言いようがなく、ハナコも直接ではなくチラリと見えるからこそ大切なのだとは言えなかった。

 

 出発しようとするイオリ達に、店の常連客(主に男性)が仕事をさぼって見送りにやってくる。

 そして短パンを穿くイオリにハナコ同様愕然としていたが、

「イオリ、せっかくだから髪を結んでいきましょ」

「え…? うん」

 エルマがイオリの髪をポニーテールにして、長くて綺麗な耳と白いうなじを露出させると、見送りの常連客が活気を取り戻す。

 エルマはイオリの保護者ではあるが、その前に『鮮血の憩い亭』の経営者の一人なので常連客は大切にしないといけないのだ。

 その横で無駄にヴェルがやる気を出していたが、当のイオリはみんなが何を騒いでいるのか一人だけ気付いていない。

 その常連客の中で昨日のエルフの女性騎士が、異様な目付きでイオリの普通より長い(・・・・・・)耳を荒い鼻息で凝視していた。

 

 常連客には冒険者も多くいて、中には一緒に来たがっていた者も居たが、エルマはその中に普段あまり評判の良くない者が混ざっていたので全て断った。

 そもそも数匹のゴブリン退治程度でぞろぞろと人数を増やしたら、二人(・・)の取り分が少なくなる。エルマは最初からヴェルの取り分は計算していなかった。

 酷い話だ。

 

   ***

 

「ふひひ、これがハイエルフの乙女か。これは思っていた以上だ」

 

「……へ?」

 イオリが目を覚ますと、目の前には着飾ったオークが居た。もとい、オークのように太った貴族のような男が居た。

「な、なにこれっ!?」

 身体を動かそうとすると、自分が縄で縛られていることにイオリは気付く。

『イオリ様、フラグと言うものをご存じでしょうか?』

「知らないよっ!」

 知っているけど知りたくない微妙なお年頃である。そもそも何処でフラグが立ったのかイオリの記憶にはない。

「ん? 何を言っておるのだ? まあいい」

「へへ…、殿下、お気に召しましたか?」

「おうおう、凄く気に入ったぞっ、代金は約束通り払おう」

 

 四十を超えた無精髭の男が揉み手をしながら、『殿下』と呼ぶ太った貴族と会話をしていた。

「…………」

 イオリはその光景に、自分が売られたと知って顔色を青くする。

 着ている物はそのままだったが、武器も荷物も取り上げられていた。部屋の様子を見ると、貴族の屋敷のような豪華な部屋で、窓もあったが外は街ではなく、背の高い木々が多数見えたので、そこが森の中だと分かった。

 

「…ん、待てよ、本当に小奴は“乙女”だろうな? 途中で手を出してはおらぬだろうな?」

「も、もちろんでさぁっ」

 無精髭の男が慌てる。自分が捕まえたのだから手を出していない事は断言できるが、それ以前の男性経験など分かるはずもない。

 その有無によって売値が倍も違うのだから、男が焦るのもある意味当たり前だ。

 

「おい、そのほう、男と交わったことはあるか?」

「っ!? そんなのある訳無いじゃないかっ!」

 豚殿下の言葉に、イオリはそんな気持ち悪いことする訳がないと、怒りさえ覚えて否定した。

 だがその言葉は豚殿下を喜ばせただけだった。

「おお、そうかそうかっ、だが念の為だ、……おい、侍女共っ! この汚い服を脱がせて隅々まで洗ってやれっ。そして“乙女”か確かめろ」

「え、ちょっとっ?」

 イオリの声を無視しして部屋の扉から数人の侍女が現れると、縛られたイオリを担いで御輿のように持ち上げた。

「それでちゃんと乙女であったら約束の金を払う。良いな?」

「へい…」

「ちょっと待ってぇええええええええええええええええっ!」

 

 いったい街を出てからイオリに何があったのか?

 いくらなんでも、フラグの回収が早すぎなやしないか?

 その謎を語るには数日前に遡る。

 

   ***

 

「いい天気で良かったねぇっ!」

「そうね。でもイオリ、そんなに急ぐと疲れるわよ。あまり体力無いんだから」

「イオリちゃんが疲れたら、俺が背負ってやるってっ」

「あ、イオリ、そこの岩場で休みましょ」

「………」

「あ、そろそろお昼だっけ?」

 

 イオリとエルマとヴェルの三人は、近場にあるゴブリン目撃地点へと徒歩で向かっていた。あまりにも近かったので馬車をチャーターする必要もない。

 今回の依頼主は、目撃地点より近いキノコ栽培業のお爺さんで、彼の依頼では、ゴブリンの数は四体。殲滅することでの報酬が銀貨三枚だ。

 ゴブリンのアイテムや魔石は冒険者の取り分なので、普通にやれば銀貨三枚と小銀貨二枚の報酬となり、日本円に換算して四万二千円なので安いように思えるが、キノコ小屋での宿泊とキノコ料理の食事が付き、一泊二日で終わる仕事なので、初級冒険者二人組なら、それほどひどい仕事でもない。

 もしゴブリンが使えそうな武器やアイテムを持っていたら、そこそこの黒字になる仕事なのだ。

 

「イオリってコメ料理好きよね…?」

「…うん?」

 前世のように大口ではなく、小さな口ではむはむ塩おにぎりを食べていたイオリは、エルマの言葉にキョトンとした顔をする。

「お米、美味しいよ? ちょっとこっちのは、ぱさついているけど」

「私もパエリアとかなら好きだけど、イオリってお魚にショーユとか掛けて一緒に食べるでしょ? あれ買ってきた時は商人に騙されたのかと思ったわよ」

「………」

 この世界ではショーユは人気がない。独特の匂いが受け入れられず、需要がない為にイオリが買った小瓶で小銀貨三枚もした。

 醤油や味噌が受け入れられず悩むのは、日本人の食習慣のせいだ。

 大抵の人は、生まれてから五歳までに食べた物を死ぬまで食べ続けるという。

 日本人は生まれた時から世界中の食べ物が溢れる環境で生きてきた為、ほとんど世界中の食べ物に順応できた。その日本人でさえ、米と醤油が無いと生きていけないと言うものが多い。

 米国人の観光客さえ、エジプトに行っても某チェーン店ハンバーガーしか食べない者も存在するのだ。

 だとしたらそれなりに味が美味しくても、『テス』の人間が、慣れ親しんだ食べ物を控えてまで、食べ慣れなく値段の高いものを好むはずもなかった。

 その点だけで言えば、異世界転移は、日本人にかなり有利と言えるかも知れない。

 

 そして腹ごしらえを終えた後、それから一時間かけて森のキノコ小屋に到着する。

 そこで依頼主のお爺さんから、定番の『キノコを使った親父ギャグ』を披露されて、ウケるヴェルにエルマがドン引きしていたが、何の話かは各自のご想像に任せよう。

 

「この向こうが目撃地点だ。俺が先頭で、イオリちゃんが真ん中で弓。エルマは後ろで遊撃を担当してくれ」

「了解」

「うん、わかったよっ」

 ヴェルはシルバーランクの冒険者らしくテキパキと指示を出し、背中からフランベルジュの大剣を抜き放つ。

 その鈍い銀光に輝く波立つ大剣にイオリは目を輝かせ、ヴェルは口元をだらしなくニヤけさせた。

 フランベルジュは刃の形状が波状になっており、斬られると傷口が非道いことになるゴブリンに使うには勿体ない武器だ。

 エルマは殺傷力の高いエストックを腰から抜かず、ショートソードと革を固めた小振りの盾を構えた。攻撃力ならヴェルが居れば問題ないし、イオリの安全を第一に考えた結果だ。

 この面子ならイオリが居なくてもゴブリン程度なら楽勝だった。

 

 ブン……

 

「………」

 なのに【自動復活(オートリバース)】さんは律儀に【自動記録(オートセーブ)】をしてくる。

 つまりはイオリが居なくても楽勝だが、イオリが居ることでゴブリン程度でも脅威になると言う簡単な話だ。

『イオリ様、一〇時方向、約三〇メートルに微かな影を捕捉しました。戦闘準備を推奨します』

「(う、うん)みんな、向こうに何か居るっ」

「へぇ…さすがエルフ。目がいいのね」

「ま、まぁねっ」

「よっしゃっ、それじゃみんな、一応、慎重に進むぞ」

 三人は隊列を確認して静かに進む。

「……(ごく)」

 イオリは先ほどの【自動記録(オートセーブ)】で警戒感を持ったらしく、ポケットに用意していた数枚のコインをギュッと握りしめた。

 

「見えた。ゴブリンが……二匹か。イオリちゃん、他は見える?」

「ううん」

「こっちからも確認できないわ。不意打ちしましょうか」

「あ、だったらボクに任せてっ」

 イオリが急に元気になって宣言したので、元々イオリの()で先制しようと思っていたエルマとヴェルは頷く。

 だが、イオリは自信満々に、具現化した『自動販売機』に一枚の大銅貨を入れた。

 そしてイオリは、何の学習もしていない。

 イオリがテンパって設定した為に、同じ金額でも出てくるモノは安定していない。

 性能が高い物も出れば、あの冒険者ギルドでのように、火薬に信管が付いただけのような自爆アイテムとしかいいようにない物が出る時もあるのだ。

 だが大銅貨……百円程度なら酷い事にはならないだろうとイオリは考えたが、百円でどんな不意打ちが出来るのかまでは考えていなかった。

 

 初めて見たイオリのスキルに二人が目を丸くする。

 そして、自販機からぱらぱら…と兎のフンのような物体が何個か落ちてきた。

「……なんだこれ」

 と、ヴェルが近づくと、足下に転がった『火薬玉』が、パンッと景気の良い音を立てて、驚いた三人はゴブリンから不意打ちを受けたのだった。

 



捕まるところまで辿り着きませんでした。


次回、ゴブ退治の続きです。

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― 新着の感想 ―
ギルドの受付嬢経由かなあ、この脂ぎった太目で醜く短足で髪の薄く首と顎の境目が判らない貴族は。
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