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16 この世界の結婚事情


 

「……だからな、イオリちゃんみたいな子が、そんな格好していると色々変な奴が寄ってくるから、気をつけないとダメなんだよっ」

「え…あ、はい」

 冒険者ギルド来て早々、イオリはギルドロビーのカフェで冒険者の男性からお説教されていた。

 彼は、イオリが『鮮血の憩い亭』で働くようになってから毎日(・・)来てくれる新規常連さんで、普段は小綺麗な格好をしているから気付かなかった。

「……この格好、変だったのかぁ」

 イオリは少し落ち込んだように、シャツの裾を捲ってみる。

 下に短パンを穿いているので特に恥ずかしいという感覚もない行為だったが、周りで彼らを見ていた男性冒険者達が一斉にイオリの脚を凝視する。

「こら、やめなさい」

 隣に座っていたエルマが、注意をしていたはずの冒険者の目も吸い寄せられているのを見て、焼き菓子を食べながらペチッとイオリの頭を叩いた。

「い、いやっ、変じゃねぇっ! ただ、ちょっとな……」

「……?」

 イオリもこの服装の何処が悪かったのか、誰も説明してくれないのでちょこんと首を傾げた。

 

 先ほど【自動復活(オートリバース)】が発動する前に突っかかってきた冒険者が彼だった。

 名前はヴェルと言って、まだ二十三歳であるが、シルバーランクの戦士として実力もある冒険者だ。

 あの言動も、子供のように見えて注意を促す為だった。

 かなり厳つい顔をしているが心根は良いらしく、今も警戒心の薄いイオリを心配してくれている。そしてもちろん下心もある。

 

 この世界『テス』では、女性は二十五歳、貴族女性でも二十歳までに結婚する。

 男性の場合は三十歳までに決まればおかしくはないが、そんな男性達がどうしてイオリのような十代前半の少女を気にするのか、それには多少の理由がある。

 この世界の成人は15歳だが、13歳から一人前として仕事を始め、貴族女性が結婚相手を捜す夜会に出るにも13歳からなので、イオリの見た目は普通に女性として見られる年齢だった。

 現代においても二十歳ほどの女性なら、三十代の男性からも普通にそう言う目で見られるようになるのと同じで、この世界ではその年齢が少し低いだけなのだ。

 そして、この世界に『ロリコン』の概念はない。それを知る異世界人達が意図してそれが広まるのを防いでいたからだが、その理由を深く追求してはいけない。

 そうなると、ヴェルのような女性に縁のなさそうな男性は、素直そうな若い女の子に目を向ける。現代の地球でもその傾向はあるが、この世界ではロリコンの概念がないので誰も自重しない。

 特にエルフの女性は、かなりの時を若い姿のまま保っているので、女性に妙な幻想を持つ男性からは人気がある。

 そう言う訳でイオリは、現代人の常識から自分がそう言う対象になっているとは気付かず、無邪気なまでに無駄にフラグを乱立していた。

 

「なんでもねぇから、ほらイオリちゃん、食って食って」

「うん、ありがとうっ」

 イオリは実の姉からずっと『イオリちゃん』と呼ばれていたので、呼ばれ方に違和感も持たずに頷く。

 そのイオリの前には、サンドイッチのような物と焼き菓子と果物、お茶や果実水などが並べられていた。もちろんすべてヴェルの奢りである。

 厳つい男の本気を舐めてはいけない。そしてその貢ぎ物の半分以上はすでにエルマの胃袋に収まっていた。

 

「それじゃイオリ、登録しに行きましょうか。じゃあね、ヴェル」

「うん。あ、ヴェルさん、ごちそうさまでした」

「…あ、うん」

 イオリは意図せず、エルマは意図してヴェルとの会話を打ちきり、受付の居るカウンターに向かい、その後ろ姿を呆然と見送る純情青年の肩を、知り合いの冒険者が優しく叩いていた。

 受付嬢は特に言うことのない普通の二十代後半の女性で、郵便局の窓口のような朗らかな雰囲気であっさり登録は終わった。

「冒険者カードじゃないんだね……」

 渡された登録証は一枚の紙と、持ち運び用に身に付ける、首から提げる鎖の付いた金属板だった。

「なにそれ? どんなの想像していたのよ……」

「ほら、血を一滴垂らすと、その冒険者の情報が成長するたびに書き換わるような…」

「え…? 何その古代文明の遺失物(レリツク)級の弩級アイテムは……。何処の世界にいつ死ぬか分からない冒険者にそんなアイテムを持たせるのよ。登録料に金貨数百枚掛かるわ」

「……………」

 魔法なら何でも出来ると思ったら大間違いだ。

 

「あ、そうだエルマさん。ボク、依頼を受けてみたいっ」

 何となく話題を変えようとイオリはそんなことを言ってみる。それでも適当な話題ではなく、イオリも元は健全な高校生として『冒険者のお仕事』に憧れがあった。

「……イオリが依頼受けるの…? イオリが受けてみたいって気持ちは、分からないでもないけど……」

 エルマはイオリの全身を上から下まで眺めてみる。

 165センチのエルマより頭半分ほど背が低く、腕も脚も細い。武器も食材を切るような小さなナイフと、子供が使うような細身の弓しかなかったので、狼一匹に負ける姿まで簡単に想像が出来た。

「イオリがお金を稼ぎたいってのも理解しているけど……って、イオリ?」

「エルマさーん、これ受けてみるっ」

 気がつくとイオリは依頼が貼り付けてある掲示板から、一枚の紙を取り外してエルマに振っていた。

「……どれ? ……これ、ゴブリン退治じゃないっ、止めときなさい。ほらこっちにある錬金用の岩苔採取にしましょ。ね?」

「ええ~…、ゴブリンなら戦ったことあるけど……」

 背後からのスニークショットで、しかも撃った瞬間にケロケロしたことなど、イオリの頭からはすっかり抜けていた。

 正確には、覚えてはいるが倒した時の思い出が美化されて、『ゴブリンを倒した』と言う事実が、その他の事実を隠してしまっていた。

 

「それなら、俺がついて行ってやるぜっ」

 突然そんなことを言ったのは、もちろん、こそこそと二人の様子を窺っていたヴェルである。

「シルバー冒険者の俺が居れば、ゴブリンが十体くらい居ようが、イオリちゃんには指一本触れさせないぜっ」

 そう言いきったヴェルの笑顔は輝いていた。

 そんなあからさまな、『可愛い女の子に格好良いところを見せてウハウハ』を狙うような行動に、年嵩の冒険者達は己の黒歴史を見せられたように頭を抱えていた。

「え、ヴェルさんが手伝ってくれるの?」

「そうだ、俺と二人でならどんな危険だって…」

「あら良かったわね、イオリ。私も付いていくから、危険なことは全部、ヴェルに任せましょ」

「……え」

「あ、エルマさんも一緒なんだ。ボクも頑張るよっ」

 

 二人旅を出来ると思っていたヴェルは、エルマの一言に愕然とする。

 だがエルマも保護者として、むさい男と二人きりで妹のように可愛いイオリを行かせる訳にはいかなかった。

 そしてイオリもヴェルも気付いていなかったが、ブロンズの十代半ばの男の子達が、イオリのことをかなり意識していたので、エルマも放っておいたらイオリが襲われる危険があると思ったのだ。

 そう言う意味ではシルバーの実力者であるヴェルが居れば、そう言った危険はかなり減るだろう。そのヴェルからイオリを守るのが自分の役割だとエルマは考えた。

 

 そうして三人は簡単なゴブリン退治に行くことが決まった。

「…………」

 そんな微笑ましい三人の様子を、先ほどイオリの窓口をした受付嬢が微笑みながら見つめていた。

 そして彼女はそっと手元の用紙に目を向ける。そこにはイオリが自分で書いた情報が記してあった。

 名前、年齢、性別、得意武器、……そして種族、『ハイエルフ』の文字。

 ただでさえ人間の街ではほとんど見かけなくなったハイエルフで、珍しい黒髪。しかもまだ15歳の年若い乙女だとしたら……

「……ふふ」

 彼女は含み笑いをすると、その用紙を提出せずに丸めて懐に仕舞い、休憩すると同僚に言って席を立つとそのまま裏口から外に出て行った。

 



 

次回、冒険に出発です。近場で。

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― 新着の感想 ―
うわ~、そういえばイオリっておバカなんだっけ。しかし、ここまでかぁ………。ハナコは注意しなかったの…か………って、まさかワザと? もしかするともしかして、エロゲでCGを回収するかのようにあちこちにフラ…
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