14 残念な看板娘
通りすがりの馬車に拾われました。
「あなたエルフだよね? ひ弱そうな印象があったけど、本当に弱いのね」
「う、うん……」
イオリは現在、馬車の中で寝かされている。
いきなり蹲って吐いたので、馬車の兄妹に心配されたのだ。これはもちろん、現在のイオリの姿が無害にしか見えないエルフの少女だったのも大きい。
だが、馬車はイオリにとっては危険だ。
なにしろ二度目の邂逅の時に、馬に甘噛みされてそのまままた【自動復活】のお世話になった。この世界の馬は人懐っこくて良く甘噛みをして甘えてくる、イオリにはとても危険な存在だった。
そして、三度目もまた吐いているところを介抱して貰い、馬車に乗せて貰えることになったのだが、馬車はかなり揺れるので、そこでもイオリがダメージを受ける可能性もあったのだ。
「ちょっと顔が赤いわね…」
「何でもないよっ」
だが今はその危険は遠のいている。御者の青年の妹である少女がイオリを心配して、膝枕してくれていたのだ。
男の子だった頃のようにやたらと意識したりはしないが、それでも同年代の女の子の太股にドキドキしてしまう。
「そう言えば名前を言ってなかったわね。私はエルマよ」
「ボク…イオリ」
「あ、俺はカミルと言って、」
「兄さんは前を向いててっ、危ないでしょ」
エルマは御者席から馬車内を覗き込むカミルを、歯を剥き出して威嚇した。それというのも、イオリを馬車に運ぶ時に、ジロジロとイオリの白い腕や脚を見る兄の様子に気づいていたからだ。
そしてもちろん、イオリはそんな視線には気づいていなかったので、兄妹仲が悪いのかとおろおろしていた。
二人は想像通り兄妹で、王都から宿場町に届けられていた香辛料や酒を受け取りに行った帰りらしい。
そんな面倒なことをしなくても王都で受け取ればいいと思うかも知れないが、運送業の人間が香辛料や酒のような贅沢品を持ち込むと、それなりの税金がかかる。
王都の商人が持ち込めば少ない税しか掛からないが、商人はそれを高値で売るので、安く仕入れようとするのなら王都の外へ買いに行かないといけない。
二人の両親は宿屋を営んでいて、二人はそれを手伝っている。
兄のカミルは24歳で、そこそこ見た目は良いが女性に『良い人そう』と言われそうな、少し気弱そうな印象を受けた。
逆に妹のエルマは兄と同じ赤毛で気の強そうな顔立ちをしており、それが彼女を飛び切りの美人ではないが魅力的に見せている。
エルマの歳はイオリの一つ上だったが仕事をしているせいか大人びていて、イオリは見た目年齢が少し下がっているので、エルマにとっては守るべき存在に感じていた。
そう言う訳で、年齢的にそろそろ彼女が欲しい兄が、若い女の子に手を出さないようにエルマが見張る意味も兼ねてイオリにくっついていたのだ。
「イオリは一人旅していたの? 危ないわねぇ」
「…え? でもここら辺は比較的安全だって…」
「そりゃあ、王都から離れた場所よりは安全だけど、山賊だっていつこっちに流れてるか分からないのよ? イオリみたいな可愛いな子が歩いていたら、あっと言う間に売られちゃうんだから」
「売られ……」
イオリは自分が女の子だとあらためて気づかされて、顔を青くする。
この世界では奴隷は違法ではないが、あくまで戦争で捕らえた敵側の捕虜を貴族や大商人が労働力として使う場合のみ認められていた。
光の側の種族が同じ光側の住人を奴隷とするのは貴族でも罪になる。
それでも抜け道は存在する。光側から闇側に裏切ったとして捕らえれた者は奴隷としてもそれほど煩く言われる事もなく、例え冤罪でも屋敷の奥に囲って発言する機会を無くしてしまえば問題も無くなる。
そのような違法奴隷の場合、その対象は主に若い女性であった。
でもお高いんでしょ…? その驚きのお値段は。
見た目の良い人間女性、金貨7枚。
見た目の良いドワーフ女性。金貨12枚。(ロリ)
見た目の良いエルフ女性。金貨30枚。
若いハイエルフの乙女……金貨500枚である。(日本円で5000万円相当)
「そっかぁ……ボクもちょっと気をつけないとダメだね」
そしてイオリは、そんな自分の価値も知らずに暢気そうにエルマに微笑んでいた。
そんなイオリのことを普通のエルフだと思っていたエルマでも、思わずイオリを残念そうな子を見る目で見てしまった。
馬車で移動することによりかなり旅程は短縮できたが、それでも途中で野営する必要があった。それでも馬車に寝るので、焚き火に獣が嫌う香を少し入れるだけで済む。
「到着は明日のお昼?」
「そうよ、歩いていたら夕方か夜になってたんじゃない?」
「……ごめんねぇ、何かお礼を…」
「だったら、俺と、」
バキッ。
「別に良いのよ、気にしないで。それよりイオリはキリシルに着いたらどうするの?」
「………え? あ、とりあえず冒険者ギルドに行きたいなぁ」
振り向きもせずに兄を殴り倒したエルマと、悶絶しているカミルに唖然としていたイオリは、彼女の問いに憧れの冒険者ギルドの名を出した。
「冒険者ねぇ……一応聞くけど、依頼に行くんじゃないのよね? イオリみたいな子がなるのは大変よ? 私も大変なんだから」
「えっ、エルマさん、冒険者なのっ!?」
話を聞くと、エルマは冒険者として登録しているが、冒険者として活動はあまりしていないらしい。
主に兄が買い付けに行く時、お手伝い兼護衛として同行し、襲ってきたゴブリンや狼を返り討ちにして小銭を稼いでいたそうだ。
「今回は狼が一匹にコボルトが二匹で、毛皮も綺麗に取れたから、銀貨一枚ってところかな」
「へ~……強いんだねぇ」
「ふふん♪」
イオリが素直に感心すると、エルマが口元を笑みに変えて胸を張る。そしてイオリよりは大きい。
エルマは冒険者と言っても、お転婆だった子供時代の延長でしかなく、その実力はまだ最下級である。家族からも友人からも、ここまで素直に褒められたことがなかったので、エルマは機嫌が良くなり、同時に妹のように感じはじめていたイオリを危なっかしく感じて、馬車の中で考えていたことを口にした。
「ねぇイオリ……良かったらうちに来ない?」
「……えっ」
「冒険者をするなって言ってるんじゃないのよ? 初級の冒険者なんてそれだけじゃ食べていけないから、アルバイト程度はするの。うちの宿屋で働かない?」
「……う~ん」
爆弾を作る能力で華々しくデビューしようとしていたイオリは悩む。
冒険者になる以上、宿を決めておく必要はあるが、ハナコのマスターであるシードを捜す目的もあるので、長居も出来ない。
『イオリ様、彼女の提案を受けることを推奨いたします』
「…っ!」
『イオリ様、小さな声で返答をお願いします』
「イオリ、どうしたの?」
「な、なんでもないっ。(ハナちゃん、起きていたの?)」
『一定時間置きに外部情報の獲得をしておりました。状況も把握しております。それと私のことですが、一般的ではありませんので秘匿したほうが良いと判断しました』
「(そうなんだ……。それでエルマさんの提案なんだけど、シードさん捜すのはどうするの?)」
『まずマスターの向かわれた方角、ハッコーの勇者の情報を集めるのに宿屋や食堂は有効な手段です。そしてイオリ様の能力ですが資金が無ければ使えません。ですので賃金を得る場を確保することを推奨したします』
「(……あ、そうだった)」
そうしてイオリはエルマの誘いを受けて『鮮血の憩い亭』のアルバイトとして働くことになった。
「なんで鮮血……」
「うちの家族全員、髪が赤いのよね」
「…………」
そんなアットホームな職場で働き始めたが、イオリは意外にも家事能力がそれなりに備わっていた。
両親が共働きで兄や姉も働いているので、すぐにお腹が減る男の子は自分で炊事することも多くなる。今は亡き祖母のおばんさいで舌も鍛えられていたので、素材の味も知っていて調理の手伝いも出来る。
イオリは『おバカ』であるが『馬鹿』ではないのだ。
だが、それよりイオリが重宝されたのは、食堂のウエイトレスだった。
この世界にウエイトレスの制服はない。
働く人は働きやすい服を自分で着て職場に行くのだが、イオリの持っている服は、例の貫頭衣のような物しかなかった。
イオリは大きめのエプロンを着けてちょこまかと動く。
筋力はないから、往復する回数が多くなる。
裾がヒラヒラして健康的な脚が見え、マントも外しているので脇から白い下着がチラチラ見えていた。
その結果がコレである。
今日も沢山の男性客の皆様がお越しです。
そして元男の子であるイオリは自分が見られる意味も、自分がどれほど人目を引きやすいのかも理解していなかった。
イオリは女の子になった自分が魅力的になったと感じていても、それほど美人だとは思っていない。
だが、綺麗な肌は、その女性の魅力を数段引き上げる。
この世界の住人は毎日風呂に入る習慣はないのだが、イオリはお風呂に入れない時でも、現代人の習慣からお湯で丁寧に身体を拭いていて、その度にハナコの秘蔵フォルダを充実させていた。
それだけでもかなり違いが出るのに、ただでさえイオリは永遠の生命を持つと言われるハイエルフで、瑞々しくきめ細やかな肌をしている。
そしてアホの子であるが故に、本来の目的も忘れて甲斐甲斐しく働き、その姿に癒しを求めて女性客も来るようになった。
「……イオリ」
「あ、エルマさん、おかえりなさーい」
そんなイオリを残念そうに見て、近所の害獣退治から帰ってきたエルマは、その肩を優しく叩く。
「イオリ……ちゃんとした服を買ってあげる」
「……へ?」
そんな『鮮血の憩い亭』の前を通り過ぎる一団がいた。
男性3名と女性2名。冒険者のようで戦士系3名にレンジャー1名に魔法使いが1名と、バランスの良い構成をしていた。
「あ~っ、今日も満杯かよっ」
「昨日言っていた、エルフの可愛い店員がいるお店だっけ?」
「ふんっ、最近エルフが少なくなってきたから珍しいんでしょ」
「確かに珍しいな。黒っぽい髪だったし」
「いやいや、普通に可愛いんだってっ。なんかこう……守ってあげたいっつうか」
「満杯なのは仕方ない。適当な店で飯食って、さっさと依頼をこなしに行こうぜ」
そんな会話をしながら彼らは『鮮血の憩い亭』の前から移動する。
その中で、たった一人だけ会話に参加していなかった、背の高い黒髪の青年は、店の中にちらりと見えたエルフ少女の横顔に、思わず足を止めた。
「……………」
そんな彼に17~8歳の魔法使いの少女が不満そうに口元を歪める。
「なんで止まってるのっ?」
彼女はわざわざ彼の元に戻り、その逞しい腕に自分の胸を押し付けるようにして腕を取って歩き出した。
「そんなことしなくても歩けるぞ」
「いいのっ、それより早く行きましょっ。みんな、あなたに期待してるんだからねっ、スバル…っ」
おやぁ…?
補足説明。イオリのケロケロ描写ですが、毎回全力でマーライオンしていません。
胃液を吐きかけてケホケホしたり、人目の多いところなら青い顔で口を押さえて我慢もしています。
次回、初めての冒険者ギルドへ。例のお約束はあるのか!