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13 街に行きましょう

 何でしょう……この登場人物全員から漂う残念臭は。

 


 

 人間国家群の中でもやや南寄りに位置するキリシアール国は、大国のように何百万も人口はいないが、それでも古い歴史を誇る国である。

 その王都、城下街キリシルには約10万の民が住んでおり、その内訳は人間が六割。ドワーフが三割。その残りの一割を、エルフを含めた幾つかの種族が暮らしていた。

 かつて、光側の三大種族と言われたエルフも、王都にさえ千人もいない。

 

 そんな王都(キリシル)の片隅で、一つの宿屋が異様な賑わいを見せていた。

 部屋数は12。ベッドの数は20。一階は食堂になっており夜は飲み屋にもなる、この世界のごく一般的な宿屋で、建物自体はそこそこ綺麗だが、売りは手作りの腸詰めが美味しい程度で特に目を引くものはない。

 今までは。

 

「い、いらっしゃいませぇ」

 

 まだ慣れていない初々しい言葉遣いで、店員が客に声を掛ける。

 声を掛けられた客は店員にニヤけた笑顔を返し、やっと空いたテーブルにいそいそと腰を下ろした。

 賑わっているが回転率が非常に悪い。一度席に着くと客がなかなか席を立たない。

 その雰囲気もどこか普通の食堂と違っていた。普通の食堂なら一緒に来た友人や仲間達と会話もするだろうに、あまり会話の声が聞こえない。

 個人の客も多いが彼らも席を離れない。彼らは黙々と食事をしてジッとある者を目で追い、『彼女』が側を通った時だけさらに注文を繰り返すのだ。

「えっと…芋揚げに、鶏肉のトマト煮ですねぇ」

 注文を一生懸命覚える姿に客達の表情が緩む。

 そのきめ細やかな肌の白い手足を惜しげもなく晒し、動くたびにさらさらと細い黒髪が流れる。

 その髪から飛び出しているのは、エルフの特徴である10センチほどの長い耳。

 ここに来ている客のほとんどは、年若いエルフの少女店員である“イオリ”を目当てにやってきていたのだ。

 あのシードのダンジョンから出発したイオリが、どうして宿屋の食堂でウエイトレスなどをしているのか?

 話は数日前に遡る。

 

   ***

 

『イオリ様、そろそろ体温が下がりますので服をお召しになったほうが良いでしょう』

「うん、わかった」

 川の畔で身体を拭いていたイオリは、ハナコの言葉に素直に頷く。

 ダンジョンから脱出したイオリは、ハナコの案内で道から外れた川に水浴びをしに来た。それでも現代人の常識を持っているイオリは野外で素っ裸になれず、下着姿になった身体を濡らした布で拭いただけに済ました。

「でも、ダンジョンじゃなくてもシステム音?…って鳴るんだね」

『はい、私のシステム音ですので、お気になさらずに』

 イオリが下着まで脱いでいたら、もう少しハナコの声が掛かるのが遅かったかも知れない。

 陽気は暖かだが、川の水で冷えたらしくイオリは手早く服を着る。

 イオリの身体は筋力は弱いが筋肉は人並みに付いている。イオリの筋力が弱いのはスキルによる影響なので、ぷよぷよせずにスラリとした体型を保っていた。

 それでも筋力が弱ければ発生する熱量も減るので、体温が下がりやすいらしい。

『イオリ様は、熱量を上げて体温を保持する為に、多めの食事量を摂ったほうが宜しいかと思われます』

「でも、あんまりお腹減ってないんだよね……。女の子の身体だから?」

『私は以前のイオリ様を存じませんので判断できませんが、一般的にはエルフ種のような細身の女性は食事量が少ないはずです。そこにベリーの実を発見しましたので、少々採取していきましょう』

「うんっ」

 

 都会ッコのイオリは、そんな野外学習のような行動にニコニコとして、大きめの葉を川で洗い、それにベリーの実を集めた。

「ちょっとすっぱい」

 摘み食いをしてからベリーを鞄に仕舞い、イオリは元の道に戻る。

 

『イオリ様から見て右手に王都キリシルがあり、左手方向に小規模な宿屋街がございます。どちらに向かいますか?』

「う~ん……、どのくらい掛かるの?」

『キリシルまで徒歩で二日。宿屋街までは急げば夜には着けるでしょう』

「夜の移動はやだなぁ。途中で眠れるところある?」

『野営をなさいますか? そうですね。この道は比較的平和ですので、それほど問題はないでしょう』

「キャンプっ! だったら王都に行こうよっ、人がいっぱい居るんでしょ?」

『そうですね。お金を稼ぐにも『冒険者ギルド』がある王都が良いでしょう』

「冒険者ギルドっ! やっぱり異世界なら冒険者だよねぇ』

 

 そうしてイオリ達は王都へ向かうことになった。

 イオリは野営と聞いて、焚き火でご飯を作ってテントで眠るような想像をしていたので、実際はテントなんて持っていないのでマントにくるまって眠るくらいしか出来ないとは思っていなかった。

 そして地球の中世から近中世程度の世界では、比較的安全でも狼程度は普通に出ることにも気づいていない。

『それではイオリ様、私は待機モードに入ります。ご用の際はお声かけください』

「えっ!? もう寝ちゃうの?」

『ダンジョン外で私が起動していることで、すでにイオリ様のMPを二割以上消費しているはずです。まだ余裕はありますが、MP消費に慣れていないイオリ様は、半分ほどになると精神的な疲労を感じるでしょう。夜に備えて今は待機モードにする必要があります』

「そっかぁ。魔法のこととか聞きたかったんだけど……」

『夜に何事もなければお話ししましょう。それでは失礼いたします』

「うん、ハナちゃん、おやすみー」

 実際眠る訳ではないが、イオリの言葉にハナコは少しだけ暖かな気持ちになって待機モードに入った。

 そして、撮影をしていたのでイオリのMPを少し消費したことは内緒だ。

 

『よしっ、出発だぁっ」

 ハナコが待機モードに入って少し寂しくなったイオリは、わざと元気な声を出して、王都キリシルに向けて歩き出した。

 現在の時刻はお昼を少し回った程度だろうか。ずいぶん長い時間、ダンジョン内にいたような気もするが、その感覚は【自動復活(オートリバース)】を持つイオリだけで、実際には三時間も過ごしていない。

「良い天気だなぁ。あ、ちょうちょ」

 イオリはてくてく暢気に道を歩く。途中で地面を引っ掻くのに丁度良い木の枝を拾ったり、大きめの石をひっくり返して見たこともない虫に驚いて逃げ出したりと、小中学生の男子のように落ち着きが無く、緊張感の欠片もない。

 ダンジョンを出てすぐに【自動記録(オートセーブ)】が発動して何も無かったことが、さらに警戒感の欠如に拍車を掛けていた。

 ちなみに、その時の【自動記録(オートセーブ)】は、丁度近くに発生したグールに反応したもので、運良くイオリと入れ違いに暗闇を求めてダンジョンに入っていった。

 

 イオリには体力がない。HP的な意味で最低なのは間違いないが、持久力的な意味で考えると少し違ってくる。

 持久力はHPと筋力と防御力が影響を受ける。その点で考えても人間の幼児並の持久力しかない訳だが、人間と違ってエルフ種は魔力も身体に影響する。

 そうでなければ、ダンジョン内でモンスターから走って逃げることも難しかっただろう。筋力が少なくても常人並の速さを持てているのはその為だ。

 だが、あくまで常人並の速さで、人間の子供並の持久力があるだけだ。

 

「ふひぃ……」

 歩き始めて二時間もしないうちにイオリはかなり疲れた顔をしていた。ただ歩いただけでなく、はしゃいで遊んでいたのも体力をかなり削っていた。

 イオリは途中の岩に腰を下ろして、皮の水筒から川で汲んだ水を飲む。

 イオリは特に反応もしなかったが、この水筒もシードが作った魔道具である。普通の革で作った水袋の水はすぐに温くなり皮の匂いも染みつく。川の水なら場所によっては煮沸しないと身体を壊す。

 この水筒はイオリが飲んで、何の疑問も思わないくらい『普通の水』が飲めるようにしてあるかなり上質な魔道具水筒なのだ。

 それがあるだけでもイオリに対するハナコの過保護ぶりが分かるだろう。

 感情のないダンジョンコアであるハナコに、何がそこまでさせるのか、まだハナコも良く分かっていなかった。

「……もうちょっとがんばろ」

 せめて夕方くらいまでは歩いておきたい、とイオリは気合いをいれる。

 イオリはそのぐらいまで歩けば大分進めるだろうと考えていたが、今の時点では予定行程の六割程度しか進んでいなかった。

 

 それから30分ほど歩いていると、後ろからガタゴト音が近づいてきた。

「……馬?」

 見えたのは一頭引きの馬車。どうやら宿場町のほうから来たようだ。

 競走馬のようにスレンダーではなく、重量引きにも使えそうな巨大な馬だったので、最初は馬しか見えなかった。

「馬車か…いいなぁ」

 疲れていたイオリは馬車を羨ましそうに見る。

 イオリはそこで、この世界で初めて人間と会うのだと気づく。人間以外にも種族は多数居るので人間ではないかも知れないが、そこは大きな問題ではない。

 本来なら多少は警戒するべき場面であるが、あまり人見知りしないイオリは、馬車に乗せてくれるかもと暢気に考えていた。

 

 ブン……

 

「っ!?」

 突然振動するような【自動記録(オートセーブ)】の感覚にイオリは息を飲む。

 ハナコの推測が正しければ、イオリの命の危機に反応して発動するはず。

 そうなると考えられるのはあの馬車だ。危ない人間が乗っているのだろうか? もしかしたら山賊が変装しているのかも知れない。

 それでなくても普通は推奨されない、少女の一人旅だ。それも可愛らしいエルフの小娘なら、普通の商人でも魔が差す可能性もあるのだ。

「………」

 逃げようか……。そう思ったが、すでに馬車はすぐ側まで迫り、イオリが足を止めたことを向こうも気づいているだろう。

(……いきなり逃げるのって、失礼だよね?)

 平和ボケしたお人好しの日本人ならそう考える。

 イオリはとりあえず馬車に道を譲るように端によって、顔を下に向けて早足で同じ方向に歩き出した。

 出来れば死にたくはない。あの『死の感触』はイオリにとってトラウマになりかけている。それでも人の良いイオリは他人に失礼なことを出来なかった。

 ここでハナコに相談すれば良い答えをくれるのかも知れないが、緊張したイオリの脳はそんなことをすっかり忘れていた。

 てくてくとイオリが歩く。

 そんなイオリに馬車はあっさり追いつくと、御者席にいた二十代半ばほどの男性が、歩いているイオリの耳に目を向ける。

 

「やあ、エルフのお嬢さん、良い天気だねっ」

「ひっ、あ、はいっ」

 

 普通の挨拶だがイオリがビクンと身を竦ませたせいで、御者の男は何も言えなくなってしまった。

「「………」」

 思わず無言になり、馬車だけがそのまま速度を落とさす、イオリの横を通り過ぎようとして……

 カツン…ッ。

「…あ」

 馬車の車輪が跳ね飛ばした小石が、勢いよくイオリの頭に当たり、イオリの視界は暗闇に包まれた。

 

 ブン…… 【Record reading.】

 

「うぷぅ」

「えええっ!? ちょっとそこの人、大丈夫かいっ」

「きゃぁっ、兄さん停めて、早くっ」

 

 馬車に乗っていた兄妹は、突然道に蹲ってケロケロしだしたイオリに慌てて駆け寄ってくれる、普通に『良い人』達だった。

 



思ったより長くなっちゃったので分割です。書き上がり次第になりますが、それほどお待たせしないと思います。


次回は、今回の続きです。 あの人が出るところまで書けると良いなぁ

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― 新着の感想 ―
奴隷商とかでもないんかい!
死んだ─────っ!? やっぱり旅なんて無理やったんや………。 いや、街にたどり着いたのは分かってるけど。
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