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読むな危険

ある雨の情景

作者: 紫乃咲

お題:耳を擽るテノールボイス・森閑とした雨の中で






 それは、音さえなく。とても小さな、小さな……じっと見つめてようやく降っているのだと認識できるほどの細かな雨だった。だから、思わぬ天気に傘を持たずにいた美咲も、躊躇することなくその景色の中に身を投じる事が出来たのだろう。

 都心の賑わいから、二回ほど列車を乗り継いで辿り着くこの場所は、美咲が生まれ育った場所。無人の駅の改札に置いてある小さな木箱に、手に持っていた切符を入れると、美咲はゆっくりと息を吸い込んだ。


「何年ぶりかな。懐かしい」

 大学進学を機にこの場所を離れてからというもの、美咲はただの一度もこの場所に帰ってくる事は無かった。特にわだかまりも、嫌な思い出もあるわけではない。大学卒業後、すんなり就職できた場所が、ここから離れた街だったからに過ぎない。ただ、まだ二十代前半の美咲にとって、住み慣れてはいるものの、あまりにも何もないこの田舎の町より、にぎやかな都会の景色に魅力を感じていたことも否定はできないだろう──。


 駅を抜け、森閑とした雨の中で、美咲は景色に溶け込むように静かに歩みを進めた。歩き慣れた道は数年前と何ら変わる事は無い。左手に見える郵便局を通り過ぎれば、小さな川が見える。夏になれば、その川で石を投げたり、ザリガニをつかまえて遊んだっけ。遠い過去、美咲は思い出しながら僅かに瞳を細めた。

 ──その時。


「美咲?」

 聞こえた声は、郵便局のある左側の方角。聞き覚えのあるその音に、美咲は反射的にそちらへと顔を向けた。

 視線の先、映し出されたのは──。

「慎一……?」

「ああ、やっぱり。なんだよ、いつ戻って来たんだ」

「え、今……」

「は? 相変わらず声小さいなお前」

 とまどう美咲の様子を気に留めることもなく、慎一と呼ばれた男は一気に美咲との距離を縮めていく。片手には傘。次の言葉を告げる間も与えられることなくどんどん大きくなるその姿に、美咲はその場で身を固め、動けなくなってしまった。


 慎一は、美咲の家の隣の大きな家に住んでいる。一つ年下の幼なじみだ。とはいうものの、大人しくて存在感の薄い美咲と違って、慎一は体育会系の快活な男の子。小さな頃は一緒に川で遊びもしたが、大きくなるにつれ、二人の距離はどんどん離れていった。慎一と顔を合わせるのはいつ以来だろうか。


 美咲は、慎一から顔を隠すように俯いた。その頭上に慎一は片手に持っていた傘を差しかける。

「なんだよ。濡れてるじゃねえか。まさか傘も差さずに駅から歩いて来たのか」

「あ。その。小さな雨だから。平気かなって思って」

「ばか。小さくても雨は雨だろ。風邪ひくぞ。ほら、もっと寄れ」

 叱るように言いながら、慎一は、美咲の細い肩をグイと引き寄せた。大きな手、頭上から降りてくるテノールボイスが美咲の耳を擽る。その声に反応したのか、美咲の耳は、一気に赤くなった。


「で、何かあったのか? 突然返ってくるなんておかしいだろ」

 美咲の様子が分かっているのかいないのか。慎一は、続けざまに言葉を投げかける。

 相変わらずだなと、美咲は小さく笑った。思った事は、すぐに口にする。内気な美咲とは大違いで、美咲はそんな慎一に憧れていた。

「ちょっとね。体調崩して……仕事辞めちゃったの」

 小さな美咲の声。それでも、すぐそばにいる慎一には、容易に届く音。慎一は、美咲の言葉に、驚いたように瞳を大きく開き

「そう、か」

 短くひと言。大きな手は変わらず美咲を肩を抱いたまま。慎一はその手に僅か力を込めた。

「……慎一?」

「まあ、ゆっくりしろ。身体を休める方が先だ」

「ん……有難う」

「帰るぞ」

 そう言うと、慎一は美咲の肩を押し出し、歩き出す。美咲の歩幅に合わせるようにゆっくりと。優しい足取り。雨に濡れて冷たくなっていた美咲の身体が、大きな手から仄かに温もりを帯びていく。


 静かな静かな雨の中。一つの傘に二つの姿が、遠く、小さく消えて──。








フリーワンライ8回目


色々あって、二回お休みした後の挑戦となりました。

なんてことない雨の日の風景です。あんまり物語が見えてきませんね(^_^;)

今回は特にタイピングの遅さに、はがゆい思いをいたしました。

これ、最初一人称で書いていたのですが、どうもしっくりこなくて途中から三人称に変えたんです。

読み返すとちょっとおかしな事になってますね。これなら、最後まで一人称を貫けば良かった……っていうか、一人称でいけたじゃん(;_;)

時間制限があるので、どうしても書きながら考えるというか、書いていく流れで出てくる物語に文章を合わせるというか……。

わけわかんない事言ってますね私。

とにかく毎回焦ってます(笑)

もう少し、想像力豊かになれば……そしてそれを容易く表現出来る文章力があればなあと、思うのでした。

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