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怨情 2  作者: 勝目博
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3章(1)

美子は、朝早くに家を出た。会社に休みの連絡を入れるのに、自宅からではおかしい。

そう思ったのだ。しかも、会社の電話には、発信者表示機能がそなわっており、

一発で嘘がばれるからだ。

美子の自宅番号が表示されているにも関わらず、いま、おじの家です。

などとはいえない。その点、公衆電話からでは、番号表示がなされない。

どこかの公衆電話からかける必要があったのだ。

どこから掛けようかと思いながら、美子の足は、自然と地下鉄駅へと向かっていた。

美大時代に通った道だ。今では通勤もJRに変わり、しばらくこの道も通ってはいなかった。

都内にしては静かな住宅地で、緑に溢れていた。初夏の日差しがまぶしい。

朝といってもかなり気温は高そうだった。白いワンピースがまぶしく光る。

かなり古いワンピースだが、美子は特に気に入っていた。

亡くなった祖母からのプレゼントで、夏の間はよく着ていたのだ。

『弘子にも貸したことがあったわね』 ふと、弘子が着たときの姿を思い出した。

美人な弘子にも、白いワンピースは良く似合っていた。

「弘子・・・」

美子が呟いたとき、一陣の風が美子を取り巻いた。

一瞬の出来事で、風が収まると、あたりには穏やかな日差しが戻っていた。

気がつくと、緑の生い茂る公園の入り口に、公衆電話がたたずんでいた。

静かだし、ここならば会社に連絡を入れるのに丁度良く思えた。

美子が近づくと、塗装のはげた古そうな公衆電話で、傷だらけだった。

「そう言えば、こんなところにあったかしら」

美子は呟き思い出そうとしたが、公衆電話の記憶は、毎日通ったいた道にも関わらず、

頭の記憶層からは見つけられなかった。

設置したばかりかも、と思い美子は受話器を持ち上げた。

古い公衆電話の持ち回りかと思ったのだ。

会社と、不動産屋に連絡するつもりだった。

しかし、コインを入れても、発信音は聞こえてこない。

フックを押し下げ、もう一度コインを入れた。やっぱり何も聞こえてはこない。

故障中かなと、思った美子の耳に、かすかに何かが聞こえてきた。

「・・・子、美子」

それは徐々に大きくなり、自分の名を呼んでいた。

「・・・子、美子、お願い、来ないで」

紛れもなく弘子の声だった。

「弘子!弘子!」

美子は叫んだ。しかし、もう何も聞こえなかった。むなしい静寂だけが受話器から流れた。

美子は受話器を握ったまま呆然と立ち尽くしていた。

やがて人の気配を感じ振り向くと、年配の女性が立っていた。

「電話、もういいのかしら?」

電話待ちらしかった。

「は、はい、どうぞ」

美子は慌てて受話器をフックにかけ、電話から離れた。

美子は、弘子の言葉を思い出していた。

『来ないで』 その声は確かにそう言っていた。そこで美子は気がついた。

来ないでということは、やっぱり弘子はあそこにいるのだと……。

年配の女性はコインを入れ番号を押していた。

「あ、それ、故障・・・」

美子が言い終える前に、年配の女性は、話を始めていた。美子は電話から少し離れた。

使えるのならば、里美に知らせたかったのだ。弘子がまだアパートにいることを……。

年配の女性は、孫に会いに行くところらしい。お土産は何がいい、と頻りに聞いていた。

その時、またも一陣の風が美子を取り巻いた。

先ほどよりも激しい風は、多くの砂埃を巻き上げた。

美子は強く目を瞑り、急いで風に背を向けた。

その風は先ほど同様、直ぐに収まったが、振り向いた美子は目を疑った。

公衆電話も、話中だった年配の女性も、忽然と消えていたのだ。

そこには、見慣れた公園の入り口があるだけだった。美子は慌てて地下鉄駅へと駆け出した。

里美に連絡しなくては。ただそれだけが頭にあった。


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