2章(4)
合同捜査本部は雄二事件の管轄署に設けられた。署も広く、大きな空き部屋があったからだ。
野口が捜査本部に着いた時には、既に三十人ほどが集まっていたが、
明らかに不満顔の刑事もいた。
今回の事件の管轄署の刑事達は、明らかに敵対心を持っているようだった。
野口が本庁からの応援と紹介されて、直ぐに一人の刑事が質問を浴びせた。
「何故、合同なのですか?」
「その説明も兼ねて私は来ました。そこの書類にもありますが、遺体に残された類似点。
これが非常に多いこと。そして共通の美大に通い、共通の人物に危害を加えたことです。
同一犯の可能性が高いと思われます」
「同一犯と仮定して、犯行理由はなんですか?」
「怨恨です」
そう言うと、野口はホワイトボードに向かった。そしてボードに丸く輪を書き、
A子と書き込んだ。
「今から四年近く前になりますが、同じ美大にこのA子がいました。
そして、このA子を落としいれ、後輩にレイプさせようとしたのが、今回の被害者です。
そして、この時、A子を助け、のちに付き合うようになったのが、三年前の事件の被害者、
雄二君です。ところが、このA子は、更にその半年前に殺害されています。
結果は自殺扱いになりましたが、当初、容疑者は、この雄二君でした。
しかし、彼は無実で釈放されました。アリバイが、立証されたのです。
そのアリバイを証言したのが、雄二君事件で、容疑者となった女性です。
その女性も雄二君発見の数時間後に亡くなっています。この、ことからもわかるように、
二つの事件、三人の被害者、ここではあえて被害者と言っておきますが、この三人は、
このA子と全て繋がっているのです」
「しかし、そのA子が既に亡くなっているのであれば、怨恨の線はないのでは?それに、
怨恨は今回の被害者だけに思えます」
「問題はそこです。このA子の自殺が、もし殺人だったら?もし雄二君だったら?
証言者が嘘の証言で雄二君を助けたとしたら?そうなれば一連の事件は、すべてA子のため。
ということになります。誰かが代わりに復習を行っていると考えるべきではないですか?」
野口はその場の皆を見回したが、帰ってくる眼差しは冷ややかだった。
「それでは、A子の事件が、他殺であったことを立証しなければ、
その推測自体に意味がないのでは?これが立証されれば貴方の意見を尊重しますよ」
皆もこの意見に賛成のようだった。大きく頷く者もおり、『そうだ』という者もいた。
ただ一人、榊だけは真剣に野口の話を聞いていた。
同じ警視庁でも、管轄の違いによる隔たりは大きかった。結局は合同とは言いながらも、
弘子の事件が雄二による犯行と断定されるまで、それぞれの事件に従事する事と決まった。
弘子事件は野口一人で立証しなければならなくなった。
会議が終了し、出席した刑事達はそれぞれ自分の管轄に戻っていったが、その集団を見送り、
野口は頭を抱えた。自殺との最終決定を、他殺に覆す。並大抵では出来ない。
弘子事件の担当刑事、担当検事の反発を買うのは容易に想像できた。
協力を拒まれても仕方ないことだった。それでも野口はやるしかないと思っていた。
そこに榊が現れ、自分も協力すると言ってくれたのだ。
心強い味方が現れたが、簡単に捜査が進むとは思わなかった。
案の定、翌日に訪れた弘子事件の検事は、自分の判決に不服があるのか、と言いたげに、
露骨にそっけない態度をとった。
「もう一度、調べたいと言うなら、止めはしませんがね、当時の容疑者も死んでいるなら、
立証は無理だと思うが……」
検事は面倒そうに答えた。
野口は日本の司法のあり方に、疑問を持たずにいられなかった。
担当署の刑事は、野口の予想を反して至極まともだった。
殺人と立証できず、雄二を起訴できなかったことに、不満を持つ刑事がいたのだ。
取調べのとき、逆に雄二から攻撃を受けた刑事だった。
「あいつの態度は普通の学生の態度ではなかった。普通、殺人の嫌疑がかけられただけでも、
怯えるのが当たり前です」
さも、口惜しそうに答え、出来ることは協力すると約束してくれた。
ところがその刑事の上司はいい顔をしなかった。
『ただでさえ忙しいのに、またぶり返すのか?人員を割くことは出来ない』
その答えに野口は動揺しなかった。上司の反応は野口の予想通りだったからだ。
しかし、どうにか二人の協力者を得て、野口の捜査は始まった。




