2章(3)
美子はベッドに寝転び、明日の欠勤理由を考えていた。
お父さんが死んだことにしようか、とも考えたが、それでは忌引き休暇になる。
それはやっぱり気が引けた。学生時代も含めたら、美子の父はすでに三度も死んでいた。
さすがに四度目となれば、お父さんもかわいそうに思えたのだ。
下手をして、会社がお悔やみ電報でも送ったら、それこそ大変なことになる。
無難なところで、おじさんにしようと美子は決めた。おじさんならば、まだまだ腐るほど?
いるので、しばらくはずる休みの理由に出来そうだと思った。
その為にも、今から準備する必要があった。
「もしもし、和代?私、美子」
「どうしたの?」
「実はさ、おじさんが死んで今から田舎に帰るのよ。明日、私からも会社に電話するけど、
何時に連絡できるか分からないの。一応、朝一番に、課長には伝えてくれないかしら?」
「大変ね。いいわよ。伝えておくわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとう。おじさんの所、男所帯だから手伝わないと・・・じゃあね」
受話器を置いて、美子はガッツポーズをとった。完璧だ。心底、そう思ったのだ。
電話の様子では、同僚は疑いは持ってないようだ。
これで課長も私が電話する前に、理由が分かり、詮索はしないはずだ。
これが、下準備も無しに、朝の忙しい時間に私が電話をしたら、
ほとんど疑りから入るだろう。そうなれば、その場の思いつきで、
苦しい嘘をつかなくてはいけなくなるのだ。
これは美子の長年の経験から導き出したものだった。
美子は、普段あまり見ないテレビを、今日はスイッチを入れた。
事件の続報がないかをみたかったのだ。
案の定、ニュースは怪奇事件で持ちきりだった。
しかし、新たな発見や進展はなく、討論会になっていた。
眉唾そうな心霊研究家や、犯罪心理学者、元警視庁の捜査員に大学病院の医師。
その人たちが大きなテーブルに座り、皆勝手に話していた。中でも美子を笑わせたのは、
心霊研究家の意見だった。死んだ女性には、焼死した男の霊がついていると言うのだ。
だから水をほしがり、被害者をミイラにしたと言い張っていたのだ。
病院の医師は、どんな薬を使っても、こんな短時間でミイラにするのは不可能だ
と語っていた。
その意見には美子も賛成だった。しかし、元警視庁の捜査員は、真っ向からぶつかっていた。
これは、テロ犯罪であり、どこかの組織が開発した細菌が原因だと怒鳴っていた。
なぜ、この男が元なのか、美子には十分理解できたように思った。
「くだらない」
しばらく見ていたが、あまりにも馬鹿馬鹿しいので、美子はテレビのスイッチを切った。
ベッドに腰を下ろし、美子はため息をついた。
やがて、無意識のようにベッドの下に手を伸ばすと、
一冊のアルバムを引き出した。アルバムの表紙には、うっすらと埃さえ積もっていた。
美大時代のアルバムだ。弘子の死後、見るのが辛くてベッドの下に突っ込んだままだった。
美子はゆっくりと表紙の埃を手で掃った。一ページ目から弘子の笑顔の写真が目に飛び込む。
三人で旅行に行ったときの写真だ。美子と一緒にお団子をほおばる弘子。
これは里美が撮った写真。里美と一緒に大仏の前でポーズする美子。
この時弘子は写真を撮った後につまずき転んだのだ。
その写真は次のページにあった。ひざを擦りむき、大泣するまねをした弘子。
美子の目からその写真に涙が落ちた。
楽しかった思い出とともに、深い悲しみが美子を包んだ。
その時、不意に里美から電話がかかった。
「どうしたの、泣いているの?何かあったの?」
里美は美子の涙声に驚いた。
「何でもないわ。昔の写真を見ていただけよ」
「もう、ビックリさせないで、心臓が止まるかと思ったわ」
「ごめんね、でも弘子の写真を見ていたら、涙が止まらなくて……」
「泣き上戸の美子ね。でもあなたの気持ちは痛いほどわかるわ。
私はいまだに写真を見られないの。やっぱり辛くて……」
「私も、今やっと見たのよ、でもまだ無理みたい。二ページ目でこれだもの」
「時間が解決してくれると、思いたいけど、そんな単純ではないわね」
「そうね、辛いわ」
しばらくの沈黙が二人の間に流れた。
「そうそう、聞いて、その為に電話したのに、美子が泣いているから忘れて、
電話を切るところだったわ」
「なにかあったの?」
「警察が動くわ」
里美ははっきりと言い放った。
「どう言うこと?」
「雄二の事件と、今回の事件と関連があると判断したの。合同捜査本部も設立するの」
「でも、警察では解決できないと思うけど……」
「美子の言いたいことは分かるわ。でもね、これだけは私も思うの、
事件がもっと公になれば、弘子の苦痛も少しは和らぐかなって」
「それで弘子の復讐も終わればいいけど……。そうそう、私も報告があるのを忘れていたわ」
美子もすっかり忘れていた。
「なに?」
「明日、弘子のアパートへ行くの」
「どうやって?」
「部屋を借りる振りをしたのよ。そしたら、明日なら見せられるって」
「美子仕事は?」
「休みよ。ずるだけど」
「大丈夫なの?」
「もう手は打ったわ」
美子は自慢げにさっきの話をしたのだ。
「お調子者ね。じゃあ、何かあったら電話して、仕事中でも構わないから。ね」
「わかったわ、心配しないで、お姉さん」
二人はしばらく笑ってから電話を切った。




