2章(1)
里美も同様に報告書を見て驚いた。
「たった三日ですか」
「私が当時聞きこみに回ったから確かです。現場では何人も元気な雄二を見ていました。
ところが翌日欠勤したのです。しかしその日は土曜日で、監督もそれほど気にしなかったようです」
「あの事件では、同棲相手が犯人とニュースで見ましたが、本当ですか?」
と、里美は尋ねた。
「まず間違いないと思います。被害者の首に、女の手の形がくっきりと残っていました」
榊の答えに、野口が尋ねた。
「ミイラ化しても手形ははっきりと残っていたのですか?」
野口は殺人課でも、優秀な刑事だった。かなり奇妙な遺体とも遭遇し、
古い遺体を何度も見たりしていたのだ。
「それも不思議ですが、首の周りはミイラ化してなかったのです」
「それでその女性の死も、普通ではなかった訳ですか?」
「そうです。遺体発見時、その女性は全裸で遺体に寄り添い、寝ていました。
ぐっすりと眠っていたのです。夢でも見るかのように。しかし、警官が女性を起こすと半狂乱となり、警察病院に収容したのです。これがその時の報告書ですが・・・」
そして榊は野口に別の書類を手渡した。
「そこに書いてあるように、女性は一切覚えていないようでした。
日にちの感覚さえ無かったようです。ところが、数時間後、眠るように息を引き
取ったのです。身体的には疲労は残っていたものの、ほかに異常はなかったのです。
脳に損傷もないのです。仮に精神に異常があったとしても、健康な人間がただ横になり、
何もせずに死ぬことなど、不可能に近いことです」
榊の説明に野口は頷いた。仮に息を止めたとしても、生存本能のため死に至ることは
出来ない。薬も飲まず、自分を傷つけもせずに、死ねるものだろうかと考えた。
答えはノーだ。
やはり、外的要素がない限り、人間は意志のみで死ぬことなど不可能だった。
「唯一つ、この女性もかなりの性交渉があったようです。男の精液と一緒に分泌物が発見されました」
報告書を見る野口は、不思議に思った。
同棲相手である二人が、ことに及んでいたのは間違いがないらしいが、男はミイラで女は健康、と言うのが信じられなかった。その違いはどこから来るのか。
確かに男は放出するが、女でもシーツがぐっしょりとなるほど濡れるときがある。
かえって、女のほうが全体的に見たならば、水分の損失量は多くなりそうに思えた。
しかし、男がミイラ化したのだ。どう考えても理解出来なかった。
「一応、女の証言を確認しました」
榊は新たな報告書の一部を野口に渡した。
「確かにその女性の言うように、二十五日にタクシー乗り場で、女性が倒れたそうです。
聞き込みで、その女性の後ろに並んでいた男を見つけました。男の証言では、
二十五日の深夜十二時半ごろとのことですが、具合の悪そうな女性がいて、気を失ったようですが、一緒にいた友達がどこかに連れて行ったようです。しかし、亡くなった女性の話では、
一人でタクシー待ちをしていたみたいで、友人の話はでてきませんでした。
しかし、その友人らしき人物は確かに名前まで呼んでいたそうです。男ははっきりとそう証言しました」
益々不思議な話だった。里美はあまり美奈子を知ってはいないが、何度か顔は見たことがあった。決して美人とはいえないが、スタイルがいいことは覚えていた。
その美奈子の死に様、雄二と今回の女の死に様。弘子の怨念を感じずにはいられなかった。
野口は怨念とか信じない。しかし、里美に言われてきたものの、ここまで類似点があると、
上司に報告せざるを得なかった。実際二つの事件は、繋がっているのだ。
しかも動機まである。
誰かが弘子に成り代わり、復習していると考えられたのだ。
野口は早速上司に相談することにした。
里美とのデートはお預けだ。里美もそれ所ではなかったのだ。
野口の上司は、報告に幾分戸惑った。
しかし、野口の言うように、類似点の多さから、合同捜査本部を設立することを
約束してくれた。
ところが捜査本部は雄二の事件の管轄署と、今回の事件の管轄署によるもので、
野口は蚊帳の外だった。
だが、野口の上司は出来た上司で、野口の特別参加を許したのだった。
野口は里美に早く知らせたかった。しかし里美の電話は通話中だった。
里美は美子と話していたのだ。




