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夏の日の、特訓①

 早朝。俺は少し蒸れた山道を一人で黙々と歩いていた。時間が時間なだけあって薄暗い。向かう場所は山頂。もうすぐ蓮華と約束した時間になる。今までこの山に登ったことは片手で数えるほどしかないが、改めて登ってみるとこれがなかなかいいところだ。登山というものに縁のない暮らしを送ってきたが、今一度考え直してみてもいいかもしれない。

 昨日、家に帰ってから母さんに魔術のこと、学校のこと、自分のことを話そうと思ったが、俺一人が説明したところで返ってややこしくしてしまいそうな気がしたのでそのまま寝た。説明は近いうちに家に来るであろう学校の人だか協会の人だかに任せることにした。

 余談だがドアノブはバッチリ直っていた。これ大事。

 髪の毛は仕方ないから自分で切った。当てずっぽうで切ったところ酷く不格好な仕上がりになって収拾がつかなくなったので結局バリカンで頭を丸めた。おかげで今は頭が少し涼しい。髪の毛は全体的に1センチぐらいは残っているので断じてハゲではない。これも大事

 しばらく歩くと視界が開け、空が見えてきた。おそらく山頂も近いのだろう。日も昇ってきたのか、雲一つない青空で、空気は清々しいほどに澄んでいる。

 山頂に着くとそこには背の低い草むらが広がっていて、その中央あたりに蓮華は立っていた。彼女はTシャツに半ズボンといったラフでスポーティな格好をしている。おそらく今日の特訓ために軽装で来てくれたのだろう。服に詳しくないのでこれ以上は書けない。


「おはよう。待った?」


「かなりね」


 ピシャリと蓮華は言い放つ。

 予定より早く来て色々と準備をしてくれていたのだろうか。だとしたら感謝の念が尽きない。


「で、何なのよ?」


「ん?」


「ん、じゃないわよ! 何なのよ、そのふざけた格好は!」


「いやあ、自分で髪の毛を切ったら失敗しちゃって」


「それももちろんおかしいけど、何よりもあんたが今着ているものがおかしいって言ってるの!」


「そこに気付くとはお目が高い。魔法を使うならこれかなって思って」


 俺は両手を拡げて蓮華に自分が着ているものを披露する。

 これは昨日、朝食前にベッドの上に放り出していた例の鎧だ。出所の分からない薄気味悪いシロモノだが、押し入れに突っ込んでおくのもなんだかもったいないのでこの機会にと思って装着してきたのだった。この時間帯なら人目も少ないのでもってこいだと思ってのことだったが、実を言うと帰りのことはあまり考えてない。

 はわわ、誰かに見られたらどうしよう......。

 どうやら今更になって羞恥心が沸々と芽生えてきたようだ。


「普通気付くでしょ......まあ、そういうのはないことはないんだけどね。私もそれっぽいのは持ってるし」


「へえ。今度見せてよ」


「嫌よ」


 残念。


「そんなことはどうでもいいの」


「よくない」


「......こっちよ」


 そう言うと彼女は少し外れたところにある小道に入っていき、俺もそれに慌てて着いて行く。道中は彼女に散々からかわれた。

 しばらく歩くと俺たちは少し開けた広場に到着した。


「ここで特訓するから。ここなら誰も来ないし、人払いの結界も張っているから万全ね。まずは自分の魔力を感じることから始めましょう」


「感じる?」


「そう。どんな魔術も自分の魔力の存在を認識していなければ発動しないの。自転車を漕ぐのと一緒で、一度感覚を掴めば段々分かるようになってくるから、今回は私が後ろから押してあげる役をするわ。今からアンタに魔力を少し流し込むから、その時に感じる感覚をしっかり覚えてちょうだい」


そう言って蓮華は俺に白く張りのよい両の手を差し出した。蓮華は道場ッ子だからもう少しゴツゴツしてるかと思っていたけど、思いの外女の子らしい手でだったので少し安堵する。

 俺は蓮華に言われるがままに差し出された両手に手を乗せる。


「じゃあ、行くわよ」


 彼女は両手に少し力を入れた。すると彼女の手が途端になんとなく温かくなり、次第に何かが五指を、次に腕を伝って俺の中に入ってくる感覚に襲われる。なんだこれ。それになんか吐き気がががが。


「う、うお"え"ええ"ぇ」


「ま、最初は気持ち悪いでしょうね、他人の魔力が全身の魔力路を伝う感覚は。我慢なさい」


 先に言えよおおおおお!


「えふっえふっ」


「ちょ、ちょっと……」


 あ、もう無理。


「おぼろろろろろ」


「きゃあああーーっ!!」


 



◇◇◇




「その、すまん」


 俺は目の前にいる蓮華にそう謝罪する。彼女はというと、先ほどまで着ていた服とは異なった服を着ている。

 結論から言おう。俺は盛大にぶちまけた。あろうことか、女の子に。それも幼馴染みに。

 先ほど彼女は涙目になりながら、着替えてくる、と言ってリュックを持って茂みの中に入っていき、出てきた時には今の格好になっていた。デザインが変わっただけで、Tシャツ半ズボンであることに変わりはないが、その目からは生気が消え失せている。茂みの陰で暖かな橙色の炎が揺らめき、ボッと何かが燃えたような音が聞こえたので汚れた服は恐らくこの世にもう存在しない。実に悪いことをした。


「魔力酔いね」


「え、酔うの?」


「魔力に慣れてない人が急に魔力に触れたりすると起きやすいのよ」


「そういうのは先に言ってくれよ」


「そうね。私が先に注意をしておけば回避できたかもしれないことだし、何も知らなかったアンタは責任を感じることはないわ」


 そう言いながら蓮華は鼻をつまむジェスチャーをする。絶対根に持ってるだろ。


「それよりも、感覚は掴めた?」


 ぶっかけた手前申し訳ない限りだが、彼女の強かさに気持ちが幾分か救われる。


「まあ、なんとか」


 かなり朧げではあるが。


「ん、よろしい。じゃあ、最初は魔力放出から始めましょう。これは基本も基本。自分の中にある魔力を体外に放出する技術よ。これを応用すれば色んなことができるわ」


「火の玉飛ばしたりとか?」


「まあ、そんな感じね」


 きたきたきたきたきたーー!!


「で、どうやんの、早く、早く!」


「はあ、少し落ち着きなさいよ。要領はさっきとあまり変わらないわ。今度は自分の中にある魔力を引き出せばいいの。こんな風に」


 彼女は右手を出し、手のひらの上にふよふよしたものを発現させた。その形状は絶えず変化し、なんとなくではあるがやや丸みを帯びている。


「おお」


 思わず感嘆の声が漏れる。これが、魔力か。

 10秒ほど発現させた後、彼女は手を閉じ、魔力を消した。


「アンタの言う火の玉は応用の領域だから今はまだ早いわ。まずは基本から。さ、やってみなさい」


 簡単に言ってくれる。まあ、ものは試し。実践あるのみだ。

 細かい部分のレクチャーをいくつか彼女から聞いた後、俺はさきほど彼女がしたように右手を出し、手のひらに魔力を収束するさせるようにイメージを膨らませる。

 さっきので感覚は掴めたはず。あとは出すだけだ。さっきと逆。心臓から腕へ、腕から手へ。よく分からないけど、これでいいはずだ。

 よーし、準備オーケー。度肝抜いてやるぜ。息を大きく吸って、と。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


「ちょっ」


「こかきこかくきここけかきこかきかこかかくこ!!」


「もうちょっと静かにできないの!?」


「ふっ、加減を知らなくてね」


 まあ、そもそもまだ一度もできてないのに加減もクソもないんだけど。

 とりあえず、唸れ、コスモ!!


「出ろ出ろ出ろぉおおおお!!!!」


とにかく力んだ。それはもう大変力んだ。その結果。


 ぷすーっ


 俺のお尻辺りからすかしっ屁のような間の抜けた音が出た。というか紛うことなくすかしっ屁だ。

 静寂が辺りに立ちこめ、鳥のさえずりだけが遠くの方でピヨピヨと陽気に響いている。

 俺が落胆を隠せないでいると、彼女が堰を切ったように笑い出した。それはもう盛大に。


「そんなに笑うことないだろ」


「だって、ぷすーって!!」


 またも蓮華は鼻をつまむ。

 いや、気持ちは分かるよ?

 我ながら俺も笑いそうにはなったけどさ。でも、こうも大笑いされると流石にね。俺にだって、羞恥の感情ぐらいはあるってもんだ。

 一通り笑い終えると、彼女はさも満足したとばかりにすっきりとした表情を浮かべた。


「ごめんね、できないことは分かってたの。でも、ふふ」


 分かってたんかい。

 にしても、少し笑いすぎなんじゃないか?


「最初は誰でもそうなるのよ。まあアンタみたいに放屁するのは稀だけど。今回はレクリエーションみたいなものだから、そう気落ちすることはないわ。じゃあ次は、魔力強化に行きましょ」


 切り替えが早いのは結構なことで。こちとら、かなり羞恥に塗れたからしばらく根に持ちそうだ。機会があれば盛大に笑い飛ばしてやる。とはいってもこちらは彼女に吐瀉物を引っ掛けているわけだからイーブンと言えなくもない。いやいや、明らかに俺の方が罪深いだろ。蓮華様にはこの先一生頭が上がらないかもしれない。


「魔力強化も基本中の基本ね。まあ、見てなさい」


 彼女は近場にあった少し大きめ岩の前に行くと、重心を低くして両腕を構えて立つ。


「いくわよ」


 そう言うと、彼女は目の前の岩に向かって右拳を突き出した。


 ガキィッ!!


 非日常な破砕音とともに彼女の拳は岩に深々と突き刺さり、亀裂が走ったかと思うと秒を跨がないうちに岩はガラガラと盛大な音を立てながら崩れ落ちた。

 こ、この女、ゴリラだ!


「ま、こんな感じね。魔力を骨や筋繊維や皮膚の隅々まで行き渡らせるイメージよ。骨や筋肉が損傷しないように魔力で繋ぎ止めつつ、拳を振るう瞬間に魔力を一気に収縮、膨張させるの。これは魔力強化のうちの肉体強化で、他にも色々あるんだけどね。ほら、アンタもそこの岩でやってみなさい」


 ほら、じゃねえよ! 俺の手の方が砕けちまうよ!!


「さっきの俺の体たらくといい、それはちょっとまずいんじゃないですかねえ」


「心配しないで。砕けた骨は私がくっ付けてあげるから。これでも最低限の回復魔法は心得ていてよ」


 砕けるの前提かよ!!


「いやいやいや、おかしいでしょ、無理だってこんなの。仮に治してくれるのだとしても、痛いのは痛いから」


「意気地のない男ね。今の状態でウチに来たらみんなからボコボコされるわよ。タダでさえ遅れてるんだから多少の荒行は覚悟してよね」


「え、俺そんなおっかないとこ行くの!?」


「ま、そんなに期待はしてないから、もっと気軽にやりなさい」


「気軽に骨を折るヤツがどこにいるんだよ!!」


「つべこべ言わない! とっととやる!」


 誰かコイツを止めてくれ......

 まあ、いつかはやらなければならないことだろうからここでやっておくのもありなのかもしれないけど。

 とにかくやってみるか。根拠は無いけどなんとかなる気がする。最近は特にそんな感じがする。

 俺は諦め半分で件の岩の前に移動する。それにしてもいざこうして眺めてみると、この岩、かなりデカい。下手したらさっき蓮華が砕いたものよりもデカいかもしれない。

 こんなものを俺に宛てがう蓮華に少し呆れながら魔力を手足や各関節に行き渡らせる。ここに来てようやく魔力を扱うというのがどういうことなのかが感覚的にではあるが分かってきた。分かってきたとはいっても、蓮華のような自由自在に魔力を駆る側の人間にとってはそれは微々たる程度に過ぎないのかもしれないが。

 

「ふぅ......」


 俺は呼吸を整え、蓮華がさっきやったように重心を低くして構える。

踏ん張れるように足を、捩じれてしまわないように体幹を、より速く強く拳を突き出せるように碗部を、衝撃で砕けてしまわないように拳を強靭なものへと形作るイメージを入念に繰り返し、手足に滾る魔力を再確認していく。

 一方の蓮華はというと、近くの小岩に腰掛け、パタパタと暢気にうちわを扇ぎながらこちらを見ている。全然期待されていない。

 にゃろう、見てろよ。

 俺は岩に向き直り、一拍置いて全力で目の前の岩に向かって右拳を打ち出す。

 不思議と恐くはなかった。全神経が研ぎ澄まされ、腱が、肉が、骨が、一瞬で沸き立つような感覚に陥る。

 この感じ、初めてじゃない。

 昨日、公園で感じたあの高揚感を思い出す。


 細胞が狂喜している。


 次の瞬間、山の一角が消し飛んだ。



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