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夏の日の、幼馴染み

 結論から言うと、獅子王蓮華は強かった。べらぼうに強かった。地面に手をかざしたかと思うと、たちまち化け物の足下から火柱が吹き上がり、瞬く間に化け物は塵芥と化した。


「お願いだから、眠っててちょうだい」


少女は物憂げに呟く。

あとにはどす黒い色をした炎のようなものがゆらゆらと漂っていたように見えたが、気がついた時には跡形もなく消えていた。彼女は刀を一度も使わなかった。


 え、あいつ今何したの? 地面に手をかざしたかと思ったら地面から火が出てきて、え? え?

 当の本人はというとこちらの驚愕はいざ知らず、焦げて真っ黒になった地面の上にしゃがみ込んで化け物がいた辺りを鞘で突いている。

 一通りチェックし終えたのか彼女は立ち上がってこちらを一瞥し、歩み寄る。表情からは安堵と少しの苛立ちが見て取れる。


「ほら、足出して。ケガしてたでしょ? 完治とはいかないまでも、ある程度は治療してあげられるから」


 そう言うと彼女は俺を傍にある損壊を免れたベンチに座らせ、しゃがみ込んで膝やふくらはぎや踵などの患部に手を宛てがった。すると不思議とさっきまでの痛みが少しずつではあるが和らいでいく。

 安心して視線を少し落とすと、襟元から慎ましやかな胸を包むブラの一端が......。

 ゲフンゲフン、何を考えているんだ、俺は。

 少し申し訳なくなって視線を泳がせていると彼女がこちらを怒りと軽蔑の色を湛えながら睨みつけていることに気が付いた。


「ぶつわよ」


「ごめんなさい」


 途端に気まずい空気が場を包んだが、彼女はすぐに治療に専念し始めた。


「それにしてもアンタ、ヘナチョコね。少し様子を見てたけど、全然ダメ。無免許でしょ?なんで結界内をうろうろしてたわけ?」


 免許? 結界?

 結界ぐらいは聞いたことはあるけど、なんだよ、免許って。

 というか、もしかして忘れられてる!?

 それはそれで悲しいぞ。


「まずは、助けてくれてありがとう。全く話が読めないけど、それより、覚えてない? ほら、俺だよ、鈴木 央真。ここでよく一緒に遊んでいた。」


「へ?」


 素っ頓狂な声を漏らした彼女はこちらを警戒しながらまじまじと俺の顔を見つめる。

 へへっ、そんなに見つめられると照れるぜ。

 やがて彼女は得心がいったのか、それまでのムスッとした表情を一気に崩した。


「......もしかして、鈴木 央真!?」

 

 うんうん、これだよ、このちょっと強気な口調。会わなくなって随分と経つが、所々に面影が垣間見れて俺は少し嬉しいぜ。


「久しぶり」


 懐かしさと再会の嬉しさと少しの気恥ずかしさが混ざり合い、互いにぎこちなくはにかんでいたが、やがて彼女は何かを思い出したのかキッと表情を引き締め、居住まいを正して切り出した。


「再会を喜ぶのはまだ早いわ。 そんなことより、一体どういうこと? 」


「どういうことって?」


「どういうことって、決まってるでしょ! どうして実力もないのに結界内をウロウロしてたのかっていうことよ!」


 彼女は声を荒げて言う。だが、俺には何故彼女がそこまで怒っているのかが今ひとつ分からない。


「まあまあ、そう怒鳴るなよ。結界ねえ。さっきも免許がどうとか言ってたけど、なんのことなんだ?」


「まさか、嘘でしょ......」


 彼女は呆気に取られたのか、色々考える素振りをしたあと脱力しながらため息を吐いた。


「まさかとは思うけど、アンタ、まだ自覚してないの?」


 彼女は眉をひそめ、怪訝そうな表情を浮かべながらそう聞いてきた。

 自覚? 何のことだ?


「そう、その様子だと何も知らないのね。いいわ、説明してあげる。さっき、鬼の攻撃を受けていたじゃない。鬼っていうのはあの化け物のことね。まあ、鬼について説明すると少し長くなるから今は割愛するわ。で、普通はあの攻撃は何の対策もなしに防ぐことはできない。でも、アンタはそれを防いだ。それも生身で。つまり、あの時、あの瞬間、アンタは何らかの魔法、あるいは能力を無意識で使用していたということになるの。おそらく肉体強化の類いだと思うけど」


 確かに、思い当たる節がある。俺は化け物が振るった攻撃を避けーー彼女は鬼と言った、さらには両腕で防いでいた。結局は吹っ飛ばされてしまったが。あの時は夢中で何も考えてなかったが、今、こうして生きているのは奇跡に近い。それほど彼女の言う鬼との邂逅は危険極まりないものであったというわけだ。少なくとも俺にとっては。


「それにここに張っている結界。これは人払いの結界なんだけど、これを張っていれば魔力を持たない人間は入りづらくなるわけ。分類すると精神干渉魔法の一種ね。まあ、言っても分からないか。仮に結界内に入ったとしても何か適当な用事を思い出して引き返すように、こう、色々都合よくなってるわ。それを破って内側に入ったということは、つまり、そういうことよ」


「なるほど。だからあの不良チックな連中もどっかへ行っちまったのか」


「ああ、なんか喧しいのがいたわね、弱っちそうなのが何人か」


「ヒューッ」


 さすが魔法少女。まあ、当然か。


「こら、茶化すな。結論を言うわね。今挙げたことを差し引いても、現に今のアンタからはわずかではあるけど魔力が漏れ出ている。つまり、アンタは魔力保有者よ」


 今聞き捨てならないことを言ったよな。魔力? 呪文を唱えて、杖を振って、ピューンホイするアレ?


「つまり、この世には魔法的なものが存在するってこと?」


「そうよ」


「つまりつまり、俺も修行をすれば火とか氷とかを出したりできると?」


「素質と頑張り次第ね」


 ということは空を飛んだり透明になったり瞬間移動をしたりあの娘のパンツを透視したりとかできちゃうわけですかい?

 意味有りげなコッコイイ詠唱とかを唱えて使い魔召還とかしちゃったり?


「キャッホゥ!!」


 俺は右拳を握り、頭上高くに掲げる。

 父さん、母さん、ぼくは魔法使いになります。


「むっ、何かよからぬことを考えているわね。まあいいわ。どっちみちアンタは魔術学校に入ることになるんだけどね」


「待て、おかしいだろ」


「聞きなさい。通常、魔法の資質はもっと早い段階で現れるの。潜在魔力が多ければ多いほど、それは早くなる傾向にある。もっとも、昔は気付かないまま一生を終える人もたくさんいたらしいわ。時代と共に認知率も上がってきたから、そういったことはあまりないけど、遅くても14,5歳までに現れることがほとんどよ。世間では超能力だか霊能力だかで囃されたりしてるでしょ?それもその一端に過ぎないわ。公にそういう活動をしている人もいるけど、あれはちゃんと協会の許可を取って、世間に大きな影響を及ばさない範囲で活動している人たちなの。あとはそうね、素質は遺伝することがほとんどね。逆に全く発現しない場合もあるけどね。遺伝でもなく突然発現するケースもあるけど、極めて稀。素質がなくても魔力を増やす方法はないわけではないけど、それこそ全てを投げ打って血の滲む鍛錬を経てようやく雀の涙ほどの成果を得られるようなものだから効率は最悪なの」



「獅子王もそのくらいの年で発現したのか?」


「し、獅子王って呼ぶなぁ!!」


 耳まで真っ赤にして彼女は言った。これは本当に怒っている。昔から蓮華は名字で呼ばれるのを嫌がっていた。なんでも、この名字は自分には厳つすぎるということらしい。

 獅子王。痺れるくらいカッコいい響きだ。こんなことを言えば両親から怒鳴られるかもしれないが、俺も鈴木ではなく獅子王がよかった。いや、待てよ。獅子王 央真。ししおう おうま。おうおうしててなんか読みづらいな。

 それはそれとして、さっきの蓮華の健闘ぶりを見れば、彼女は十分獅子王の名を冠するに相応しい成長を遂げたといえるのだろうけど、それを言えば本人がおかんむりになること請け合いなので今は止しておこう。そろそろ蓮華の視線が痛い。


「ふう」


 ひと呼吸置いて、彼女は話を次に進める。だが目が笑っていない。


「うちは代々魔術師の家系なの。小学校を卒業する前に発現したから、中学校からは中高一貫の魔術学校に通ってたんだけどね。魔術学校はどこも機密保持と安全性確保のために人里離れたところにあって、私はそこの寮にずっといたの。たまに帰ったりしてたけどね」


 そうか、だから蓮華とは中学校からは会えなくなってしまったんだ。何度か蓮華の家に行ったけど、親御さんは遠いところにある学校に行ったの一点張りで、それ以上の説明はしてもらえなかった。もっとも、事情が事情だから仕方なかったのかもしれないが、せめて一言ぐらいは言って欲しかったな。

 ちなみに蓮華の家は由緒正しき武道一家で、なんの武術なのかは俺にはよく分からないが、独自の流派を築いて日夜研鑽に励んでいるらしく、蓮華も例外ではない。たまに一般の参加者を募り、剣道かなんかの稽古をつけているらしい。何回か家にお邪魔したことがあるが、その敷地はかなり広いもので、その一角に木造建築の立派な道場が鎮座していたのを今でも覚えている。独自の流派というのももしかしたら魔術関連のものなのかもしれない。


「魔力をたくさん持っているとね、妖魔や鬼の影響を受けやすくなるの。視えてしまったりだとか、取り憑かれてしまったりとかね。その生態については完全に解明されているわけではないけど、分かっていることがいくつかあるわ。妖魔や鬼はある程度魔力を保有している者でしか認識することができないこと。やつらは強い思念や欲望に魔力が寄せ集まって生まれるということ。そして、強い魔力を求めて彷徨っていること。だから、あいつらに狙われるレベルの魔力保有者は最低限の自衛の手段、更には魔術を生業にして生きる方法を学ぶのために全国各地にある魔術学校に入れられるわけ。付け加えておくと、一応高校卒業資格も取れるようにカリキュラムも組んであるから安心して。あまり公にはされていないけど、国からの援助もそれなりに出ているから、公立並みの学費で済むところがありがたいわね」


「ということは国家公認ってわけか」


「そ、認可を受けた施設や大学で魔術研究が行われているの。とある大学ではキャンパス内のどこかに謎の学部棟が存在していて、そこでは得体の知れない研究が行われている、なんて噂が立っているようだけど。でも、実際にその学部棟を視ることはできないでしょうね。魔力と入館証を持っていない限りは。アンタは今、一般の高校に通ってるんだっけ?」


「そうだけど」


「じゃあ今のうちにお別れとか済ませておいて。報告は後で済ませておくから、近いうちに家に学園と協会の人が向かうと思うわ。さすがに保護者の理解もなしにってわけにはいかないしね。だから、せいぜい今のうちに普通の夏休みを謳歌しておきなさい」


「ちなみに拒否権はないのか?」


 正直、人と別れるのはツラい。今の学校での人間関係は決して悪くはないから。


「ないわ。魔力は時に人を傷つける凶器にもなりうるから。だから、力の使い方を学ぶのはアンタの義務。ちなみに、学内で行われる特定の筆記試験と実技試験をパスすれば免許を取得できるわ。これは学外での魔術の使用を許可するものよ。これが結構大変なんだから」


 そう言うと蓮華は控えめな胸を張って、本人の写真が貼付してあるカードっぽいものを懐から取り出し、得意げに俺に見せつける。写真の中の彼女は喜色満面の笑みを浮かべている。俺には試験の内容や難易度がよく分からないのでなんとも言えないが、これを見るに、よっぽど嬉しかったんだろう。

 さっきも蓮華が言ったけど、力の使い方を学ぶ、か。なるほど、そう考えるとその魔術学校とやらに転入しなければならないのも致し方なしってわけか。

 まあ、友人たちとも今生の別れになるわけではあるまい。必要となればメールやSNSを使えばいいしな。仮に関係が途絶えてしまったとしても、まあ、それは仕方のないことだ。人生、出会いもあれば、別れもある。とはいっても実際はなかなか割り切れるもんじゃない。何かにつけて強いられることが苦手な俺だが、必要な強制というものが確実に存在するのは理解している。それに俺が今住んでいる日本は世界の中でも比較的徹底された管理社会。到底逃げられるものじゃない。


「......分かった。俺は夏休みが明けたら魔術学校に行くということでいいんだよな?」


「もの分かりがいいようで助かるわ。それにしても、やけに順応が早いわね。あなたの境遇なら、少しぐらい不平不満を垂れても誰も文句は言わないわ。私を除いてね」


 そりゃ結構なことで。しかし、蓮華の言う通り、通常ならばここは嫌だ嫌だと駄々を捏ねる場面なのだろう。だけど何故か今はそんな気はしない。無敵って感じ。最高にハイってやつだ。


「そういったものが全く無いわけじゃない。けど、拒否権はないんだろ?」


「まあね」


 チクショウ、これが世界の選択か。


「これ以上の細かいことは私には分からないから、あとは先生や協会の人に任せるわ。ほら、治療も終わったわよ」


 彼女はそう言うと、さも一仕事終えたと言わんばかりに腰の鞘をベンチに立て掛け、俺の横に腰を掛けた。


「いろいろありがとな」


「当然のことをしたまでよ。アンタと私の仲だしね。それに......」


 そこまで言って蓮華は視線を落とし、黙り込む。そして、少し逡巡するような素振りを見せた後、顔を上げて、


「あの時は黙って消えて、その......悪かったわ」


 そっぷを向きながら、呟くようにして言った。

 当時、蓮華が突然消えてしまっておいおい泣いたものだが、蓮華も蓮華で色々思うところがあったのかもしれない。

 あいかわらず人一倍他人思いで、そして、素直じゃない。

 こういうとこは変わってないな。




◇◇◇




 その後、俺と蓮華は積もる話が山ほどあったので、しばらく幼馴染みトークに花を咲かせた。久闊を叙するとはこのことを言うのだろう。空白の時間を埋め合わせるかのように俺たちは語り尽くした。


「気付いてくれなかったのは酷いな」


「仕方ないじゃない。だって、あまりにも様変わりしていたんだから。それに......アンタ、体を鍛えてたりするの?」


「特に何かをしているわけじゃないんだな、これが」


「それにしてはなかなかいい体してるわね。むしろ過ぎるくらいよ」


 ......俺もそう思う。


 ようやく話が一段落し、彼女は慌てて立ち上がって公園内にある屋外時計を一瞥した。


 「いけない、もうすぐ協会の人が後処理をしにくるわ。今アンタがここにいるといろいろメンドクサイから、今日はここまでにしましょう。」


 そう言うと、彼女は俺を公園の出口まで追い立てていった。


「じゃあ、また明日ね」


「明日? 俺は別にかまわないけど、なんで?」


「決まってるじゃない」


 彼女は一息ついて、とんでもないことを言った。


「明日から毎日魔術の特訓するから。はい、アンタの普通の夏休み、終了。朝の5時に裏山の頂上に来なさい」


 なん......だと......

 裏山というのは俺たちが通っていた小学校の裏にある山のことである。それほど高い山ではないが、岩場や急な斜面が多く、なかなか登り応えのある山である。

 というか、朝早くに起きるの苦手なんですけど。


「当たり前でしょ。なんの予備知識もなく、丸腰で転入するわけにもいかないでしょーが。それに、私だってタダで見てあげるんだからありがたく思いなさい。そうだ、学園の人がこっちに来た時についでに見てもらいましょ。おそらく教員の誰かだと思うから。ほら、行った行った」


 彼女はシッシッと手を振って俺を追い払うと、再び公園の爆心地付近の方へと歩いて行った。


 さて、俺はこれからどうなるんだろう。

 少し憂鬱な気分になりながら歩みを進め、我が家が見えてきたところでようやく、今日、何故俺が出歩いていたのかを思い出した。


「あ、髪切るの忘れた」


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