失われた力
とある古い城の中。
俺は目の前にいる [だれか] と戦っていた。そして......その男を倒した瞬間、俺の周りは、美しい白い光に包まれていく......。
“いつも”ここで夢が終わる。
..................彼は目を覚ました。
妙な夢を繰り返し見ているせいだろう......寝相が悪く、枕から頭が落ちていた。寝癖のついた赤い髪をいじりながら身体を起こすと、彼はハンガーに掛けてあるレザー生地の服を手に取ろうとした。すると突然 頭がくらくらした。寝起きはいつもその様なものである。
しかし、何故あの夢ばかり繰り返し見るのだろうか......?
彼は、レザーズボンとレザーベストを身につけると、部屋に寂しくぽつりと置かれてあるダンベルに目をやるなり ため息をついた。
「そんな顔するなよ、俺だって好きでこうなったわけじゃない。お前なら分かるだろう?」
とは言っても、何もせずにはいられない。今の俺は、戦いの神としての恥だから。とにかく、あそこへ行けばパワーは出るだろう......。
日に日に、力は弱まってゆく......。
何かがおかしい。
俺の身に何が起きているというのか?
闘技場では、未来ある子供の神や若者の神達が技の練習をしている最中だった。
大気の神 シュウは大気を人間界へ送り込む為の練習をしていた。彼が手の平を上に向けるとその手の平の上で大気を作り出していた。風のように手の平の上で “ それ ” はくるくると回転をして大気が作られてゆくのである。
だが、それを感心している暇は無い。
カゲンは闘技場へ着くと早速、闘技場の中で人が空いているスペースに行き、念を込めて火を狙った場所に灯す技をしてみる事にした。
ひらひらと彼の目の前で枯葉が落ちて来た......。それに狙いを付けると見事に枯葉は火が灯り燃え盛る。しかし、それは一瞬のうちだった。火は直ぐに小さくなっていき地面に枯葉が落ちた..................。
すると、そこに誰かが まだ微かに火が灯っていた枯葉をわざとらしく踏みつけた。
.....一重まぶたの細い印象的な目元。その瞳の奥底に、悪の野望をもっていそうな雰囲気だった。一度見たら忘れないような顔......それなのに、誰だったか 思い出せない。
「お前の技はこんな物か。それなら、俺が戦いの神だった方が百倍ましだぜ」
嫌味たらしく男はニヤリと笑った。
「それじゃあな。せいぜい頑張りな」
またニヤリと笑ったかと思えばその男は去って行った。
ムカついたが、拳を握り締めるだけで我慢した。
「そうカリカリするな」
冷静で落ち着いた雰囲気でそう話しかけてくる声が聞こえて来た。カゲンは振り向くとそこに居たのは闘技場の見物席に座る一人の男だった。
黒髪に整った顔立ち。そこから、真面目で
冷静な人だと見るからに感じ取れる。彼は、火の神であるカゲンと対となる水を操る神である。
彼は、昔からカゲンを影で見守っている良
い奴だ。だが、カゲンは彼を知らない。
いや......思い出せなかった。
彼は笑みを浮かばせ、指でカモンの合図を
した。そしてカゲンは彼の横の席に座った。
「お前、誰なんだ?」
「カゲン、何を言っているんだ。私だよ、 パ
リアだ!」
彼は驚いた様子だった。
「頭でもぶつけたのか?」
「え、あー。いや。
俺......おかしいんです。まるで自分が自分で
ないかのような感じで......」
パリアは、黙って真剣な表情で聞いてくれ
た。
「力もどんどん弱くなってゆく......
こんなのは、俺じゃない......」
そう会話をしている間、子供達が闘技場の中にいるのが見えて二人は何気無く子供達の方を見詰めた。
少年達が数人と一人のひ弱な少年......。人間であれば7歳くらいの年だろう。ひ弱な彼の服はボロボロで身体も傷だらけだった。
「..................セト まだ勝負は終わってない」
ひ弱な彼がそう言うと少年達は、わっと笑い声を起こした。
「まだ くたばらないのかよ。
............まぁ、いい、やってやろう」
そう言ったセトは、思い切り拳で彼の頬を殴った。
「酷いな」
その光景を目の当たりにしたカゲンは呟いた。
「だが、手は出すなよ? あの子自身が望んだ勝負なのだから」
落ち着いた表情でパリアはそう言った。
少年達は笑い声を起こしていた。
彼の頬には生々しい傷が滲んでいる。それでもセトを睨みつけ、涙が入り混じった声で彼は言う。
「......虐めりゃいいよ、後で後悔するのは......お前なんだから」
「黙れ」
セトは先程と同じ頬の場所をまた拳で殴った。............彼の頬からは血が痛々しく垂れた。それでも彼の表情は変わらい。
「............いくらでも殴れよ」
その光景を目の当たりにしたカゲンに、パリアは言った。
「まぁ、結局最後に勝つのは心の強さなんだよ」
気付くとカゲンは、何も言わずひ弱な少年に見入っていた。
部屋の棚の上に置かれた一つの写真立てには、自分と彼女と思われる女性が美しい草原の上に座り笑顔で写っていた。
その隣に置かれた写真立てには、無の神や死神が修行するために造られた場所であり、水が滴った岩を積み重ねて出来た小さな美しい洞窟で父親と思われる人物が兄と思われる人物と自分の肩に手を掛けて三人仲良く写っていた。
それらの写真のお陰で家族の存在が証明されていると言ったところだろうか?
しかし、彼に分かるのはそれだけである。何故か過去の記憶が蘇らないのだ。家族の事も彼女の事も......。
「............エンデュ」
イヴは、背もたれのない椅子にうつ向いて座り込む彼の背中を見詰めながら言った。
犬神の彼は絶滅危惧種となってしまった神獣である。犬と言うよりは白い狼の様な外見だ。
過去、原因不明で暴れだした闇の精霊達の仕業で何匹もの犬神が死んだ。イヴは唯一運が良かったのである。
イヴの目には、エンデュの髪が今日は珍しくぱさついている様に見えた。
「なんだ?」
彼は、顔も上げずに答えた。
「最近の汝は冷たすぎる......あの心優しい
エンデュは何処へ行ったのだ」
「............本当の自分が分からなくなってしまった」
ずっとうつ向いている彼を、イヴはただ見詰めながらも言い続けた。
「300年前の大惨事のことを覚えているか?あの時、汝に救けられなかったら私は
あのまま死んでいたかもしれない」
イヴのその言葉を聞いた途端に彼の胸の奥底から何かが込上がってきた。
それは..................ある記憶。
その日、俺はある森にいた。その森はまさに大自然であるが、神々が通りやすい様に広い通路が一つだけ創られてあった。
その先に俺が見たものは、あまりに、残酷な光景だった。
傷だらけの、一匹の白い犬神。
しかしその犬神は、とても生きられる様な状態ではない。片方の後ろ足にはくっきりと何かの歯形が付いており、そこから大量の血が溢れだしていた。立ち上がることは非常に困難な状態である。それでも懸命に生きようとしているように見えた……。
俺は その犬神のそばへ寄るとしゃがんで言った。
「......可哀想にな。でも......もう大丈夫だ
よ。 家でゆっくり休め」
そうして、犬神を抱き上げようとする所で…………記憶は終わってしまう。
少しは記憶が蘇ったものの、あの森が何処なのか? イヴは何故ああなってしまっていたのか? 俺は全く思い出せなかった。そもそも、なぜ記憶を失っているのだろうか......?
確実に、何かがおかしい......。
ベッドルームで一晩二人は共に寄り添い寝ていた。
今朝、先に目覚めたジュノは黒い髪をいじりながらゆっくりと上半身を起こし隣でまだ眠りについているヘリオスを何気なく見詰めた。
くせ毛の茶髪で、けして整った顔とは言い難い顔立ちのその彼を見詰めながら考えていた。
どういった形でこの恋が始まっただろうか? 何故かそれを思い出す事が出来ないでいた。そんなことを何故私は忘れてしまったのだろうか?
彼女は、ベッドからゆっくりと抜け出すと身に付けていた白いキャミソールを脱ぎ 身体にフィットした形のボルドーのクロップ丈トップスに着替えて、黒スキニーのボトムスを履いた。
その後、彼女は傍に置かれてあったチェアに座りピンヒールの黒いサンダルを履くと素早く立ち上がり、メイクルームの方へと足を運んだ。
鏡を見詰めながらオレンジベージュの口紅をゆっくりと塗ると、彼を起こしに行こうと思い向きを変える。
「......おはよう、ジュノ」
いや、その必要はなかった様である。ヘリオスはメイクルームの入り口の前に立ち、こちらを見詰めながらそう言った。
「おはよう。......珍しい事もあるものね」
ゆっくりと甘い声で彼女は呟いた。
「ん、何が?」
「だってあなた、私が起こしに行かないと永遠に寝ているでしょう?」
「まぁ。............でも、 “永遠に” は大袈裟じゃないのか?」
「そうかしら」
「......俺は、いつでも起きようと思えば起きる事が出来た。だけど、君と言う美しい人に起こされると言う事は快感だったんだよ」
ヘリオスは彼女に近づき彼女の頬を優しく触りながら言う。
「だが最近は、君の魅力が分からなくなった。今日、俺が君なしでも起きる事が出来たのはそれだけの理由だ」
「ねぇ......それ、どう言う意味なの? ......私にもう飽きたとでも?」
彼女は ゆっくりとした動作でしなやかな手を彼の胸元に置き、彼の耳元で吐き息を混じらわせた口調でそう訪ねた。
「..................かもしれないな。
ねぇ、ジュノ。君は美しい......けど、あの頃の君は何処へ行ってしまったんだい?
本当に変わってしまったよ............」
そう言うと彼は、胸元に置かれたジュノの手を優しく振り払い残念そうな表情を浮かべた。
彼が言ったあの頃の君とは、闇を操る強くも美しかった彼女のことである。
そして、ヘリオスは踵を返して歩き出すと彼女の家の扉を開きここから出て行こうとした。
その後ろ姿を見詰めながら彼女は言った。
「ねぇ、ヘリオス?
今夜も仕事......頑張ってね」
ヘリオスはその声を聞くと先ほど扉を開けようとドアノブに手を当てていた手を再び動かし始め、出て行った。
その後、彼女は誰もいない寝室のベッドの上に深々と座り込んだ............。
彼女は考えていた......。
何が、いけなかったのか。
自分でも気づいていた。
闇を操る力......傷を癒す力......。
何もかもが失ってきていることを。
こんなのは私じゃない。私は変わってしまった。なぜなの……?
少しの間、考えてた......。
でも、わからない。
私はどうしてしまったの?
彼女はベッドの上でそう自分に問いかけ続けていた。