残り……数日
また、始まった。
このクラスの授業が......
全く気の合わないクラスメイトしかいないこの教室。対人恐怖症で、人間不信になってしまった私をちっとも理解しようともしない担任教師。
この学校は、どの人も......信用できなかった。
時々、本当に耐えられなくなる。
そんな時は、よく、保健室に逃げ込んだものだった。
でも、それも無意味。
逃げ込んだとしても、結局はそれで幸せになれるわけではない。
ただ、この辛い現状から逃げているだけだった。
............今までは。
キーンコーンカーンコーン......。
気が付けば、チャイムは鳴っていた。
周囲の生徒達は、部活へ向かう者か早く帰ろうとさっさと教室から出て行く帰宅部の者。いつものように、この日も、その二種類だけだった。
......私以外は。
「......理子」
背後から、とっくに聞きなれた微かな声が聞こえる。
「もう、出て来ていいよ。......誰もいないから」
振り向きながら、理子は言った。
すると、誰も座っていなかったはずの後ろの席。そこで、徐々に姿を現したのは、エンデュだった。
「凄いね。......そんな事も出来ただなんて」
理子は、絶賛をする。
「......元々はな。溶けたストーンの影響で、出来なくなってしまっていただけだ。......そんなに凄いことでもない」
冷静にエンデュは、答えた。
「そうなんだ。......って、ことは。もうストーンは大丈夫だね。それに、人間の心配もする必要はなくなったね」
「......あまいな」
そう言うと、エンデュは席から立ち上がり理子の席の傍へよった。
すると、エンデュは徐ろに口を開く。
「ストーンの力は、君のお陰でこれまで以上だ。そのストーンの力に俺は、まだついて行けていない。それに......人間の心配はする」
「......そうだよね。人間達の心配はしなくっちゃね。だって、神様だもん」
「違う」
即答で、エンデュは言った。
「え......違うって......?」
「君だ。......心配なのは、君だ、理子。
この環境下、その精神状態。俺なしで、これまでどおりスムーズに学校に登校する事が出来るとは、到底思えない」
「だ、大丈夫だよ。だって私、エンデュと出会う前から、辛くても頑張ってたんだよ?」
「......だから、心配なんだ。君がもし、俺と出会うことがなかったら、今、こうして辛くても平気な顔をする事など、出来ていただろうか?」
「っ......それは」
理子は、思わず喉が詰まった。
確かに......彼がいなければ、私はきっと今頃、孤独に押しつぶされて、苦のどん底に落ちてしまっているかもしれない。
そんな、思考が理子の頭の中を横切っていった。
「......頼むから、俺の気持ちも理解してくれ。理子」
なんだか、彼は、もの悲しげな表情を浮かべている様に見えた。
学校の帰り道、いつも通り二人は歩く。
その頃、アスファルトに埋まった小さな木の上でフェニックスは止まっていた。そして、風に涼んでいる。
ふと、その木の方向を何気なく見つめていたエンデュは、フェニックスの姿がある事に気付き、驚く。
「お、おい。降りろ......なんで、居るんだ」
そして、直ぐに冷静さを取り戻したエンデュは、小さな声で、フェニックスにそう話しかけた。
「どうかしたの? エンデュ............って..................な、な、何??」
初めて目にした火の鳥に驚くあまり、理子はパニックになる。
「落ち着いてくれ。別に悪い奴じゃない。ただ......何故、この世界へ来てしまったのか」
そう言いながら、エンデュは頭を抱えた。
すると、近辺で車を走らせている数人の人々にフェニックスの姿を見られてしまった事に彼は気づいた。
皆、驚いて興奮をし、中には写真を撮る者もいる。
「......やばい」
エンデュは、冷汗をかく。
「これって、まずい事なの?」
「まずい事大ありだ。理子......悪いが、俺はフェニックスを連れて戻るよ」
即答で彼はそう言うと、フェニックスに目を向ける。
すると、フェニックスの姿は見る見るうちに消える。
いや、本当は消えたように見せているだけだった。
「わ、分かった」
理子も、只事ではないと理解をしてそう言った。
そうして、エンデュは急いで走り去って行った。
理子は、突如姿を消したフェニックスにまたも驚く人々を呆然と見詰めた。
エンデュは、噴水広場のベンチに座るなり、噴水で水浴びをしているフェニックスを見ては、ため息をつく。
「はぁ......。人懐っこい事は、時には危機にさらされる事もあると、君は、親から教わらなかったのか? ......もしかしたら、人間のせいで君が、そうして水浴びをすることすら出来なくなってしまうかもしれないんだぞ? ......まったく、呑気なものだな」
すると、フェニックスは愛らしいクリクリの目でこちらをじっと見詰めてくる。
「......なんだ?」
エンデュは、フェニックスにそう問いたが、勿論、フェニックスはイヴのように言葉を話すことなど出来ない。
「キュルキュルキュルキュル......」
そう、ただ鳴くだけ。
「はぁ......」
思わず、ただの不死鳥相手にエンデュは、またもや、ため息をついた。
すると、フェニックスは突然、何かを見つけると飛び立って行った。
エンデュは飛び立って行った方向に目を向ける。
それは、アルだった。
結局は飼い主のことが一番好きなのだろう。
「フェニックス、人間界の風はどんなだった? ......次に行く時は、もっと用心しろ。いいな?」
アルは、こんな事は日常茶飯事であるかのような素振りで近くに飛ぶ、フェニックスにそう言った。
「......ふう」
ひと息つきながら、エンデュはベンチに横たわり昼寝をし始めた。
《待雪総合病院》
ピッピッピッピッ......
ピッ......ピッ......ピッ......
ピッ......ピッーーー............
「翔君! 翔君!!」
看護師さんの声が聞こえた気がした。
しかし、意識は遠のいて行く。
だが、電気ショック(AED)のお陰で彼はようやく目を覚ました。
ピッピッピッピッ......
心臓は正常に戻る。
医師は言った。
「そろそろ......限界かな。私も最善の手は尽くすつもりですが、恐らくは......」
「......分かりました。ありがとうございます」
重苦しい声で、翔の父親は言った。
「......」
疲れが溜まっていたせいか、完全に、エンデュは深い眠りについていた。
だが、何となくヌルっとした冷たい感触が頬に感じる。
彼は、薄らと目を開く。
「......ん?」
それは、細長い舌に鋭くギラついた瞳、鋼鉄の鱗......。
それを見た彼は、ぱっと目を開いた。
エンデュは、巨大な蛇の体を目の前にして、ようやく自体に気づいた。
「エンデュ殿。ヴィーナス様がお呼びだ」
ダは、それだけを口にする。
「君だったのか」
すると、ダは城へと向かって行く。
エンデュは眠気を払い除けて、後を追った。
城の自然が実るホールの中、二人の姿とヴィーナスの姿があった。
「遅いエンデュ」
ジュノは、彼を見るなりそう言った。
そして、エンデュは二人の元へ歩いた。
「何してたんだ?」
と、カゲン。
「......いや、その」
エンデュが、どう言おうか考えていると、ダは三人の近くへ寄り、話し出した。
「その者は、噴水広場で熟睡をしておった」
「大丈夫なの?」
そう言って、ジュノはエンデュの顔色を窺った。
「......あぁ」
それ以上の言葉は出ない。
すると、ヴィーナスは口を開いた。
「忠告をしよう。そなたらのストーンはもうじき元に戻る」
そしてダは、三人の背後へゆっくりと後ず去る。
「残り......数日っと言ったところであろう。
だが、そなたらが一番気に掛かっている事は、ストーンが溶けた原因と失われた記憶の事だろう。......残念ながら、まだだ」
三人は、期待はずれでガッカリとした表情を一瞬、浮かべた。
「しかし......」
真剣な表情で、ヴィーナスの言ったその一言に、三人の顔色が変わる。
「ダ。お前なら何かを知っているのでは、あるまいか?」
ヴィーナスは、三人の背後で密会の様子を見守るダに、そう問いた。
ヴィーナスは、ダに生まれ持った並外れの能力がある事を誰よりも知っていた。
「ヴィーナスよ。遂に私に頼るか……。
全てを教えるつもりはないぞ。しかし、一つ言えることがある」
「それは、何なんだ?」
カゲンは、振り向いてダに問いた。
「それは、悪い者ではない。......ストーンを溶かしたのには、悪意を感じぬぞ」
「っなんだよ、それ。誰々が、とかあるだろう?」
カゲンは再び、期待はずれの表情を浮かべる。
「私に言えるのはそれだけだ」
ダは、それだけを口にした。
「その者の詳細を少しは絞れたな......。ご苦労」
そう言ってヴィーナスは、真っ直ぐな目でダを見つめた。
黙ってダは、微かに頭を下げた。
「密会を終了したいところだが、一つ、そなたらに聞きたい。......セレネを見なかったか?」
「いや、見てませんけど。......エンデュ、お前ならっ」
カゲンは、そう言うとエンデュの方を見た。
「......知りません」
無感情な表情で、彼はそう言った。
セレネ......誰であったろうか?
何故かいつも、彼女の純粋に笑う表情が頭に浮かぶ。
だが、俺は思い出せない。
それに、考えるほどに、何故が胸がしめつけられる事があった。
「そうか」
ヴィーナスは、この時、心配げな表情を浮かべていた。
「何か、あったの?」
ジュノは、そのヴィーナスの様子を見て、言い出した。
「実はな......。昨日の午後から、娘が帰らない。............何処へ行ってしまったのか」
三人は、ヴィーナスが娘を心配する姿を初めて見た気がした。
絶対に、ヴィーナスはこの国を治める女王として、そのような部分を神々に見せるような事はけして無かった。
それだけ、心配するような事がここ最近に、あったのかも知れない。
三人は、ヴィーナス女王の様子に心配をしつつ、城を出て行った。
「悪いな、隼人。遅くなって」
レトロな雰囲気が魅力的な喫茶店、
《ヴュー ヴィユー》の店内。
そこで、窓の外を見詰めながらくつろぐ隼人に、カゲンは話しかけると向かいの席に座った。
この喫茶店は、数年前にオープンしたばかりの真新しい店だが、人気があとを立たず、この日は、常連客で埋め尽くされていた。
「片山さん。おかわりくれるかな?」
隼人はそう言って、鼻の下に黒髭を生やした店のオーナーを見る。
「またまた、コーヒーを飲むのかい......。お腹を壊すんじゃあないよ?」
そう言いながら、オーナーはコーヒーを素早く汲んでテーブルの上に置いた。
隼人は、コーヒーの一気飲みをした。
喉へひんやりとした感覚が伝わってゆく......。
全て飲み干すと、カップを置いて言い出した。
「そう言えば、カゲン。ストーンの様子は?」
「最高。もうじき元に戻るらしい」
穏やかな表情でカゲンは言って水を一口飲んだ。
「なら、お別れも近いね。俺達......」
しかし、隼人は寂しい表情を浮かべた。
「そうだな。でも、これからも見守るよ。お前は心配だからな、ちょっとやそっとの事で考え込み過ぎたり、疲れきってしまう事が多い......それなのに、悩みを誰にも言わないで、溜め込んでしまう癖がある。悪い癖だぞ? だから、俺は決めた。お前をこれからも神界から見守り続ける」
「それ、ありがたいって言うより、ありがた迷惑だな。だって、恥ずかしいよ。俺の気付かないところで見てるってことだろう?」
戸惑って、隼人はそう言った。
「遠慮はするな」
カゲンはそう言って、笑みを浮かべると大黒天に、パールを日本の人間界で使うお金に変えさせてもらったその、お金で隼人の分まで代金を支払うと、店を出て行った。
「隼人、お前さんの友達は何だかいい奴だな」
オーナーは、カゲンが出て行った店の扉を見つめながら言った。
そして、隼人は微笑んだ。
「ところで隼人、その、神界から見守るって言うのはどう言うっ」......
隼人はオーナーが言い終わる前に口を開き、誤魔化した。
「あ、あ〜! やばい、また、宿題出すの忘れてた」
「まったく、お前さんは......」
オーナーは、ため息混じりに言った。
危機を何とか逃れた隼人は、強ばっていた力を抜くと、再び店の扉を見詰める。
......本当に、ありがた迷惑だよ。
しかし、オーナーの言うようにそれだけいい奴なのだ。と、隼人は確信をする度、寂しい気持ちになった。




