罰と災難
また、いつもの夢を見た。
しかし突然、超がつくほど下手くそな高いラッパの音が鳴り響き、彼は目を覚ました。
彼は、突然のことに驚き飛び起きると、喧しくラッパを吹き続ける誰かに注意をしようと扉を開けた。
「うるさいぞ! 人がぐっすりと眠りについているこんな朝早くに、演奏会を開くな」
そう、注意をし終わると彼は我に返って、目の前にいるラッパを吹き続けている緑の帽子をかぶった小柄で大きな鼻が特徴的な、見ているだけでも気が抜けるような顔をした男に目をやった。
すると、男はようやく気が付きラッパを口から放すと言い出した。
「カゲン......と言ったな? 話ワ聞いた。今日一日、罰を担当するケルノ......と申す。でワ、ゔゔん!」
そうして、ケルノは胸元にしまい込んでいた巻物を取り出すとビロっと広げて読み上げ始めた。
「やあ、僕......ワケルノ。宜しくで......す。この度ワ、あな......た様にお会いできて、光栄で......す。僕ケルノワ、森......の神だ。森の神として、森での罰を担当し......てる。罰の内容ワ至って簡単。ただ、僕ケルノの頼み事を聞くことであ......る。......終ワ......り」
「な、何だって言った?」
聞き取りにくい話し方で、何を言ったのかよく分からない。
「だーから、ね。森へいくダよ」
そう言うと、ケルノは巻物を再び胸元にしまい込み、何処かへ向かい歩き始めた。カゲンはケルノのあとを追う。
しばらく着いて行くと、名も無き森の中とへ入った。辺りに人影は全くなく正に自然そのものが生きる場所であった。
大自然の中、すんと咲いた小さな花の上には美しく愛らしい花の精霊がちょこんと座っていた所、二人は気付かずに歩いて来てカゲンに踏まれそうになったところ、翼を広げて素早く飛び、再び別の花へと避難して行った。
「最近ね。この当たりに、何物かに貴重な人形草を食い荒らされるダよ。でも、それ......無いと困る。ジュノさんも......困る。闇の精霊の封印に必要な貴重な材料。だから無いと......困る。カゲン、手伝え。探して......採りに行くダ」
「人形草を見つけるのは簡単か?」
「見つける事ワ、そりゃあ簡単よ。けんども、見つけて採るとその人間草を餌とする何物かに攻撃をされて奪われる。それが現実。だから、僕ケルノも手に負えない。だから、カゲン手伝うダよ」
「そそそ、そうなのか......」
怯えた口調でそう言いながら、カゲンはケルノと共に名も無き森の奥深くまで歩いて行く。
「なぁ、ケルノ。その何物って言うのは誰なんだ?」
「凶暴な森の精霊ダよ。優しい森の精霊もいる。でも、人形草を食うのは凶暴な方だけ」
少し歩いた所、ケルノはしゃがみ込み、まさに人の形をした草を採った。
「これ、精霊に見つからない様に用心するダ。じゃないと僕らは終わり」
「んな訳、ないだろう。ケルノ、大丈夫だ。戦いの神の俺がいれば何も起きやしないだろう」
そう言った矢先、例の奴らが大量に牙を向けてやって来た。
体はもちろん小さくて可愛らしい。しかしながら、この森の精霊達には鋭い牙がある。その牙を使って人形草を食い荒らすのだろう。そう思うと、この小さな精霊でもおぞましいものである。
「何だよ。こんな、小さくて可愛い子達じゃないか......」
「よく言うものダ。油断してたら殺される。逃げるダよ」
そう言って、ケルノは猛ダッシュで逃げて行った。彼は見かけによらず、足が異常な程に早かった。
「......ん?」
ふと、左手首に軽く痛みを感じた。見ると森の精霊が、その鋭い牙でカゲンの手首を噛み締めていた。カゲンが右手で払いのけると、直ぐに精霊は離れていった。
「こんな事で、猛ダッシュで逃げる事なのか?」
そう、つい呟いていると、森の精霊達はこちらを目掛けて大量にやって来る。
「こいつは、きりが無い......」
そう言ってカゲンも逃げ出した。
逃げ惑っていたところ、見覚えのある神が見えた。金髪に、恐ろしいほどに整った顔立ち......あれは、エンデュだ。
彼が、森の精霊達の前に立ちはだかると、精霊達の牙は見る見るうちに消えていった。
すると、エンデュに怯えたかの様に、森の精霊達は何処かへと逃げて行った。
そして、エンデュは後ろにいるカゲンの方を振り向いた。
「......だから言っただろう。この罰は、全然軽くない」
カゲンは、唖然と立ち尽くしていた。
すると、二人の元へようやくケルノは戻って来た。
「エンデュさん、やっぱ凄い。......おや?」
そう言うと、ケルノはカゲンの左手首のきっかりと付いた歯形を目にした。
「これはいかん。早くに町へ戻り、手当をし無ければ。このままだとカゲンは死ぬ。凶暴な森の精霊の牙は毒。だから、ほっとくと死ぬダ」
「何?」
エンデュは焦った口調で言った。
そうして、三人は踵を返して町へと向かう。
花の精霊はその頃、鈴蘭の花の上でちょこんと座ったまま居眠りをしていた。
その姿は何とも愛らしいものだが、丁度そこに、足元にいる小さな精霊の存在に気付かず、こちらへ三人は向かって来ていた。
カゲンに再び踏み付けられそうになり、精霊は翼を広げて一目散に飛んで行き、またもや別の花へと避難した。
そうして、花の精霊はぷっくりと頬を膨らませて顔を真っ赤に染めた。
その姿もまた、愛らしいものだが、本人は恐らく本気で怒っているのだろう......。
そうして、森から抜け出した三人は無事、その後は何事もなく町へと戻った。
エンデュの家へ三人は行き、二人係でカゲンを手当していた。
「カゲン、じっとしていろ。もう少しで終わる......」
エンデュはカゲンの左腕を抑え、ケルノは特製の真っ青な塗り薬を容器から素手ですくい出すと、くっきりと歯形が付いた傷口に塗ろうとした。
「ちょっと、待ってくれよ」
カゲンは、怯えてケルノの手を止めた。
正体の知れない、青々とした色の塗り薬が恐ろしい。
「もう少しで終わる。カゲンワ我慢する」
そう言って、ケルノは再び傷口に塗ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。エ、エンデュ、ジュノは?」
「ジュノは今朝、ライト•ノーノに会いにアネモイ国へ向かった」
「こんな時に、何だよ......」
その瞬間、純情じゃないヒリヒリとした痛みが走った。見ると、ケルノは薬を傷口に塗り付けていた。
「いー、いっ......」
カゲンは、聞き苦しい声をつい漏らした。
そして、ケルノは包帯をぐるぐる巻き付けた。
「今日ワ安静にしてろ。罰ワ明日も続く」
「何で......人形草は手に入れただろう?」
「取られてしまったダよ。森の精霊に......。また明日頼みます。でないと、僕ケルノ困る。でないと、ジュノさん困る」
「わ、分かってるよ」
ケルノは、用がすむと出て行った。
カゲンは、ケルノが出て行ったその扉を見詰めてため息をつく。
「気が重たいねぇ......」
「......仕方が無い、アムールの為だと思え」
エンデュは、出来る限り気を使ったつもりでそう言った。
昼寝をしていたイヴは、起き上がるとカゲンに近づき、心配そうな顔を浮かべた。
..................しばらくたった頃。
突然、扉の開く音が聞こえて二人とイヴは振り向いた。
それは、ジュノだった。彼女は疲れ切った顔を浮かべて、二人を見る。
ところが、問題があった。それは、彼女の両手。どういう訳か、その両手は鏡と化していた。その両手を奇妙に見詰める二人とイヴの姿がはっきりと映り込んでいる。
「どうした? その......手」
すると、ジュノは不機嫌な顔を浮かべて即座に言った。
「あなたに言われたくないわね。あなたこそ、その腕......どうしたの? 罰で、何かあったとか?」
そうするとジュノは、相当疲れていたのか即座にエンデュの冷えきったベッドの上に座り、力を抜いた。
すると、エンデュは口を開いた。
「あぁ。人形草を採りに手伝う事が罰だった様だ。だが......その人形草を餌とする森の精霊達が押し寄せて来て、この有様だ。........................俺は、ヴィーナスにカゲンの居場所を聞き付けて名も無き森へ向かったが、既に......この状態だった。......まったく」
「その精霊の牙には毒があるのよ。知っていた?」
「いや......」
そうして、カゲンはジュノの両手を再び見詰めると言う。
「ジュノ。本当に、それ、どうしたんだよ」
すると、ずっとジュノの両手を見詰めていたイヴは呟いた。
「......今日は、色々な事が起こる」
「あぁ。全くだ、お前も君も..........................................ったく」
エンデュは、二人を交互に見ながら言った。
「私じゃなく、ライト•ノーノに言ってよね。元はと言えば......そう! ライト•ノーノのせいよ」
興奮気味でジュノはそう言った。
「ちょっと待て、ライト•ノーノ先生は偉大なる光の力を秘めた神だ。その、ライト•ノーノ先生を罵倒する様な言い方じゃないか。ジュノ」
「分かった。説明すればいいのよね。そうすれば、あなただって理解するでしょ?」
ジュノは、エンデュの切れ長の目を見詰めながらそう言って事を語り始めた......。
《 アネモイ国•アネモイ学校 》
巨大な岩にそう彫り込められた先にある校内。そこでは、未来ある若者の神々が授業中であった。この時、丁度ライト•ノーノ先生は暇な時間だった。......っと言うより、暇を取るようにしていたと言えば正しいだろう。
「チミの為にわざわざ授業をお休みしたのだ。だから、チミには、しっかりと知識と技を身につけてもらうですね。良いねー」
ライト•ノーノは明るい茶髪に丸メガネが特徴的な先生だった。
「え、あ、はい。良いです」
「光からの防御についての基本はチミもアムール国•フィーリア学校で習ったね?」
ジュノは頷いた。
「ではでは、君の反対能力の光の力を持つ神から身を守る、もっと確実に身を守れる上級の技を教えますね。つまりは、死に追いやられそうになった時の対処法。ではでは、始めるね?」
すると、ライト•ノーノは二つの小さな石をお洒落なオレンジ色のジャケットのポケットから取り出した。
一つは、ライト•ノーノが自らの力を使い、単なる石に光を宿した物。その石は、美しい光で煌びやかに輝きを放っていた。
もう一つの石には、アネモイ学校で闇について教えているJ•ダーク先生が自らの力を使い闇を宿した物である。この石は、何とも怪しげに紫色のオーラが輝きを放っていた。
「私がこの、光が宿った石の力で闇が宿
った石に光を放つとどうなるか」
そう言ってライト•ノーノは、右手に持つ光の宿る石を左手に持つ闇の宿る石へ自らの力で操り、光の石は丸で闇の石にスポットライトを照らし当てるかのように光を照らした。すると、見る見るうちに闇の石は砕けちった。
「このように、砕けちった。ではでは、こうならない為にもチミにはこれを使ってもらうね」
そう言って、オレンジ色のジャケットから再び取り出した物は小さな細長い瓶に入った鏡とでも言えようか?とにかく、それは鏡の様にその瓶を見詰めている自分が移り込んでいた、何とも不可思議な粉である。
「鏡粉」
「か......がみ粉」
「そう、鏡粉ね。これをチミは飲み込んでね」
そう言って、ライト•ノーノはジュノに瓶を手渡した。
そうして、瓶の蓋を開けてジュノは一気に鏡粉を飲み干した。
「あ〜......。全部......。ま、まぁ、大した支障はないでしょう。では、始めるね。さっき、石でやった同じ事ね。これ、飲んだのなら跳ね返せるから大丈夫ですね」
そう言うと、ライト•ノーノはオレンジ色のジャケットから今度は小さな剣を取り出し、安全のため、前には向けず横に向けた状態で力を使うと剣から光が放たれ、ジュノにスポットライトを照らした。
それが、何も無い地面に跳ね返る。すると今度は、何も変哲もない木に光はぶつかり、丁度反対にあった木にぶつかった。
ライト•ノーノは、素早く無意識的に力を使うと光は消え去った。
ジュノは、この時自分の異変に気がついた。指先全体から徐々に、手は鏡の様に、その手を怯えた顔で見詰める自分自身を映し出していた。
「.......................................................................................キャー!!!!」
ジュノはこれまでに無い叫びを上げた。
その声は、校内で授業中の生徒達にも届いた。気ずつとアネモイ学校の生徒達は野次馬の様な状態で窓からジュノを見詰めては皆、笑っていた。
「この粉にはね、飲み過ぎると体の一部が鏡になっちゃう何とも不可思議な副作用があるのですね。......でもチミはまだ、ましな方だね。昔、もっとがぶ飲みをした私の生徒は全身鏡になっちゃって、10年たつとようやく元の姿に戻ったのですね」
「嫌、こんな手、嫌! この手、直して下さいよ」
「私に言われましてもね......。ではでは、試しにやってみましょうか」
そう言うと、ライト•ノーノは力を試しに使った。
すると、今度は後ろの首筋の部分が鏡と化してしまった。
教室から覗く生徒達は、またもや笑いを起こす。
「どうしてくれるのよ。ライト•ノーノ!」
つい、彼女は呼び捨てをしてそう言ってしまった。
「ま、まずは、アムール国へ戻り、その後は医学の神にでも見てもらうといいですね。では、私はこれにて失礼します。次の授業がありますからね。生徒達はこの私を今か今かと待っていますからね」
そう言って、ライト•ノーノは逃げるように校内へ行ってしまった。
丁度、そこで次の授業が始まるチャイムが鳴り響いた。
生徒達は、窓から離れて何事もなかったかのような表情で皆、再び着席をした。
ジュノは、自分の両手を目の前で見詰めては自分自身が移り込むこの鏡の手に腹を立てる。
「飲みすぎがいけないなら、どうしてもっと早くに教えてくれなかったのよ! ......ライト•ノーノ!」
誰もいない学校の外で独り言を言っていた所、誰かに肩を優しく叩かれ声をかけられた。
「ジュノ......だね?」
振り向くと、それはアネモイ国の王、ゼファーだった。
風を操る神あるだけに、清潔感のある外見であった。
爽やかな顔立ちに、綺麗に仕込まれたような清潔感ある服装......。
ヴィーナスとの仲が良い為、時々アムールでも見かけた事がある。
「ゼ、ゼファー国王......」
「久しぶりだな。君と前にあったのは、ほんの少女だった時だったな。ジュノ、君とカゲン、エンデュは大切な記憶が原因不明で消されているようなんだ。ヴィーナスのお陰で私も発見出来た事だが......。君の家族や母国の神々は皆、闇を操る力を持つ神なんだ。けれども、君は彼らに恐れられていた。その事を、覚えているかい?」
「......いいえ。何も、覚えていません」
「そうか......。何故ならば、君は恐れられる程、闇の力の能力が凄まじく強かった。それは、素晴らしい事だ。けれども、闇の一族達は恐れるだけだった。哀れに思い、ある若者が君を助けてアムール国へ送ったのだよ。その名は、確か......うーん、サニーだったか、さっきーだったか......」
「そんな大切なことを、私は思い出す事が出来ないだなんて......」
「あ、でもきっと思い出す事が出来る時は来ると私は信じている。君も信じ続ける事が大切だよ?」
「そうですね、ありがとうございます。ゼファー国王」
「はははっ。......そう言えば知っているかい? このアネモイ国はアムール国と負けないくらいに平和大国だと。違いは一つだけあるがな。アネモイは、風が吹き続ける美しい自然が生きる国。アムールは、愛に溢れた国。どちらも、それぞれ素晴らしい国だよ、まったく。君もそう、思わんかね?」
「えぇ、そうね。......そうですね」
つい、いつもの癖で国王の前であるのにタメ口をしてしまったジュノは、敬語に言い直した。
「はははっ。敬語が苦手なら、初めにそう言ってくれたまえ。苦手ならば無理に使わんで良いぞ? ジュノちゃん」
「なら、分かったわ。......ふふっ」
思わず、笑ってしまった。
「では、後は真っ直ぐに行けばいいだけだよ。私はここで見送ろう」
「ありがとうゼファー、さようなら。機会があったら、また行くわ。今度は、勉強じゃなくて遊びに。......もう、こうなるのはごめんだわ」
そう言いながら、ジュノは自分の鏡と化した両手をゼファーに見せつけてから踵を返してアムール国へ向かって歩き出した。
「いい子だなぁ......。可愛いし......」
ゼファーは、ジュノの後ろ姿を見詰めながら呟いた。
「......って、訳で」
「自業自得だ。それを君は事をあろうに全てを、ライト•ノーノ先生のせいにした」
「でも......エンデュ、事前に鏡粉の副作用を説明しなかったライト•ノーノも悪いだろう?」
「その通りだ、エンデュ。過去にライト•ノーノ先生が恩師だった事は私も知っている。しかし、今度のことはライト•ノーノ先生にも罪があるだろう」
「..................確かに......そうだな」
すると、ジュノは微笑んで言った。
「......分かってくれて、よかった」
............グゥ〜〜。
大きな音が突然、鳴り響く。何の音かと思うと、カゲンは言い出した。
「腹減った......。腹減って死にそうだ」
「私も......」
「ウカノミタマ行こうぜ?」
「バカ言うな。カゲン、その......みっともない包帯を巻き付けた腕で、両手と後ろ首筋が鏡と化したジュノと一緒にあの、高級店へ行くだと? ......おぞましい事を言うな。 ピンクブラッドにしよう。あそこなら、そこまで目立つ事は無かろう 」
「えー。あそこの店、評判悪いじゃんか。料理はまずいし、レアは客の扱いに荒すぎるし......」
「仕方がないじゃない。......本当に子供何だから」
そうして、ジュノとエンデュは料理店へと向かうため素早く支度をする。
「......」
それを黙って見つめるカゲン。その彼の隣には、いい子にお座りをしているイヴがいる。
「そうだ、エンデュ......」
「ん?」
「このシャツ、借りてもいいかしら? ......服、汚しちゃって」
そう言ってジュノは、ベッドの端に綺麗に折りたたまれて置かれてあった白シャツを手に取った。
「あぁ」
ジュノは、少しだけ汚してしまった上着を着替えようとゆっくりと脱ぎ始める。
豊満な胸が大分見えてくる所で、それを間近に目の前で見ていたカゲンは口を開いた。
「凄い......。見てもいいの?」
「っ」
顔を真っ赤にした彼女は、しまったと思った。
色々あって、疲れきっていた彼女は、目の前にいたカゲンの事をすっかり忘れてしまっていた。
「だ、駄目に、決まってるじゃない」
そう言って、後ろに体を向かせるとエンデュから借りたシャツに着替えた。
「なーにをやっている。......まったく」
エンデュは、一人呟くと先へ出て行った。
それでも、椅子に座るカゲンにジュノは言った。
「....分かった。あなたの今夜の晩食はパリパリロッテンフィンガーチップスね。
......それも......食べかけの」
そう言ってジュノは、小さな白いテーブルの上に置かれてある、エンデュの食べかけのパリパリロッテンフィンガーチップスに目を向けてから、彼女はエンデュの後を追うように出て行った。
「そんな......。い......行く......行くよ」
そう、ブツブツと言いながら立ち上がるとイヴの白いフサフサの体を撫でた。
イヴは気持ち良さそうな表情をする。そうすると、カゲンはイヴに相槌をしてから二人を追った。
真っ赤に染められた奇抜なレストランには、ピンクブラッドと派手に書かれてあった。
窓際の席に三人は座る。
テーブルの上には、決して美味しそうには見えない食べ物がいくつか並ぶ......。
エンデュは、目の前に座っている左手首に包帯を巻いているカゲンと手が鏡と化しているジュノを一人一人、何も言わずに見詰めは、ため息をつく。
「............はぁ」
「おい、ハーブ抜きって言ったろ? 言っただろう?」
一人の客は、ここで働く大地の女神、レアに文句を言う。
レアは客に荒いが、顔はそう悪くない。
ほりの深い顔立ちで、ゴールド系の茶髪がよく栄えていた。
「悪かったわね」
「何だぁ? その態度は」
しかし、彼女は一々気にせずに他のお客様の注文の品を運んで行き、一つの品を丸いテーブルの上に置く。
ようやく暇になった所で、あの噂の三人が座る丸いテーブルの方へと歩いて行く。
カゲンの左手首とジュノの両手を見て言った。
「何があったか知らないけど、あんたら、結構目立ってるよ?」
「色々、あったんだよ......」
カゲンは、そう言った。
「って言うか......久しぶりじゃないか、カゲン。何でこんなどう仕様も無い店選んだの? 隣のウカノミタマの方がよっぽど美味しいのに......」
「レア。ウカノミタマは、高級店よ? そんな店に、こんな手で入れって言うの? ..................冗談じゃないわ」
ジュノはそう言うと、やけになって炎のパスタを一気に食べ出した。
炎のパスタは、その名の通り、炎がメラメ
ラと灯ったパスタである。
この店の看板メニューだが、神々は皆、焦げ過ぎたパスタがまず過ぎると声を揃えて言っている。
「なるほど......ね」
レアは、呟いた。
「......っん!」
ジュノは、気持ち悪そうな顔を浮かべて、その鏡の手で口を押さえ込んだ。
「ジュノ、どうした......」
エンデュは、言った。
そうしてジュノは、慌てたようにトイレへ駆け込んで行った......。
「ジュノ......大丈夫かな?」
カゲンは、エンデュの方を見て言った。
「......レア。君の店は一体どうなっている。吐き気がする程まずい料理を客に平気に出すとは....君は、一体何を考えている」
「何よ、バイトをしているだけの私に言わないで頂戴」
「......」
しかし、エンデュは黙ってレアのことを見る。
「っあ......。でも、そんなに見つめられちゃうと......」
そう言って、レアは顔を赤くした。
エンデュはカゲンに顔を向き直し、言う。
「......ジュノが戻り次第、ここを出よう」
「......うんうんうんうん。これ、変な味だけど意外と行けるなぁ......」
しかし、カゲンは炎のパスタをバクバクと食べていた。
「おい」
エンデュは思わずツッコミを入れた。
物を吐き出し終え、トイレを流した。
こんなにも、気分が悪くなる料理は初めてだ──数秒、頭を抱え込んでいたが、おもむろに彼女は立ち上がり、トイレの個室を出た。
そうして、寂れた蛇口に触れる。しかし、相当寂れているようで、どんなに力を込めて回そうとも、水は出ない。
ギーッ......ギーッ。
そう、ただ、聞き苦しい蛇口の音をひねる音が女子トイレ中に響きわたっているだけだった。
「ひひひひひ......見てよ、あれ。......ひひひひひ」
「本当だ! ......あっははは。何あの、首。......あっははは」
背後で、二人の子供がジュノを見ては、笑っていた。
それは、蛇口から水を出すことに力を注ぐ姿を見て、笑っているわけではない様だ。
ジュノの後ろ首筋から自分達の姿が移りこんでいるのだから。
ジュノが少し動く耽美に動く黒髪から、ちらりと見える鏡の首筋......。
子供達にとって、こんなにも面白いことはまたとない。
しかし、それよりもジュノは蛇口から水を出すことに苦戦していた。手は、じんわり真っ赤に染まり、痛みが走る。
やっとの思いで、もう一ねじりしたところ、蛇口から水が出て来て、ほっとしたジュノは、力を抜き出て来た水をぼんやり、見詰めた。
この水は......色がおかしい。
泥が入り交じった様な汚らしい茶色だった。ヘドロのような、具合の悪くなるツンとした香りも漂って来る。
全く、今まで苦労して頑張って蛇口をひねっていた自分は一体何だったのか......?
そう考えながら、ジュノは蛇口を閉めると、こちらをニタニタを見てくる子供達を押しのけて、トイレから抜け出した。
「......行こう」
エンデュは、だるそうなジュノがトイレから出て来るのを見るなりそういった。
そうして、二人は立ち上がる。
エンデュはジュノの背中に優しく手を触れながら、店を出た。
「カゲン」
背後から聞こえたレアの声の方へ、カゲンは振り向いた。
「次に会う時は、月夜のしたで......ホットな夜に......なりましょう?」
「お前と? ......それは、ないよ」
そう言ってカゲンは二人の後を歩き、店を出て行った。
「でも、色んな意味でお似合いよ」
ジュノは一言付け加えた。




