※この文芸部は仲良しです
「才能がないね」
私の新しく執筆したスペクタクルでパラノイアなライトノベルは部長のそんな無碍な一言で切り捨てられた。
「そんなあ、よく読んでくださいよ。ヒロインの中学生、ミカコがドラッグとセックスとスカトロジーに目覚めて、愛と勇気の魔法少女に変身するところなんて実に噴飯ものじゃないですか!」
涙ながらに愛する我が子の注目すべきポインツを説明する。もっとこの子のいいところを見てやったらどうですかね?
「よくもまあこの状況でそのセールストークを私に披露できたな…!」
わなわなと肩を震わせて印刷した百ページ強のA4コピー用紙を握力だけでぐしゃぐしゃにする赤嶺鈴部長。眼鏡が知的なご尊顔も、この時ばかりは赤かぶのような色合いを避けては通れないようだ。つまりどういうことかというと、このままだと私の肉体的な命がやべえってこと。生きねば。
「いいか、大庭!お前の感性はな!ズレに!ズレて!ズレまくっているんだよ!どこの世界にドラッグとセックスとスカトロジーでこの世の人々を幸せにする魔法少女を堂々と売り込んでくる女子高校生がいるっていうんだ!ああん!」
「I’m here.」
「そうだったわ!それ!他ならぬお前のことだったわ!ぬはは!リンちゃん失敗失敗!」
ついに発狂の際に立たされた部長。文化祭間際になっても一向に使える原稿を提出してきやがらない唯一の文芸部員がもたらすストレスによって充血し赤みを三倍増しにした眼球とは裏腹に、文化祭間際になっても一向に使える原稿を提出してきやがらない唯一の文芸部員がもたらすストレスによって急激に低下した血流量のためにくっきりとその姿を現した真っ青なクマが恐ろしく痛ましい。一体誰がこんなことを…!人間のすることじゃねえよ…!
そしてそのまま蹌踉とした足取りで窓際に向かい、ガラガラと昔ながらのアルミサッシを開ける音。何かな?急に外の空気が吸いたくなったのかな?それとも、部室棟に面した校庭にワンちゃんが入り込んじゃったのな?それとも、身投げかな?それぞれの選択肢をA,B,Cで考えてみよう!いやもう、部長窓枠に足かけちゃってるしね。ほぼ答えは確定なんだけどもね。Cっぽいんだけどもね。あの、そこを棺桶の縁へと精神的なリフォームしないでくれます?
「ちょっと違うダイバージェンスの世界線行ってくるわ」
「あ、ちょっと…」
そう言い残して、部長は飛び立った。いや、マジで。ここ三階なのに。せめて蝋で固めた羽根くらいは装備していった方がよかったのでは…?私にはそう思えてならない。
取りあえず窓際によってみる。人肉ミンチはみたくないなあ…と心の女の子な部分で考えながら下をのぞき込むと、案に相違してそこにはあとは固めて焼くだけ的な夕食の強い味方を想起させるアレは転がってらっしゃらなかった。
「あれ…?部長…?まさかタイムスリープ…?」
あなたとすごしーたひーびをー。
「それを…言うなら…タイムリープだ…馬鹿…」
手を掛けた窓枠のすぐ下から、いわれのない雑言が飛んできた。部長と過ごした騒がしくも鬱陶しい日々をこの胸に焼き付けかけていたところなんですが。あの、出るとこでますよ?
「何ぼーっとみてるんだ…、早く助けてくれよう…」
よく見ると、それは無課金装備以下の準備で大空へ飛び立っていったはずの部長その人であった。はっはーん、さては宙を舞う直前で我に返っちゃってあわてて身を翻して窓枠に捕まったんですね?どう、この現実を一部の隙も無く説明しきっちゃう感じ。見事な洞察力としか言いようがない。
「早くぅ…。もう指が限界なんだよう…」
その言葉の通り、窓枠にかけた指がもう凄まじいマグニチュード。筋力限界と命を守ろうとする本能がせめぎ合ってのこのプルプル。嫌いじゃないぜ。しかし…。
「あなた、本当に部長ですか?」
「へ?」
部長(仮)が本当に何言ってんの何をほざいてんの何を考えてんの何を知りたがっているのあのご趣味はなんですかええお茶を少々ははは僕はもっぱらゲームですよしかもエロいやつまあ素敵ですね死ねよみたいな顔でこちらを見てくる。しかし、ここは伝統ある郡山高校文芸部の一部員としてはっきりさせておかなければならないのだ。部外者を部室にいれちゃあいかん。これ、部活動の基本ね。今後の人生にも役立ってくると思う。
「なんていうか、こう、あれですね。部長に寄せきれてない。そんな気がする」
「あんたねえ…、こんな時にもふざけないでよ…命が…かかってんだから…」
「だまらっしゃい!!」
だまらっしゃい!!
「だまらっしゃい?!」
「ほんとの部長はですね、そんな涙を浮かべながら命を助けてくれって懇願するような人じゃあないんですよ。もうね、潔さは弁慶レベル。仁王立ちのまま絶命とか辞さなかった」
「私がいつあんたの前で凄絶な最後を遂げたのよ!!というかこのままだと間違いなく遂げるの!助けてってば!!」
「じゃあ、あなたが本当の部長であることを証明してください」
「ど、どうやって…?」
私の提案に相変わらず半泣きながらも食いついてくる部長(株)。こやつめ、希望の光をその目に湛えおったな。しかし、命のやり取りはまだ続くぜ。…ぞくぞくするね。
「先ほど私が本物の部長に提出した小説があるんですがね?内容とかって言えます?」
「そ、それなら…ドラッグと…セックスと、スカトロジーに目覚めた女子中学生が…魔法少女に…なる話…」
「そう、それです。よくできました」
にっこりとほほ笑む私。スーパーひとしくん謹呈!持ってねえけどな。
「そ、それがどうしたっていうのよ…」
「その作品をですね…」
にこにこにっこり。
「次の文化祭に出す文芸誌に無条件で載せて頂くということでどうでしょうか?」
「あ、あんたねえ…、色々とわけわかんないこと言っていたのはこのために…」
「いえ、部長が偽物であるという可能性は捨てていませんよ。ただ、雑誌の発刊まで行える人物が新しく来るのであれば、もう本物の部長とかいらねくね?みたいな?」
「あまりにも…ひどい」
「で?どうします?この条件、呑みますか…」
ふと見ると、命のせめぎ合いによっておこる振動、すなわちライフキープバイブレーションを絶え間なく生起させているその指先もそろそろ限界のようだ。折れるッ!こいつはもう折れるッ!
「わ…、」
「わ……?」
ワークライフバランス?
「わかったわよ!その条件を呑むわよ!だから助けてええぇぇえッ!」
この女、堕ちたッ!物理的な話ではない。
「了解です、部長」
…結局私の細腕によってむんずと引き上げられた部長は、律儀にも私の要求を実現してくれた。なんだかんだで会誌のページも埋まり、これってWinWinなんじゃないかな?私、最初からここら辺狙ってたところあるから。
しかし、文化祭当日、実際に会誌を手に取ったOB達からは何故か貴重な灼熱のご意見が大噴火。突き上げられて精神的成層圏に吹き飛んだ部長は、胃に風穴を空けて吐血したらしい。最猛勝には気を付けて下さいね。
文化祭終了二日後の昼休み、トイレに行ったら、丁度吐血直後と思しき部長と鉢合わせた。口の周りが黒ずんだ赤で彩られている。トマトジュースと墨汁をしどけなくがぶ飲みしたら丁度あんな感じになりそうだ。…はッ、部長の名誉が危ない!
「部長ッ!」
「あ、大庭…。何?何の用?」
二人きりの部員と部長が女子トイレというキャッキャウフフスポットで刻の邂逅を果たしたというのに、ずいぶんとつれない態度である。
「いえ、大した用事ではないんですが、気を付けて下さいね」
「あんたの存在以上に私がこの学校で気を付けなきゃいけないもんなんて、ないでしょうが…。あ、放課後は余った会誌をどう処理するかの会議するからね。出席するよーに…」
フランフランスイスフラン大暴騰投資家大爆死ってな具合で女子トイレを後にする、我がリンちゃん部長。あんな目にあっても、私を一応部員として認めてくれているようだ。
「部長~~!」
だから、何となく大きな声で呼び止めてみた。
「ああん?」
振り返る部長。相変わらず目の下がどす黒いなあ。
そんな部長に、ニコニコ笑顔でこう告げる。
「気を付けて下さいねっ」