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自分の好きなジャンルがごちゃ混ぜになってます。
週一予定の不定期更新ですがどうぞよろしくお願いします。
悠一は寝苦しさを感じて目が覚めた。憎むべき目覚ましの針は零時を指している。
小腹が空くのを感じて戸棚を漁るとマシュマロを一袋発見した。甘党の父のものだろう。悠一は父親の健康を慮ってマシュマロを処分することにした。
悠一の父親は連日博物館の建設や何やらでなかなか家に帰って来ず、寝つきの良い母親はその身に危険が及ばない限り夢の中でよろしくやっているだろう。
悠一は昨日の新聞紙と非常用のライター、数本の針金、軍手をナップザックにマシュマロの袋と一緒に詰め、できるだけ音を立てずに家を出た。自転車を開錠し、浜辺を目指す。
夏の夜風が頬に触れる。空を見上げれば星が瞬いていた。
学校の授業によれば昔は街は輝かんばかりに明るく、星空を消しとばしていたらしい。
「こんなにキレイなのに昔の人はもったいないよなぁ」
この夏で九歳になる少年には深夜の外出はちょっとした冒険である。知らず知らずのうちに口笛を吹いていた。父親の影響で聞いていたクラシックの曲だ。
悠一には曲の素晴らしはわからないが世界を襲った災害よりずっと昔から――今もなお聞かれ続けているクラシックは素直に凄いと思っている。
浜辺に着くと自転車を砂浜まで押し歩いた。静かな波の音と潮の匂いが原初の懐かしさを感じさせる。
悠一はナップザックから新聞紙を取り出し数枚を絞った。それと同じものをいくつか作り、ライターで火をつける。
余った新聞紙はその場に敷いてござの代わりにする。マシュマロを刺した針金を火の周りに立てた。
念のために軍手を装着し、溶けてかかったマシュマロの刺さった針金を手に取る。
「あっち!」
熱さにひるんで口を離す。息を吹きかけて食べられる頃合いを見計らう。
「おいひぃ」
溶けたマシュマロは炙られて甘さを増しており、それが口の中に広がった。
学校での友人たちはマシュマロよりスナック菓子を好んだ。悠一もて母親の機嫌が良いときはスナック菓子を買ってもらうが深夜のマシュマロは特別な味なのだ。
「ベトつくのは確かだけど」
悠一が二本目に取りかかろうと手を伸ばすと海から波の音に交じって異質な音が聞えた。
深夜の遊泳は禁止されているし、カップルが好みそうな岩場もこの付近にはない。
悠一は熱したマシュマロを武器代わりに持ち、音の方に近づく。悠一が逃げ出さなかったのはホラー映画を観た経験が少なかったからだ。
波打ち際に近づくと星明りの下にワカメのお化けが立っていた。頭から腰あたりまでウェーブがかった黒い何かが伸びている。
「うひゃあっ!」
悠一は驚いて尻もちをついた。目の前の光景は確かに心臓に悪い絵面であった。
砂浜の上で固まった悠一の耳に目の前のお化けがぶつぶつと呟くのが聞えた。
「っかく……来たのに……るなんて。……魔に……たけど……なんて……」
お化けは独り言を終えて顔を上げると目の前の悠一に気づいたようだ。
「……」
「……。あの……マシュマロ食べる?」
悠一はドロドロの状態で固まったマシュマロを差し出す。数秒間の沈黙後、お化けが口を開いた。
「……いただくわ。……激甘っ!」
お化けが予想外のリアクションを起こした。
「キミ、よくこんな甘いものが食べられるね。それともこの国の人はみんなそうなの?」
「いや、クラスの友達にも同じことを言われたよ。おじいちゃんの先生に薦めたら糖尿病だったらしくって怒られちゃった」
「変な人ね……」
「それってボクが? それえともみんなが?」
悠一の質問は黙殺された。
「喉が渇いたんだけど、この辺りに買い物できるところってない?」
「水道水で良ければ浜の向こうにあるよ」
「冗談。生水なんて飲めないよ」
悠一は最近のお化けは箱入りなのだろうかと疑った。
「なら、うちに来る?」
「……どうしてそうなるの。ホントキミって変な奴ね」
「ボクなんて普通だ……よ……」
「なに? どうしたの?」
ウェーブのかかった髪をかき上げるとお化けは少女に変身した。
少女の年齢は悠一とそう変わらないだろう。もしかしたら同い年かもしれない。
少女は異国の顔立ちをしていた。目はぱっちりと大きく、肌は陽に焼けたような褐色の輝きを放っている。髪とワンピースの服は海水で濡れ、未成熟な身体のラインを浮き彫りにしていた。どことなく南国をイメージさせる少女だ。
「おーい。ハロー?」
少女が悠一の顔の前で手を振る。悠一は目を奪われたことを自覚していた。
「いや、大丈夫。日本語上手だね」
「そう? ありがと。保護者が色んな国の言葉を話せると、預かられている私としては対抗心が生まれるのよ」
「へぇー」
「あ、なにその気のない返事」
まだ小学生である悠一には海外の情勢や不法入国についてはよくわからない。
しかし、彼女のためならどんなことも頑張れる、そんな力が湧いてくるのを感じた。
「ボクは悠一。よろしく」
「ユーイチね。私はコア。私の名前、この国の言葉でおかしな意味にならない?」
「そんなことはないよ。とってもチャーミングさ」
悠一は精一杯気取ろうと、友人宅で見せてもらった映画のセリフを引用した。その映画自体は途中で友人のホログラフの奥さんに「子供に何を見せているのか!」と叱られ中断されたが。
「……ねぇ、キミってよく変な人だって言われない?」
「いいや? むしろボクの周りが変な人だらけだよ」
「……この国、大丈夫かしら……」
この時、悠一はコアを前にパニックに陥っていた。仕方ないだろう。一目惚れだったのだ。悠一は映画のセリフを実際に口にするような度胸は本来持ち合わせていない。
たき火まで戻ると悠一がコアに声を掛けた。
「ちょっと待って。今火を消すから」
悠一が砂を蹴って火を消そうとするのをコアが止めた。
コアが指を振るとその先から水が生まれる。水はネズミを捕らえる蛇のように火をかき消してしまった。
「どう? これでもまだ家に泊めてくれる?」
「いやそれはいいんだけど……新聞紙って水に濡らすとぐでんぐでんになるんだよね……ビニール袋は持ってないし……」
砂をかけて火を消せば冷めるのを待ってゴミ箱に捨てられた。そもそもコアと出会わなければ灰になるまで燃やすつもりでいたのだ。
「気にするのそっち⁉」
「あ、そういうわけではないんだよ。コアは魔法が使えるんだね。凄い」
コアが外国語で何か言う。訳せば「気を使われた上にフォローまでされた……」という意味になる。
コアがもう一度指を振るうと濡れた新聞紙は砂になって風に飛ばされていった。
悠一はツッコミの仕方も勉強したんだろうか。可愛いなぁ。と見当はずれなことを考えていた。
コアは悠一に流されるまま彼の後ろを歩く。コアには悠一に下心がないことが聞こえて(・・・・)いた。
悠一は平凡な小学生である。
誰も自分の事をわかってくれない……とは考えていないが、少しは気にかけてくれてもいいんじゃないかな? と心のどこかで思っている。
そして平凡な彼が一目惚れしたのは非日常の存在、魔法少女だった。
誤字・脱字が多々あるかもしれませんがご容赦お願いいたします。
発見しだい随時修正していく予定です。