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月を贈る

 警備員はそれでも渋っていたが、まあ、相手は僕と猫1匹なので、すぐに取り押さえられる。おまけに僕の両手は、後ろ手にしっかりと警備員に掴まれていた。

 僕らは時間が気に掛かったが、幸い、玄関の真上にある2階の広間に案内された。もしかすると、猫は予想済みだったのかもしれない。ここなら窓からグラスを差し出せば、月が向こうから入って来てくれる。

 部屋へ着いて、まず口を開いてのはご主人だ。

「君は星野の友人か?」

僕は一瞬誰のことか分からなかったが、猫がこくりと頷いたので、星野君が誰なのか理解した。

「はい。それも今晩から」

聞いて、ご主人は何か考え込んだ。

 猫に話すように促したが、どういう訳か、本当の猫のように、にゃーと鳴くばかりだ。まるで、有名な魔女のお話の黒猫みたいだ。確か女の子の魔力が弱まって、話が出来なくなるんだよな。

「やっぱり信用ならねぇです。何を企んでるんだか」

そこへ警備員が口を挟んで来た。

 目の前の大きな時計を見ると、あと5分だ。

「お願いです。月があの窓の下に来るまで、時間がありません。星野君のためにも、信じてください」

「そうやって窓から逃げるつもりだろう」と、警備員はまた余計なことを言う。ご主人は迷っていた。

 その時、扉がガチャリ、と開いた。

 現れたのは、若い女性だった。僕の顔を見て、あっと声を漏らした。

「白銀堂の店主さん」

 そう、思い出した。今日の『月』にまつわるもうひとつの出来事は。この女性が昼間、あるモノを買っていったのだ。

「この方のお店から、この器を買ったんです」

そう言って、部屋の片隅に置かれた黒い椀を手に取った。

 この器は、黒塗りの漆器で、内側の真ん中に、金粉で三日月があしらわれている。

「もし、星野さんが月を捕まえられずに帰っても、気を落とさないようにと思って。でも、必要ないみたいね」

 女性はにっこり笑うと、とてもきれいな方だった。

 ご主人の大切な人って奥さんじゃなくて、娘さんだったのか。

「この方は信用のおける人よ。さあ、どうぞ」

 そう彼女が言うと、僕の腕は渋々開放され、窓へと案内された。大きな窓が開くとそこは、円形のバルコニーになっていた。僕と星野くん猫は、ご主人から水をたっぷりいれたグラスを受け取り、窓の外へ躍り出た。

 時間まで数十秒、僕は猫の代わりにクリスタルグラスを掲げた。やがて、水面の中にきらきらと写ってきた月は、中心まで来ると、すっと腰を落ち着けた。見上げると本物の月は、ちゃんと空を移動してゆく。僕らの前に、2つの月が存在していた。

 ついに、やった!

 感動を分かち合おうと猫を振り返ったが、姿はない。代わりにその場所に立っていたのは、他の従者と同じ制服の青年だった。

「ありがとうございます。あなたには感謝しきれませんね」

 そう言って笑った顔は、確かに見覚えのある顔だった。間違いなく、彼は一緒に月を追いかけて来た猫に他ならなかった。




 一ヶ月後、僕の元に一通の手紙が届いた。宛名はとても几帳面な字だ。すぐピンと来て、差出人を見ると、やっぱり星野君だった。



 あれから、いっそう寒くなりましたね。お変わりありませんか。

 ボクは今でも、あなたと月を探したあの夜を思い出します。猫になるなんて、とんだ災難でしたが、今となってはいい思い出です。

 先日は、贈り物を頂きありがとうございました。思い入れのある品を、本当に良かったのですか?でも、とっても嬉しくて、大事に飾っています。


 そしてご報告なのですが、ボクはツキコさんとお付き合いさせて頂くことになりました。もちろん、ご主人から正式に認めて頂いて、です。

 近々、2人でお店に伺います。

 それでは、白雪の中、お体にお気を付けください。

                                       猫こと星野  



 思わず笑ってしまった。猫ことって。

 しっかし。

 僕は手紙を机に置き、手を頭の後ろに組んで、ごろっと寝転んだ。

「僕はうかうかしてると、また独りのイヴを迎えちゃうな」

 猫に抜かされてしまった。ツキコさんとは、月をプレゼントしたご主人の娘さんのことだ。正式にお付き合いするって?

 ま、正確に言えば、独りじゃなかったんだけど、ね。

 ところで、僕が猫にあげたのは、例の月の軌道図だった。あの一件以来、僕は過去の僕に見切りをつけたのだ。あの頃の僕には店を始めるきっかけになるほどの宝物だったが、今の僕にはもう必要ない。それよりも、猫に持っていてほしかった。

 あの夜、僕は必死で月を追う猫から、モノを贈る純粋な心を教わった。僕はモノが好きで集めていたのだけれど、誰かにプレゼントをすることが、またはその想いがどんなに素晴らしいかを、目の当たりにした。彼があの軌道図を持っていてくれる方が、僕にとって意味のあることなのだ。

 僕は片目を開け、部屋の小さな窓を見た。雪はちらちらと、円を描いて舞い降りてくる。僕は足を弾みをつけて投げ出し、起き上がる。ぱんっと窓を開け、雪の舞う白い空に向かって言ってやった。

「はーるよ、来いっ」

 雪はクスッと笑うように、くるくると回転して降り続けた。

「僕」の物語は出版された『白銀道をゆく』に続きます。星野くんも再度登場しますので、どうぞ読んでくださいね。

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