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4話『ノッキン・オン・メモリー・ドア(後)』

 シャロンとリタが駐屯地へと戻ってきたのは、かなり夜遅くになっての事だった。


「ただいま戻りました…アリス。重要な話がありますの。へーゼルさんを呼んで、執務室で会いましょう」

「…へーゼルを? まあ、わかった」

 出迎えたアリスは怪訝に思いつつも、まずはリタを促した。

「えーと、じゃあリタはもう休んでたほうが…」

「待機していて下さい、リタさん」

 シャロンはそれを遮る。隊長の前で、とアリスが言いかけたがリタは頷く。

「わかった。監視塔にいる」

「お願いしますわね」

 リタが去っていくのを眺めつつ、アリスはへーゼルを呼びに行った。



 隊長室で、三人は顔を合わせた。

「説明してくれるよね?」

「ええ。へーゼルさん。質問をしますわね。あなたはこの基地に…少なくとも、3年はいますわよね?」

「はい。どうしたんですか」

「この人を知っているかしら。A・ジョンソン大尉」

 シャロンの問いかけに、へーゼルは頷いた。

「名前だけは。まだ人がたくさんいた頃の、この駐屯地にいた人ですけど……でも、会った事や話した事はありません」

「そう」

「でも、どうしてそんな事を聞くのさ?」

 アリスの問に、シャロンはすぐに答える。

「昼間届いた、手紙は彼からですわ。……先ほど、彼にあってきました。そこで、彼がここで作っていた、タリズマンより恐ろしいものの話を」

「「タリズマンより!?」」

 アリスとへーゼルは同時に顔色を変える。

 タリズマンは、大戦中に猛威を振るった兵器。二人もその恐怖を充分に知っている。

 戦車より安く、量産性に優れ、非常に展開力が早く、悪路にも強くて制圧力もある。それよりも恐ろしい、兵器が。

「そんなのが…あるの…」

「ここで、極秘で開発されていた、と大尉はおっしゃいました」

「…………続きを」

 冷静に戻ったアリスが口を開く。

「駐屯地の裏山に、極秘の裏口を作って…へーゼルさんのように、人に気付かれずに地下施設で建造していたそうですわ」

「でも、どうしてこんな所で」

「一度も最前線にならなかった。故に、敵からも自国からも隠蔽できた。そう言っていましたわ」

 へーゼルの言葉にシャロンはそう返す。

 アリスは「一理ある」と頷き、そして、ゆっくりと口を開いた。

「……大尉は、それでなんと?」

「破壊を。あれが出てはならないと」

 平和になった今。大戦は終結した、とはいえ戦う理由が無いから平和になったとも言える。

 でも、もし戦う理由があれば。困窮した資源が欲しいとか、低い出生率をなんとかするための人が欲しいとか、そういう理由があれば。


 死蔵されている兵器は、大きな武器になる。


「……全員に緊急招集! 完全軍装で集合!」

「「了解!」」

 アリスの決断は早かった。そんなものを破壊するなら、とにかく早く。

 深夜だというのに緊急招集、とくれば何かあったとばかりに隊員達は集まってくる。少なくとも、彼女達は職務には忠実だ。


「皆、揃ったね」

 アリスは格納庫に集まった皆を見渡しつつ、まずは口を開く。

「急にで悪いけど、ただいまから兵器の破壊任務を行うよ。シャロン」

「はい。裏山の砦のどこかに、隠し通路がありますの。そこから通っている地下施設で極秘開発されていた新兵器の破壊、が任務ですわ」

「? 極秘開発されていたって…あの、私達の軍が、ですよね?」

 フィオナが、手をあげて即座に口を開く。

「ええ。その通りですわ」

「それは司令部からの命令ですか?」

「違うわ。でも……それがある事による影響を考えて欲しいですわ、フィオナさん」

「………」

「そんなものがあっても、誰かが傷つくだけだよ。だから、壊さないといけない。平和になったんだもの、今は」

 リタが、諭すように口を開く。

 シャロンは大きく頷くと、オリーブとテリーの二人の方を向いた。

「異論は?」

「ないよー」「ない」

 二人の返事にアリスも頷いた。話は決まった。

「フィオナ、リタ。C5爆薬の用意をお願い」

「はーい」

 リタがとたとたと駆けていくが、珍しくフィオナが立ち止まったままだった。

「どうしたの、フィオナ?」

「あの、アリス、隊長」

「なに?」

「命令じゃないって事は、許可も、取ってない…んですよね」

「うん。でもね……それを残さないほうがいいって人がいる。それだけで充分だよ」

「わかりました」

 フィオナは頷くと、爆薬を取りに行った。



 爆薬も用意し終わり、続いて裏山の砦跡まで上る事になる。

 ただ、問題は今が夜であるという事だ。


 前にクマ騒動の時にも裏山は行ったし、何度か訓練でも行った。

 それでもそのルートを完全に把握してはいないし、何より山頂の砦跡自体もたくさんある。そのうちのどこかにある隠し通路を探すこともしないといけない。

 だけど、それでもどうにかするしかない。


「ねぇアリス。道、どうする? ライトで照らせる範囲はそんな広くないよ?」

 それは皆も不安だったのだろう。オリーブがヘルメットにライトを装着しつつそう口を開く。

「山頂までの道、真っ直ぐじゃないからね」

 そう、山道というのはただ上を目指して進めば必ず頂上にたどり着ける、というものではない。ルートは限られているが、ただ闇雲に進んでも着くものではないのだ。

「ああ、それは…」

「なんとかする」

 アリスが返事をする前に、リタが口を開いた。

「なんとかするって…」

「あたしがなんとかする。全部聞く」

 リタのその口調に、アリスは一瞬だけ呆気に取られた後、言葉を続ける。

「……き、聞けるの?」

「うん。山頂までの道、全部聞いてみる」

 両目をしっかりと開き、裏山の方を見つめるリタに、いつもの甘えた姿は無い。

 アリスは息を吐く。

「わかった。リタ、先導をお願い」


 それぞれ装備を手に、裏山の前に立つと、リタは木の枝を集めていた。

「なにそれ?」

「松明。獣避けになるから」

「おお、流石」

 流石は母なる大地の民である。

「では、リタ。先頭を」

「うん。行くよ!」

 リタは松明を片手にゆっくりと一歩を踏みしめ、そして登り出した。


 裏山自体は決して高い山ではないが、いつも訓練などで上る時では、真っ直ぐ上るにしても数時間はかかる。

 主な理由として足場が悪かったり、道が解りづらかったり、そういうのが大きな理由だ。定期的に地図を見て、方向を見定めて上らなくてはいけない。

 そして今夜は、初めて夜間に上る。危険な獣とかの可能性もある。


 それなのに、先頭を歩くリタはかなりのハイペースで平然と上っている。

 六人がついてこられるように、時々立ち止まったりしているが、一番体格が小さい彼女が一番のハイペースというのも妙なものだ。

「リタは体力あるんだなぁ」

「このペースじゃ着く前にへとへとだよ…」

 アリスとオリーブがそんな会話をするも、リタは聞こえているのか聞こえていないのか、小さな岩も足場にしてするすると登っていく。

 まったくもって末恐ろしい子供である。

「ねぇ、リタ。もう少しペースを…」

「後少しだから頑張って」

「後少しって…」

 オリーブがそう答えた時、六人の中で一番息を切らしていないへーゼルが「あら」と声をあげて前方を見る。

 リタの持つ松明に照らされた先は―――――もう坂は無い、なだらかな地形。

 幾つかの、砦が残っている。山頂だ。

「まずは拠点の確保。……そうだね、そこの砦の前に集合」

 アリスは一番近くにある砦を見定めると、そこに移動する。二階部分が崩れているが、一階部分は残っている。屋根になる部分もあるから、雨風も凌げそうだ。

「…リタ。砦の前に焚き火を焚いておいて」

「わかった」

 リタが近くにあった枝を集めて松明の火を移し、その間にシャロンとオリーブが砦の中に入って異常が無い事を確認。

「クリアですわ」

 シャロンの確認後、アリスは一度全員を集める。

「……フィオナ、それとテリーはここに残って拠点の確保をお願い。他の皆は私と一緒に、隠し通路を探そう」

 フィオナが曖昧に頷くのを見たへーゼルが、すっと手を上げた。

「その前に、少し休憩しませんか。強行軍で上ってきていますし、深夜ですから少しは休まないと…」

「……わかった。じゃあ、小休止。警戒だけは怠らないで」

 アリスはそう告げると、すたすた、と砦の中を歩き出した。どうやら少しでも探したいようだ。

 シャロンも同じようだった。砦の周辺を見て、何か無いかと探している。小休止なのに、だ。

 でも、今のへーゼルに二人にかける言葉は無い。へーゼルだって、内心焦っている。ここにあるという極秘兵器が怖い。今すぐ破壊しなくては、という気持ちは同じだ。

 だから、その気持ちが痛いほどわかってしまうから、強く言えないのだ。

「フィオナさん」

 一番息を切らし、小休止と言われてからすぐに砦の床に座り込んだフィオナに、へーゼルが声をかける。

「はい、なんですか曹長」

「これは司令部からの命令ではない、アリスさんの独断です。その事を、気にしてるんですね」

「………はい」

 フィオナは否定しなかった。

「そうね…。でも、私には二人の気持ちが、痛いほど解る。いや、それ以上に」

「………」

「大戦の頃から、この基地にいた。その頃に作られてたのに、私は気づかなかった。知ろうとも、しなかった」

「それは、曹長の罪では」

「でもね。一度でも、戦場に立つとやっぱり怖く感じるのよ。何もかも。それが味方なら頼もしくても、一度でも牙を剥いたなら、いや……味方であっても、怖いかも知れない」

「…………」

「だから、アリスさんやシャロンさんの決意は、間違ってないって思う」

「……わかりました」

 フィオナはそれで少しは納得したようだ、とへーゼルは安堵する。

 ただ、問題はアリスとシャロンの事だ。どうしても、真剣になりすぎているようだが…。

「ねぇ、へーゼル」

「? ああ、どうしました、リタさん」

「……入り口、あった」

「え?」

 小休止と言われてからずっと黙って目を閉じていたが、その間にも探していたというのか。

「どこにありますか?」

「北の方にある砦の……地下室がある砦。煙突もある筈」

「……アリスさん、シャロンさん!」

「どうしたの、へーゼル」

「煙突の残ってる砦ってあります?」

「えーと」

 アリスがすぐにライトで周辺を照らすと、確かにそこからは北の方に、煙突が残っている砦があった。

「あるね。それがどうかした?」

「中に地下室はありませんか?」

「オリーブさん、手伝って」

 近くにいたシャロンとオリーブが中へと突入。そして、一分も経たない内に返事が帰って来た。

「ありますわ。たぶん、弾薬庫だったんでしょうね、まだ、弾薬とかが残ってますわね」

「そりゃ注意しないとね。へーゼル、なんで解ったの?」

「そこに隠し通路があるかも知れない、とリタさんが」

 どんな状態かもわからない弾薬庫に隠し通路の入り口を作るとは、相当警戒心があるんだなとへーゼルは思う。

 なにせ、使えるかどうかわからない以上、下手に火の気があれば爆発するかも知れない。

 その理由で外に出す事も出来やしない。何せ今、焚き火を焚いているのだ。

「……フィオナとテリーは外で待機。残り、全員集合。この地下室の中を探すよ」

 小休止は終わりである。へーゼルも腰を浮かし、砦の中へと入った。

「埃がひどいねー。これ、全部外に出す?」

「下手に出したら焚き火で引火するよオリーブ」

「えー、でもこんなにあったら探せないよ?」

「一階に上げるしかないね。頑張ろう」

「強行軍に続けて重労働のおまけだよー…」

 オリーブはそうボヤいたが、五人の中で唯一乗ってきそうなリタも乗ってこず、結局弾薬の重い箱を一階に移動させる作業を始める。


 何箱目になるだろうか。

 少女達の額だけでなく、背中にも汗が滲んで何人かはジャケットを脱いで下のシャツだけになった頃に。

 ようやく、その隠し通路の入り口が姿を現した。


 直径六十センチ四方の正方形。

 だが、わずかに凹みがあり、それに手をかけて手前に引けば、下へと続く梯子が姿を現した。

「……梯子だね」

 アリスはそう呟くと、まずは外にいるフィオナとテリーにも声をかけた。

「中がどうなってるか解らない。だから、二時間待っても戻ってこない時は、突入を」

「……はい」

「大丈夫」

 アリスはフィオナにそう声をかけてから、シャロンに視線を送る。

「行くよ」

「ええ」

 真っ先に行こうとするアリスより先に、リタがライフルを掴み、真っ先に穴へと入る。

「ちょ」

 二人が声をかけるより先に、リタの姿はあっという間に見えなくなった。そして、遠くの闇の中でわずかに光がともる。

「クリアー! 異常なし!」

「さ、先に…」

「オリーブさん、行きましょう」

 へーゼルが続いてオリーブを促し、そのまま後に続く。完全に出遅れた二人は更にその後続だった。

 完全に意表を突かれた二人は梯子に足をかける。

「うわ、深…」

 予想外に深い。既に降りた三人は無事だろうけれど…それでも相当な高さがある。

「シャロン、落ち着いて降りるよ」

「わ、わかってますわよ。アリスこそ」

 少しずつ、降りて、十分近くかけて下まで到達。

「リタ。勝手に進んだりしない」

「……安全確認しないといけないって思って…」

「それはそうだけど…」

「アリスさん」

 へーゼルがアリスを遮り、ゆっくりと言葉を続ける。

「あまり焦りすぎてはだめです。気持ちは解りますけど、リタさんが先頭で安全確認するのが一番安心できるので」

「………」

「少なくとも私達には見えないものを、見ていますから」

 アリスとシャロンは思わずはっとした。そうだ、そうだった。

 リタには、私達に無いものを持っている。それが理解できる。ただ闇雲に進むよりも、そっちの方が安心だ。

「…ごめん。リタ、先頭を」

「うん」

 首から提げたライトを調節した後、ライフルを構えてリタは先頭を歩き出す。

 先ほど、山を登る時と変わらないペースで、足早に歩き出す。

「道、わかる?」

「解る」

「リタは、すごいわね。私達には解らない事とかも、解るのって、すごいことだと思いますわ」

「……そうだけど、シャロンたちだって、あたしの解らない事とか、知ってるからすごいと思う」

「隣りの芝は青いって奴かしらね」

 シャロンがそう言って少し笑うと、へーゼルがその後を続けた。

「そうですよ、シャロンさん。シャロンさんには、シャロンさんにしか出来ない事もあるし、リタさんにはリタさんに出来ることがある。それが羨ましく見えます。でも……」

「でも?」

「リタさんには出来ない事を、シャロンさんは出来るでしょう? そういう事です」

「………」

「だからシャロンさんもアリスさんも、もっと皆を見てあげてください。そして、頼ってください」

「「!」」

 二人が足を止めてへーゼルを見ると、へーゼルは言葉を続ける。

「私達は、一つの隊なんですから。七人全員がいての、アッシュフォート守備隊です」


「その事を、忘れないで下さい。二人とも」


 へーゼルのその言葉に、アリスとシャロンは顔を見合わせた。

 そう、隊長と副隊長の二人。自分達は、大戦の事を知っている。だからこそ、兵器について焦っていた。知らない子達を守らなきゃと、部下を守らなきゃと、少し焦っていたのだ。

 皆同じ、仲間である事だ。

 幼くても、リタもここの一員なのだ。今日も、ここまで助けられっぱなしじゃないか。


「…ごめんなさい、へーゼルさん。焦りすぎてましたわ」

「あたしもだよ。ごめん」

「気にしないで下さい。さ、行きましょう」

 へーゼルに促され、先に進んでいたリタとオリーブと合流し、更に進んでいく。

 暗く、ライト無しでは何も見えなかった通路が奥へ進むに連れて、あちらこちらに薄暗いながらも灯りが灯っている。

「電源はまだ生きてるようだね」

「…少なくとも二年以上放置されても生きてるって事は、相当堅牢な場所ですわね」

 アリスの言葉にシャロンが返答。そして通路は、扉にぶち当たった。

「…この先ね。パスワードは…」

 パスワード認証制の扉に、シャロンは迷い無く打ち込む。大尉が言ったとおりのパスワードは、生きていた。


 扉に反応があり、大きな鉄製の扉がゆっくりと開いていく。



 広い、広い、格納庫の中心に、それは所在した。

 数メートルの大きさであるタリズマンとは比べ物にならない程の巨大さ。


 四本の巨大な足でそれを支え、その上には戦車から砲塔を取っ払ったような、巨大なユニットが鎮座する。

 武装の方はユニットの下の方に左右に分かれて多銃身の機関砲が備えられており、各所にミサイルランチャーがある。


「……あそこにコンピュータがある。データがあるかも知れない」

 アリスはそれに気付くと、近くの端末により、すぐに起動。

「アリス、わかりますの?」

「ん? あたし、前に情報部でも働いてたから。つーか、そっちの方がメインで昇進したもん」

 そうでなきゃ大戦末期に一般兵から士官まで上がれない、と呟きつつアリスは遠慮なく端末のキーを叩いていく。

 普段の性格からは想像できないアリスの意外な一面を知りつつ、シャロンが脇に立つとアリスはすぐに画面を指差した。

「こいつだ!」


『多脚歩行型戦闘システム「オラクル」について』


「”神託”? 随分と大層な名前をつけたもんだね、と…」

 続けて端末にアクセスしていくと、武装に関して出てきた。

『30mm6連装バルカン砲塔システム×2

 40mm榴弾砲×2

 大型電子レーザーカッター

 105mmレールカノン

 大陸間攻撃システム「ジェネシス」』

「なんだこりゃ」

「大陸間攻撃システムって…」

「大戦の中期頃までは、そういうのが残ってたんです。確か、空高く打ち上げて一度大気圏を脱する事で、別の大陸の相手に攻撃を仕掛けるっていう、そんなシステムだったような」

 へーゼルがそう呟くと、リタが思い出したように身震いした。

「そういえば、ジジ様から聞いた事ある。空から怖いのが落ちて来たって」

「なるほどね…そりゃとんでも兵器な訳だよ」

 アリスはひたすら端末を叩いていく、が。

 探せども探せども、この兵器の弱点らしきものは見えてこない。当たり前か、カタログスペックに弱点など不要だ。

「……とにかく。これを稼動できない状態にすればいい訳だけど…」

 アリスはもう一度全体データを参照する。

「……完全破壊は無理かも知れない。アッシュフォート守備隊にある爆薬を使っても、あたしらが扱える範囲だとこれは完全破壊は無理」

「……では、どうしますの?」

「だからせめて、兵器として使えない状態に出来ればいい」


「このオラクル、大陸間攻撃システムを使うのには、後方に設置されてるレーダーユニットが必須なんだよ。おまけにそのレーダーユニット、外部の状況を観察するカメラも兼ねてる」

「すると…」

「ああ。レーダーユニットさえ壊してしまえば、武装を正確には扱えない。それどころか、動く事も困難なただの棺おけになるよ」

 アリスは実にいい笑顔でそう返答すると、リタに視線を向けた。

「リタ、爆薬を遠慮なく背中に仕掛けるんだ!」

「うん!」

 リタは足に捕まって上っていき、じきに背中に辿りつくと、レーダーユニットを探して、爆薬をセットする。

 爆薬、とはいってもプラスチック爆薬という奴で、粘土のように形を伸ばす事が出来る。

「終わった! たぶん、これで行けると思う!」

 リタが降りてきてから、シャロンの前にスイッチを差し出した。

 シャロンに押せと示しているのだろう。破壊任務を申し付かったのはシャロンだ。

「……ええ!」

 受け取ったシャロンは、端末から離れて、格納庫の入り口にまで着いてから。

 スイッチを、押した。


 盛大な轟音と、爆発。

 目の前で、巨体が崩れ落ちていく。それでも、格納庫自体はびくともせず、巨体本体のダメージはあまり無いようだった。

 ……背中のレーダーユニットを除いて。

「やったようだね」

 アリスが呟く。これで、兵器として使う事はもう出来ない。

「…後は入り口を完全に封鎖すればいいさ」

「ええ。これでもう、二度と使えないわね」

「少なくとも、兵器の事を知る人間は多分いないと思う。大尉と、あたしたちを除いて――――」

「その筈ですわね」

 これでいい。

 これでいいのだ。それが彼の…いいや、私達の望みなのだから。

「帰ろうシャロン。二人が待ってる」

「……ええ」

 そして少女達は、地上へと戻る。



 少女達が駐屯地へ帰ってくる頃、遠くの方から太陽が顔を出そうとしていた。

「すぐに朝ごはんの用意して、食べたら交替で眠りましょうか」

 あくびをかみ殺そうとせずにへーゼルがそう呟くと、アリスは「そうだねー」とうなずく。

「……私はリタを部屋に連れてきます」

 フィオナがリタを支えつつ部屋の方へと向かっていき、テリーは「銃の掃除をする」と言って格納庫へ。

 オリーブは「監視塔にいるー」と告げて監視塔へ。へーゼルは厨房で朝ごはんの準備。

「……二人になったね」

「そうですわね」

「…少し話そうか? 今日の事とか」

 アリスの問に、シャロンはゆっくりと頷いた。


 他人の私室に入るというのはあんまりない経験だな、とシャロンは思う。

 特に同年代の私室には。長らく軍人を続けていたので、同年代の友人というのがいなかったせいかも知れない。

「ま、とりあえずその辺に」

 机の側にある椅子を引き出して勧めたアリスの方は、ベッドに座ると、サイドテーブルを少しばかり漁る。

「なにを探してますの?」

「んー。こういう時のとっておきって奴かな」

 探り出したのは、今は殆ど見かけないプルタブ式の細長い缶詰。

「ま、どうぞどうぞ」

 入っていたのは、薄く切られた小さいパンだった。だが、パンにしては固めで、表面に塗してあるのは…。

「これ、本物の砂糖?」

「当たりー。前に司令部行った時にせしめてきたラスクの缶詰」

「ラスクって、あのパンを二度焼きした?」

「そうだよ。保存性あるし軽いしね。ついでに美味い」

 ぱりぱり、と噛み砕きつつアリスは答える。

 まったく、時々無駄に行動力がある隊長だが、今回ばかりはグッジョブだ、とシャロンは内心思う。

 ラスクを数枚食べた所で、シャロンは口を開いた。

「今日は、へーゼルさんとリタさんにはお世話になりっぱなしでしたわ」

「…ああ、そうだね」

「私達……今の立場に、責任を感じすぎてたのかも知れませんわ」

「そうかもね……。重要な役目だって、わかってはいるけど……」

 そう、二人は責任ある立場だ。重要な役目だと、解りきっている。

 でも、それを気負いすぎて空回りしては、焦りすぎては、マズイ場合もある。今日は、それを知る事になった。

「……ねぇ、アリス」

「うん」

「私達皆が、七人で。アッシュフォート守備隊だってのは…解りますわ…でも、それらを守るのは」

「うん。私達皆で協力するのが自然だよ。でも、あたし達にしか出来ない事だってある」

「ええ…」


「これからも頼むよ、シャロン?」

「何を今さら」


 アリスの言葉にシャロンは笑う。

 今まで、二人でずっと協力してきたのだ。


「これからも、ずっと…お願い」

「アリス…?」

 顔が近い、と感じた時だった。


 甘く、濡れた味が、唇に触れた。


 接吻した、とシャロンが感じた時には、アリスはもう離れていた。

「…約束して」

 アリスは、そっと呟く。

「これからも、あたしと一緒に来て。みんなの事を…支えてよ。あたしの事も」

「そういうのはさ、こういう時に言うもんじゃないでしょう?」

 恥ずかしさで頬を染めたまま、シャロンはそう返す。

「で、でも……私が出来る範囲なら…」

「だよね、ありがと」

「本当になんであなたはそうそう平然としていられますの。私は相当恥ずかしかったんですわよ!」

「誰も見てないじゃーん」

「そうとは解っていてもです!」

 アリスにそう怒鳴ると、アリスは変わらぬ顔で「えー」とぶー垂れている。

 ならば仕方が無い、彼女の行為をわからせるためだ。

「そこまで言うなら考えがありますわよ…」

「な、なにさ」

「アリスさん、覚悟しなさーい!」

 ベッドに座っているアリス目掛けて遠慮なく飛び掛り、今度はシャロンの方が接吻をした。

 乱暴な塞ぎ方。

 息も距離も、顔も近い。いきなりやってきたそれをアリスは避けきれない。

「んむぅっ!?」

「んんっ…!」

 でも、二人は乱暴でも構わなかった。


 だって、気持ちが通じ合えれば。思いが通じ合うなら。それで、良かったのだ。



 そしてそのまま疲れ果てて眠りこけた二人が揃いも揃ってへーゼルに叱られてしまったのは、また別の話。

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