七話
読み書き算数に関しては学校が教えてくれるのだ。俺はもっと違うことを教えてやろう……書くことに関してはパソコンのローマ字入力を教えた。
興味すら持ってもらえなかった五十音表をはがし、ローマ字の一覧表を壁に張ったのだ。
ちなみにアザとー、ホームポジションが出来ない。当然ブラインドタッチが出来ないのだから打ち込み速度はさして早くないのだが今のところ不自由は無い。
だが息子にはタイピングソフトでちゃんとホームポジションを練習させようとした。しかし何しろ自由度の高い息子である。自分なりのホームポジションを編み出し、「最近スマホばっかりだから、遅くなったんだよ」と言いながらもアザとーより打ち込みは早い。
これで漢字など書けなくても困らない、だが読めないのは困るだろう。アザとーは息子に本を読むことを勧めた。
実はこれが一番厄介だった。知らない漢字は辞書で調べるように指導したが、彼にとっては見出しにずらりと並んだ漢字の中から目的の一文字を探し出すことがどうしても困難らしい。さりとて親に尋ねるつもりは決して無い。
「ならば……」
知らない漢字は飛ばして読んでしまえ。正しい読み方は解らなくても、前後の文脈から意味は解るだろう……学校の先生が聞いたら目を剥いて怒りそうだが、我々大人は誰に習うとも無く身につけているテクニックだ。それを敢えて教えた。
「漢字っていうのは読み方よりも意味が大事なんだ」
こうして学校の指導方針にそぐわない教育を施した息子が読書好きに育ち、ブックトリップ完全制覇者の称号までいただくことになろうとは思いもしなかったが。
算数に関しては……実はアザとー、理数系になれなかったのは単元によって数学の成績のがたつきがひどかったからだ。確立統計、代数などはそれなりに点を取る。分数と言うのが実に曖昧なものである解説とか得意であるにもかかわらず、証明にいたっては途中経過を省いた挙句、∴(ゆえに)のかわりに『問答無用で』と書いたこともあるぐらい意味不明だった。関数も学年最下位以外ありえない点数だった。
なので……ぺいっと投げた。無駄知識として数学的な話題を話すことはあっても、基本の勉強は全て学校にお任せしてみた。これも不注意による計算ミスが多いだけで、まあ平均点は取れる程度に育ったのだから結果オーライである。
そして英語……実はアザとー、これは数学以上に苦手だ。小学校のころから英語教室に通わされていたにもかかわらず、アルファベットがやっとやっとであった。ヒアリングは聞き取ることが出来ても意味がちんぷんかんぷん。高校に入ってからは三年間皆勤で赤点を取り続けた魔性の教科である。
息子にいたっては他の子が見よう見真似でアルファベットを書いているのに、Aの字すら書けない。ローマ字打ちをマスターしていたことを考えれば普通の人はおかしなことだと思うだろう。
(うん、仕方がない)
手先での再現能力に問題アリなのだ、焦っても仕方なかろう。
アザとーは代わりに礼儀を教えた。国が変われば礼儀が変わることもある、それぞれの国に国民性というものがあることも教えた。その上で人を『国』で括ることの無いように教えた。
国際空港のお膝元と言う地域柄、学校には外国籍の子やハーフの子も少なくはない。だからこの教えは実践的に息子の血肉となったようだ。ニュースに向かって「だから○○人は」をよく言うダンナに息子が放った一言がある。
「国と国の付き合いは難しいよ~。でも人と人との付き合いはそこまで難しくないよ~」
自称コミュ障のクセによくも言ったものではあるが、少なくとも俺が目論んだ『男』には育ちつつあるようだ。