4話
こうして遊び倒した彼の幼少期はアザとーにとっても一番幸せな時期だった。
幼稚園でも特に目立って問題があったわけではない。
子供同士の小競り合いはあっても幼児にありがちな範囲を出るわけではない。乱暴さで言えば息子より荒くれ者の喧嘩屋がクラスにいる。忘れ物が少々多いが、それは親の責任として不問にされた。おっとりと温厚な息子は、多少の元気のよさはむしろ子供らしい性質として周囲に受け入れられていたのだ。
だからアザとーは思った。「傾向はある」と言われたが断言されたことはない。彼がおかしいと言われた原因はやっぱり自分のせいだったのではないかと。
夫はそんな俺に向かって言った。
「お前は大げさに騒ぎすぎだ」
……正直、このころのアザとーは荒れていた。軽いうつ状態に陥り、夫の心無い一言にぶちきれて壁を蹴破ったこともある。対する夫も俺の狂気につられて暴力的であった。喧嘩になれば手当たり次第に物を投げるのは当たり前、玄関から蹴りだされたこともある。
そんな殺伐とした状況の中でも子供達が曲がることなく育ってくれたことだけが今日でも救いであるが、そんな日々の中でアザとーは息子が「どこか変わった子」と言われる理由、夫に辛く当たられる理由、娘がやたらと癇が強い理由、全ての家庭内の凶事の根源が自分なのであるというおかしな観念に取り付かれて苦しんだ。
息子の成長にかげりが見え始めたのはそんなどん底の状態の中でだった。就学を直前に控えた息子は文字に全く興味を示さなかったのである。田舎なので幼稚園のころから教育をするということはない。それでも同年代の子たちはマンガから、メディアから、実生活の中からいくつかのひらがなぐらいは読めるようになっているというのに、息子は自分の名前さえ読み書きできないのである。
アザとーはひらがなのドリルを買い込んで息子に与えた。後ろに張り付いて文字を教えようとする。
「こっちにぴっってはねて、ここにつなげる。これが『こ』だよ」
「うん、解ったぁ!」
彼はその次が続かない。書き取りのような反復練習が決定的に苦手なのだ。
「ほらもう一回書いてごらん。ここにあるお手本どおりに書けばいいんだよ」
母親が握らせる鉛筆を彼は頑なに拒む。それは尋常ではなかった。
まず指を開こうとはしない。苦心して握らせることに成功すれば両手を振り回し、泣き暴れ、決して手を動かそうとはしないのだ。
世の意見はそのわがままを何とかして収め、学習に向かう意欲を持たせるのが親の仕事だと言う向きがある。実際アザとーはダンナ方のみならず、自分の実家からも「名前ぐらい書けるようにしなくていいのか」「集中力がないのは子供なんだから当たり前だ。勉強と思わないように工夫してやらないから……」何かにつけて親が悪いらしい。
夫は休日をパチンコ屋で過ごす、「借金も財産のうち」と嘯いてかなり豪勢に。たまに自分の実家に帰れば「見たいのは孫達の顔であって俺の顔じゃないだろう」と言い訳を口にしてパチンコに出かける。そして帰ってくれば真っ先に母親の部屋に閉じこもるのである。
さらに二人がかりで悪意のない毒舌を吐き散らす。
「アザとーちゃんは一生懸命オベンキョウを教えて偉いわぁ。私、あんな小さい子供を泣かせるような酷い教え方ってできなぁい」
「大げさなだけだよ。子供なんか教えなくたって勉強できるようになるもんだ。俺は成績は人並みだったんだから、出来が悪かったらお前のバカ遺伝子のせいだからな」
それでもこれが同居じゃないからと思えば我慢も出来たのである。
夫の母が我が家に乗り込んできたのは息子が小学校に入学してしばらくたったころであった。