三話
世間では少子化といわれ、田舎の古い住宅地では遊び相手を求めて遠い公園までわざわざ出向かなくてはならないという話も聞く中にあって、我が家の周りは子供密度が高い。
新興住宅地ということもあるが、どの家も申し合わせたように家の息子とほとんど同い年、下の子は娘と同世代の子供ばかりである。しかも全員が男の子。近所に新しく妹が生まれるまでは家の娘が紅一点という、息子にとっても、そしてアザとーにとっても恵まれた環境であった。
アザとー、女の子はむちゃくちゃ好きなのだがいまいち扱いがわからない。男の子の子守の方が得意分野だ。息子が友達と遊び始めると家事など放り出して自分も一緒に遊び倒すという、間違いないダメ母っぷりを発揮する。
近所の子供が母親に捕まえた虫の名前を聞くと、その母親は言う。
「かーちゃんに聞いてきなさい」
アザとー、なぜか近所中から『母ちゃん』と呼ばれていた。大概の子供は自分の母親を『ママ』と呼ぶのだから一種のあだ名だったのだが、十人近い男の子たちから母ちゃん、母ちゃん呼ばれるアザとーの存在は傍目には謎であっただろう。
ともかく、そうして大事そうに虫を握りこんだ子供が家に来る。
「これ、なんて虫? 何を食べるの?」
「これはね……」
アザとーだって虫に関する知識は人並だ。近所の草むらにいる虫ぐらいなら即答も出来るが、子供はどうやって見つけてきたのか見たことも無いような虫を採ってくることもある。特に幼虫類などは環境によって色に微妙な変化が起こるから厄介だ。
「このぴろんって突き出した尻尾はスズメガの特徴なんだけど、う~ん、色がなぁ……」
幼虫類に関しては絶対にネットがオススメだ。何枚もの画像を見比べて色違いのチェックもできる。そうして調べ上げた知識を元に食草を探し、飼育の環境を整えるのがアザとーの何よりの楽しみでもあった。
子供達がヒーローごっこを始めれば敵役として乱入する。曽我町子の演技に浮かされて幼少時は女優になることを夢見ていた女だ。悪役をやらせればピカ一である。
「わっはっは~! わしが大銀河を駆ける地底将軍アザとーだ~」
宇宙から来ただの、地底から現れただの、子供が好き放題に作った設定を組み合わせてだみ声で名乗る。対するヒーロー達も初代と平成がいたり、レンジャーモノのリーダーであるレッドが二人いたりと、実に取り留めない。
「ふ~ふっふっふ~。脆弱な人間どもよ、貴様達ごときが我が魔力にいかにして抗うのか、とくと見せてもらおうではないかあああああ!」
ここまでやれば子供達のテンションはもうマックスだ。
「変身っ!」
短い手足で精一杯にカッコつけてるつもりのポーズは愛くるしい。が! 極悪非道のナントカ将軍としては黙って見とれているわけにもいかない。
「ばぁかめええええ! この私が黙って待つと思ったかああああ!」
手前で突っ立っていた息子を捕え、くすぐり攻撃を開始する。
「かーちゃんずるい!」
「戦いは常にずるいものが生き残るのだあああああ!」
「おい、仲間を助けるんだ!」
大乱闘の始まりである。子供だって遊びだと解っているのだから、いきなり手加減なしで殴りかかってはこない。たまに手加減がわからない子供がいるが、そのときは軽く転がして加減を教えてやれば良いだけのことだ。
さて、興奮が高まってきた子供達の攻撃に本気が混じり始めた。ここらが頃合である。
「ぐぶうっ! き、貴様ら、なぜ俺の弱点を……」
過剰すぎるくらいの演技でよろめくと、子供達は大喜びでキメの大技を放つ。
「ぐはっ! ぐあああああああああ!」
大げさに後ろに吹っ飛んで地面に転がるアザとー。表情を苦悶に歪め、声をつぶす。
「また……何度でも蘇ってみせるぞ……悪は……悪は滅びぬのだああああああ!」
がくっ……
立ち話をしながら見守っていた各々のお母さんが子供を引き上げに来る。
「はいはい、終わりよ~」
「アザとーさん、いつもありがとうね」
彼女達はこの突拍子も無い行動を起こす隣人に寛大だ。アザとー、人運には恵まれている。
「アザとーさん、家のダンナになって欲しいくらいだわ」
と言われたこともある。
え? 何と答えたかって?
「えっと……俺の夜は激しいぜ」
「いやん♡」
全く人運には恵まれすぎである。