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母親失格  作者: アザとー
夫と妻と
13/15

八つ当たりの訳

 文章を書く上でどちらかに視点が偏るのは仕方の無いこと。

 とはいえ、随分とひどい男のように描写してしまったので、夫を少し離れた視点から書いてみよう。


 思えば彼にも同情すべき余地はある。

 俺と出会ったころ、彼は既に三十を跨ごうという年であった。いわゆる一番結婚したいオトシゴロである。ほぼフタマタで付き合っていた女に振られた彼には俺以外に選択の余地がないようにも思えたのだろう。それでも子供が出来たことを報告した後、五月に予定していた入籍日を九月に延ばされたことを思えば迷いは確かにあったのかもしれない。

 そもそも彼は異常なまでの受身体質である。結婚に対しても『俺は何もしないけど、嫁の方が勝手に来てくれればいいや』と思っていた節は否めない。

 当時はアザとーも初めての男にのぼせていた。若さに任せて押せ押せの小娘を防ぐ術など持ち合わせてはいなかったのだろう。

 ところがこの嫁がくわせものであった。女なら出来て当然の家事が異常に苦手なのだ。

 仕事に疲れて帰ってくれば妻はようやく洗濯を取り込もうとしているところ。さっきまで飲んでいた茶のカップは出したままだ。

 不機嫌なまま食卓に着けば出てくる料理は彼の口には合わない。洋食を好む彼に対して、妻は和食を出してくるからだ。正直、アザとーの料理はざっぱである。基本『煮れば食える』『焼けば食える』を豪語する料理は、当時調理関係の仕事をしていた彼にすれば見た目的にもそそらないものであったのだろう。

 おまけに結婚当初は単身赴任中の嫁の父親と同居していた。人見知りでよそ行きの顔は大人しい彼は、やたらと人懐っこくて陽気な義父の話に相槌を打つことさえ苦痛であっただろう。

 この義父がマメで、ちょろちょろする性質なのも気に食わない。休みの日に掃除機がけなどしているのをみれば、どうしても気を使う。

「お前がきちんと掃除しないから、あいつが掃除するハメになるんだろ!」

 怒っても妻はきょとんとするだけだ。

 義父との同居が解消され、年月を経ても妻は成長しようとはしない。妙な開き直りだけは感じられるが……

 おまけに自分の母親に対して反抗的でもある。これが彼にとって一番我慢ならないことであったのは間違いないだろう。どうしても自分の母親と見比べてしまう。

 上品な外見で女言葉を話す世間知らずな母親に比べ、男言葉に男の服装、時に自分を超える知識を見せるアザとー。どちらが可愛いかなど一目瞭然である。

 おまけに妻には年不相応の子供っぽさがある。水族館に連れて行けば嬉々として淡水魚コーナーで立ち止まり、水槽に鼻をこすりつけて何十分もそこにいる。魚に興味が薄く、さっさと先に進みたい彼にとっては全くもって迷惑なことだ。

 そして望む『女の子』像とはあまりにも違いすぎる。女の子代表である母が喜びそうな花畑や、ケーキバイキングなどに連れてゆけば、明らかに興味ないことが表情に表れすぎだ。

 もしアザとーが普通の女の子のように彼が決めたデートコースを「わあ、すご~い」といって楽しむフリを出来るタイプなら、二人の関係性はもっと変わっていたかもしれない。

 ともかく一言で言ってしまうなら相性が悪い。

 彼の理想は帰ってきたらホテルのように部屋が整っており、座れば自分の望んだ飯が饗され、思っただけでテレビがつけられ、言葉を発せずともビールを持ってきてくれる……それが妻というものだと思っていた。

 ところが現実は、テレビをつけて欲しければ『お願い』しなくてはならない。食べたいものは『指示』を出さなくては作られない。ビールにいたっては経費削減で買ってすらこない。

 面倒くさがりの彼には仕事で疲れた上に煩わしいことを考えるのがこの上ない苦痛であった。

「言わなくても解るのが夫婦だろう!」

「そんな超能力みたいなことが出来るかっ! そもそもそういう関係を目指して言葉を掛け合うところからはじめるモンなんじゃないのかっ!」

 この小賢しさも気に食わない。大して学もないくせに弁が立つ。

……だから余計に腹も立つ……

 それでも不細工だバカだと罵り、抱く気さえ失った女を彼が手元に置き続けているのは『男の責任感』というものだ。

 曲がりなりにも仕事をこなし、家のローン光熱水費を払った上に些少なりとも食費を寄越しているのだから、夫としての努めは果たしていると認めるべきであろう。たまには家族を遊びにも連れてゆき、旅行にも連れて行っているのだから……

 ただ、アザとーは旅行の好みも夫とは合わない。一度連れて行ってもらったハワイも買い物をするところしかなくて楽しくはなかった。あれがテレビで見た火山の近くとか、やったことのないマリンスポーツとかならこの上なく楽しめただろうに……


 アザとーがあまりにできん子であるがゆえ、彼は『妻』というものへの幻想を捨てきれない。そしてアザとーはどう努力しても彼の『理想』にはなれない。

 そういう意味で言うと、彼も被害者なのである。


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