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 ばしんっ。

 激しい音が鼓膜を突き破らんかのごとくにぜる。

 次の瞬間には、激しい衝撃しょうげきとともに、その場を弾き出されていた。

 固い床でしたたかに尻を打つ。

ってぇ……!!」

 たおやかだのしとやかだの、およそ女性らしい形容とは程遠い声をあげ、少女は、うめいた。

 煌々(こうこう)と辺りを照らすのは、不自然なほどに白い光。

 ほとんど無明むみょうの夜闇を見つめていた目が、痛んだ。

 慣れるまで、二呼吸、三呼吸ほどの時を要する。

 慣れてしまえば、そこは、馴染なじみの部屋――少女の自室であった。

 広い。

 高校生の少女が一人で占有するには、十分すぎる広さである。

 特徴的なのは、壁一面を埋めるように架けられた書架であろうか。

 隙間なく並べられた書物に、小説や漫画の類は見当たらない。

 無論、彼女だとて、それらを全く読まぬということはない。

 が、少なくとも、この部屋に置かれている書物は、そういったものではなかった。

 そして、もうひとつ。

 この部屋を、女子高校生の部屋らしからず見せる『もの』がある。

「晴明の阿呆あほう

 腰をさすりながら起き上り、少女は、目の前に鎮座ちんざする『それ』に向かって、子供っぽい仕草で舌を突き出した。

 『それ』は、一見すると、大きな箱庭のようであった。

 正方形をしたその一辺が、両の腕に余りそうなほどである。

 碁盤の目のように、整然と整った道がついている。

 精緻せいちな細工の屋敷が並ぶ。

 木々が茂り、川が流れる。

 雨が降っていた。

 雨の中、大路を、牛の引く車が、ゆっくりと渡っていく。

 それは、千年以上も前の、みやこの姿であった。

 生きている。

 箱庭の中に配された様々のものが、よくよく見れば、微々細々(びびさいさい)、動いているのである。

 雨に打たれた木の葉は落ち、地面へと積もっていく。

 不思議のことであった。

 だが、少女にとっては、それらは当たり前のことであるらしい。

 気にする風もなく、むしろ、変化を楽しんでいる様子でもあった。

 箱庭の上を動いていたその視線が、一軒の屋敷にさしかかったあたりで、止まる。

 土御門つちみかど

 そう通称される屋敷であった。

 草の茂る庭に面した濡れ縁に、小さな影が動いているのが、見える。

 先ほどの少年――晴明であった。

 安倍晴明あべのせいめい

 言わずとも知れた、希代きたい陰陽師おんみょうじの名である。

 平安の世に、この人ありと恐れられた。

 不思議の仕業わざは、千年を経た今でも、語り継がれている。

 その晴明の魂魄こんぱくを宿した人形であった。

 動き、酒を飲むのも、また、道理といえば道理であろう。

 晴明の人形と、目があった。

 箱庭から少女を弾き出したそのやり方が、いささか乱暴に過ぎたと、反省したのだろうか。

 晴明が、口元に運ぼうとしていた杯を、横へ置く。

伊織いおり。怪我はないか」

 気遣わしげな声に、少女――伊織は、しかし、そっぽを向いた。

「別に」

 棘棘とげとげしく、言う。

人形そのすがた晴明あんたの術ごときで、怪我なんて。そんな間抜まぬけ、するわけないでしょ」

 その返答に、

「ふん」

 今度は、晴明の声が、とがった。

「可愛げのないことだ」

 それきり、黙る。

 伊織の方も、

「どういたしまして」

 そう言ったきり、それ以上、話を続けようとはしなかった。

 激しさを増した雨に、晴明は、屋敷の奥へと姿を消す。

 蔀戸しとみどを下す微かな音が聞こえ、それきり、沈黙してしまった。

 ただ、雨の打つ音だけが、残る。

 やむことなく、いつまでも、いつまでも――。

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