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暗渠  作者: レタス沢
セフレ編
2/2

3月の章

ナンパした女の子は齢18で、おれとはちょうど10歳離れていた。

なるほど若い、というのが彼女から受ける印象のすべてだった。絵文字、顔文字濫用のメール。語彙が少ないので文章がつたない。

どうにも大人の女性に魅力を感じるおれには少し物足りないが、こちらにはどうせ遊びなのだからというハラがある。それに18の肌は、18の肌というだけで何か神聖な領域を想像させた。


そんな彼女とのやりとりで、ある告白があった。実は彼氏と同棲している由。

以前からヒント――例えば日中は返信できないことや、おれからのメールは読んだら消去しているとのこと――があったので驚くにはあたいしない。

「彼氏を大切にしたまえよ」などと返しつつも、会う約束をとりつけた。

順調であったらナンパなんかに釣られるはずはないのである。つまり、彼女はなんらかの不満あるいは不安を抱いていると、直覚していた。


「またこんなのか」


携帯端末を枕元に放って、天井をあおいだ。

前の彼女は連絡をよこさない優秀なアスリートだったし、その前はIQが140オーバーの偏った天才だった。今度は彼氏持ちの迂愚かいな、というのが失笑の種だ。


蛍光灯をヘイゲイして考えること、ふたつみっつ。

まず相手がどうしたいのか、ならびにどうあるべきか。

彼女の思考パターンから、注意すべきは深読みしないことである。簡単に考えることは案外、簡単ではない。


少考して、彼女が彼氏とかみ合わない部分、その調整がおれの役割だろうと結論した。

次いで彼女はどうあるべきか。彼氏との円満な関係の維持発展に尽力すべきである。

もちろん、そのためにはおれと関係を持ってはならない。つまりおれは欲のはけ口を自ら遠ざける。が、かわりに彼女を間違っていない道に導くことができる。

性欲が満たされない場合は道徳欲が満たされ、道徳欲が骨折するとき性欲が充実するというわけだ。


もうひとつ。

世にありふれた浮気というものが、単なる利己から昇華して、例えば文学的になるときはどんなときなのかを夢想した。


おれは18の彼女を思い浮かべた。そして、くちびるを重ねるのはもちろん手も握らない、指一本触れることなく彼女の気持ちのすべてをおれに向かせることができたら……こんな美しい浮気はなかろうと思った。

彼女は恋愛歌のワンフレーズに、街行く似た年格好の男に、そして何より彼氏に抱かれるたびに、おれを想うのである。


世間では何をしたら浮気、どこまでがセーフでどこからがアウトなどと議論している。愚かしい。はたして行為の制限で浮気を制限できるだろうか。気持ちそのものがうわついて『浮気』じゃないか。

恋愛などは気持ちの事件なのだから。だからこそ夢想する。彼女の気持ちだけをもてあそびたい、と。


重要でないので後回しになった。18歳の彼女を『りこ』と呼ぼう。


約束の日。りこと待ち合わせてカラオケに行った。

終始うかない面持ちの彼女に問うた。


「彼は大事にしてくれるかい?」


彼女は首を振ってNOと答えた。


「ソクバクする?」


……YES


「じゃあもう彼のこと嫌い?」


……NO


彼女はけだるそうに彼との現状をはなし始めた。

付き合って長いこと。携帯電話は隅々まで監視されていること。そして暴力を受けていること。そんな悩んでいるときにおれと会ったこと。彼女は苦笑いしながら、今日はバイトをすっぽかしていることも付け加えた。


交際相手に暴力をふるうのは言語道断だが、話を聞けば病巣は深い。

りこと彼氏、それぞれが『家庭の事情』のしわ寄せを喰って育っている。ふたりは影を共有することで寄り添いあっている気がした。


薄暗い部屋に、ディスプレイのデモ画面がチカチカとやかましい。ふいに訪れた沈黙に、空調の送風音が遠慮がちに割って入る。


りこが言った。


「今日の下着かわいいンだよ」


彼女を見た。おんなが乱れておねだりしてくるとき共通の、媚びた上目遣いだ。


「誘ってるのか。ダイタンだな」


「そうじゃないけどサ……」


「……目ぇ閉じて」


おれは彼女を抱き寄せてキスをした。ああ、文学的浮気の夢想はどこへやら。


長いキスを終えた。彼女を見た。まだというのか、ますますというのか、目はとろんとして媚びている。


「なんだよ、彼氏持ち」


彼女は不満そうに口を結んでいる。


「……もう会うのはやめよう。メールするのもな」


返事はない。


「じゃあね、」


おれは彼女の頭をポンポンとなでて、個室を出た。会計はテーブルの上に置いてきた。


いいつけを守ったのか。事後、りこからの連絡はなくなった。おれもおれで、もうナンパしようとは思わなくなった。

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