第3話
麗奈の出発当日、智美は学校をサボり、麗奈の家に来ていた。
『どうしたの、その髪』
黒髪のロングヘアが自慢の麗奈の髪の毛が、バッサリ肩上で揃えられていて、赤みがかった茶色に染められていた。
『似合う?』
『うん。今までよりかなり子供っぽくなったけど、凄く可愛いよ』
『この写真を見て』
麗奈が舞の写真を見せた。
『これと同じ髪型にしたんだ。しかも色まで。でも思い切ったことしたねぇ』
半ば呆れ気味に言った。
『これだけ似せたらまーくんを墜とせるんじゃないかなって』
『ほんとに好きなのね。参りました』
『じゃあそろそろ私、行くね』
『東京駅まで送るよ』
『ほんとっ?』
『麗奈の旅立ちを見届けたいしね』
『ありがとう』
私鉄とJRを乗り継ぎ、東京駅に着いた。
麗奈は乗車券を、智美は入場券を買って、新幹線のホームに来た。
『あ、そうそう、これ、兄貴から麗奈へって』
智美が封筒を渡した。
中には現金と手紙が入っていた。
〔少ないですが臨時ボーナスです。気をつけて行ってらっしゃい〕
『智美、これ…』
『兄貴からの餞別だよ。店のことは気にしないでいいよって言ってたよ。直接言えばいいのに。忙しさにかまけて…ねぇ』
『ありがとう…ごめん、今はこれしか思いつかないよ』
麗奈は涙目になっている。
『何泣いてんのよ。ほら、さっさと乗んないとドア閉まっちゃうよ』
麗奈は新幹線に乗り込んだ。
『いい話ができるように頑張ってくるね』
『うん、何かあったら連絡してよ』
ドアが閉まった。
ゆっくり走り出し、2人はお互いが見えなくなるまで手を振っていた。
席に座り、雅夫の写真に話しかけた。
『もうすぐ…会えるね』
麗奈は、しばしの眠りについた。
数時間後、
『間もなく小倉に到着致します。ご乗車ありがとうございました…乗り換えのお客様は…』
アナウンスで目覚めた麗奈は、出口のドアに向かった。
新幹線がホームに入り、停車してドアが開く。
『着いたぁ〜。座りっ放しで疲れたよ』
改札を出て、駅の表に出た麗奈は深呼吸をした。地元、八王子とは違う街並にちょっとした期待と不安を抱きながら交番を探した。
駅の左側に交番を見つけた麗奈は、メモを片手に入って行った。
『あの〜、すいません。ここに行きたいんですが』
メモには、
大下雅夫
北九州市小倉南区…
と、書いてある。
『あそこからバスに乗って、池の下っていう所で降りたらすぐですよ』
警官の丁寧な対応に、麗奈は礼を言った。
『ありがとうございます』
1時間弱バスに揺られ、目的地に着いた。
バス停から100メートルほど歩いた所にその場所はあった。
ピンポーン
『はーい』
玄関の開き戸が開いた。
『あの、桜田といいますが、雅夫さんいらっしゃいますか?』
『ごめんなさいね。雅夫は違う所で1人暮らししてるんですよ。ちょっと待ってくださいね』
雅夫の母が住所を書いたメモを渡した。
『ここからバスと電車を乗り継いで2時間くらいはかかりますよ。行き方わかります?』
『いえ、こちらに来たのは初めてなんで』
『バスで駅まで行って、電車で博多駅まで行ってください。駅からは歩いて15分位です』
『そうですか、ご丁寧にありがとうございます』
『わざわざ来てもらったのに、悪かったわね』
『いえいえ、失礼します』
麗奈は雅夫の家へ向かった。
『あの人、どっかで見たような…』
母は、そう思いつつも気にもしなかった。
『ふ〜っ、疲れた。早く帰ろう』
車を走らせ、雅夫は家路を急いだ。
『あのバカ部長、こき使いすぎだよ』
雅夫は中堅企業の電算室長で、いつも仕事を丸投げする事業部長に呆れ果てていた。
連日にわたる深夜残業で、疲れが溜まりに溜まっていた。
『ま、家に帰ったところで待つ人はいないし…』
36歳になる雅夫は、それなりの付き合いをしてきた。が、本気で恋愛ができないでいた。
『急がないと、店が閉まってしまう』
入社以来、行きつけの食堂の閉店時間が迫ってきてる。
雅夫のアクセルを踏む足に力が入る
『!!』
正面に麗奈が飛び出してきた。
雅夫は急ブレーキをかけた。
『バカヤロー!危ねぇだろっ!気をつけろっ』
ドア越しに雅夫が叫んだ。
『すいません』
顔を上げた瞬間、
『…舞ちゃん?』
『すいません、本当にごめんなさい』
麗奈は走り去って行った。
『おーい、君ぃ〜!』
雅夫は18年前に別れた舞のことが忘れられずにいた。
『あー、ビックリした。やっぱ暗いと家がわかんないよ。明日探そっと』
麗奈はネットカフェに行って一夜を明かすことにした。
舞らしき姿を見て、呆然としてる間に、食堂の営業時間はとうに過ぎてしまっている。
『弁当でも買って帰ろう』
コンビニに寄って、雅夫は自宅に戻った。