第24話
日が傾き、長い影を作る頃、雅夫の車は八王子の出口を降りた。渋滞を抜け、駅にほど近い住宅街の中に麗奈のアパートがあった。
『お母さん、ただいま』
部屋の片隅の仏壇には舞の遺影と位牌が並んでいる。
『お線香あげさせてね』
雅夫は線香に火をつけ、手を合わせた。
…舞ちゃん、こんな形で会うなんて夢にも思ってなかったよ。今さらだけど、あの時は何も知らずに叩いてごめんね。もっと早く謝ればよかったよ。でも、ちゃんと言えて良かった。もしかしたら、麗奈ちゃんを愛してしまったかもしれない。昔、舞ちゃんを愛した時みたいに…
舞の遺影は2人で行った旅行の写真の一枚を使っていた。
『お母さんは写真嫌いだったから、これしかなかったの。幸せな時の写真だからいいよね』
『うん、ずっとあの時のままだね』
『お母さんに何を話していたの?』
『昔、舞ちゃんを叩いたことがあってね。それを謝ってたんだ』
『お母さん言ってたよ。まーくんは私を真剣に愛してくれてた。叩かれたほっぺは痛かったけど、それ以上に心が痛かった。だからまーくんの近くから離れて行ったって。私に麗奈って名前をつけたこと、お母さん1人で私を育てたこと、全部聞いたよ。まーくんは私の名付け親でもあるんだよね』
『麗奈ちゃん、自分の名前、好き?』
『好きだよ。まだまだ名前に負けてるけどね』
『そうだね〜』
『納得するところじゃないでしょ!』
部屋には必要最小限の家財道具しかなく、生活感がない。
『荷物、少ないんだね』
『お母さんが死んでだいぶ処分したから』
『そうなんだ』
『1人で生活する分には、これで充分だよ』
雅夫は、舞の死後から厳しい生活を強いられて来たんだと感じた。誰かに甘えれば、それなりの生き方が出来たのかもしれない。あえて、誰の援助も受けずに今まで生活してきた麗奈に愛おしささえ感じた。しかし、福岡と東京の遠距離でどういう風にしたらいいのか、雅夫は考えていた。資金の援助なら距離は関係なくできるが、麗奈は納得しないだろう。
『明日、一緒に行ってもらいたい所があるんだ。来てくれるよね』
『いいよ』
『お腹すいたね。何食べたい?』
『ハンバーグ!』
『子供だねぇ』
『いいじゃん!』
『じゃあ、買い物に行こっ』
近くのスーパーは、夕食の準備をする人でごった返している。カゴに材料を入れていく。
『なんか、私達夫婦みたい?』
『そうかぁ、親子じゃない?』
『いいえ、絶対夫婦です!』
『こりゃまた可愛い奥さんだこと』
『当たり前じゃん』
『そこは否定しないんだ』
『事実は曲げられませ〜ん』
会計を済ませ、アパートに戻った。麗奈はエプロンを着け、手際よく料理を始めた。
その姿をじっと見ている雅夫。
『まーくん、どうしたの?』
『ううん、舞ちゃんの姿とカブッてね』
『これ、お母さんのエプロンなんだよ』
『そうなんだ』
『これを着けてると、お母さんと一緒に料理してる気がするんだ』
炊飯器のご飯も炊き上がり、テーブルの上に献立が並んだ。
『いただきます』
『ほんと麗奈ちゃんは料理うまいよね』
『お母さんに鍛えられたし』
『麗奈ちゃんの料理が毎日食べられたら幸せだよなぁ』
『でしょ〜』
『ご飯の硬さもちょうどいいし、おかずの味付けもオレ好みなんだよね』
『お母さんって、まーくんに料理作ったりしてたの?』
『何回かあったよ。その時もハンバーグだったよ』
『どっちが美味しい?』
『どっちも美味しかったよ』
『優柔不断っ!』
『えーっ!この前と違うじゃん!』
『ここは麗奈ちゃんのが美味しかったよって言わないと。優柔不断な人にはご飯作ってあげないよーだっ』
『それだけはご勘弁を』