第19話
『麗奈の初キスでございまーす。お母さんのこと、リアルに思い出した?』
『とても…』
雅夫の頭の中は、幻想と現実が入り乱れていた。隣にいるのは舞じゃない。でも確かに舞のDNAを引き継いでいて、しかも生き写しの麗奈が隣にいる。今まで舞以外は受け付けなかった雅夫の心が、急速に麗奈に傾き始めていた。
『まーくん、どうしたの?』
雅夫は放心状態になっている。
『いや、びっくりして』
『キスしたのが?』
『うん…』
麗奈は心配そうに雅夫を見た。
『私のこと、嫌いになった?』
『ううん、そんなことないよ』
好きだとは言えない雅夫。
『よかった』
『麗奈ちゃん、初キスって…』
『そうだよ。生まれて初めてのキスが今、まーくんにしたやつ』
麗奈はあっけらかんと言った。
『そんなのは大事な人の為にとっとかないと』
だからまーくんにしたんでしょ、と言いたいのをこらえて、
『いいのよ。練習だから。ちゃんと本番では失敗しないようにしとかないと』
かわいくないなぁ、と心の中で麗奈はつぶやいた。
『練習台かよ』
『そうよ…。それよりも』
『はい?』
『遊園地!』
『あっ、そうだね。行こ行こ』
歩いて来た道を戻って、車に乗り込み、遊園地に向かった。休日なら駐車場に入るだけでも、かなり待たされるが、平日は待ち時間もなく、すんなり入ることができた。
『着いたぁ』
入場料を払い、ゲートをくぐると、麗奈は絶叫マシンの乱立するエリアに走って行った。
『あのさ、オレ、絶叫マシンって苦手なんだけど…』
『知ってるよ。お母さんから聞いてるもん』
『違うのに乗らない?』
『え〜っ、面白いじゃん。苦手なら今日克服しよっ』
『克服って言われても…すぐにはムリだよ』
『大丈夫、怖かったら私が手握ってあげるから』
『いや、そういう問題じゃなくって…』
『お母さんは絶叫マシン大好きだったよなぁ』
『それ言われると弱いなぁ』
当時は‘しょぼい’マシンしかなかったから、何とか無理すれば耐えられたが、今のは雅夫の許容範囲を遥かに越えてる。
『じゃ、最初はこれ』
麗奈が選んだのは、直下型のジェットコースターだ。
『絶対無理。無理無理』
『無理じゃな〜い。はい、行こうね』
麗奈に手を引かれ、乗り場に行った。
順番が回って、コースターに乗り込んだ。
『一番後ろが一番怖いのよぉ』
麗奈が笑いながら最後尾に座って言った。
『大丈夫、死なないから』
雅夫は完全に萎縮してしまってる。
麗奈が雅夫の手を握った。
『まーくん…』
顔が青くなっている雅夫を見て、麗奈の握ってる手の力が強くなった。
『大丈夫…』
『私がついてるからね』
〔発車しまーす〕
雅夫は死刑台のエレベーターを上ってるように感じた。
スタートからゴールまで約3分だが、雅夫には何倍にも長く感じた。
『あ〜、おもしろかった』
『あ〜、怖かった』
『まーくん、よく頑張ったね』
麗奈が雅夫の頭をなでた。
『オレは子供かよっ』
『だって、ずっと目をつぶってるまーくん、かわいいんだもん。ねぇ、知ってる?目をつぶってるほうが怖さが倍増するんだって』
『そうなの?』
『周りが見えないと不安になるでしょ?』
『まぁ、確かに』
雅夫は微妙に納得した。
『じゃあ、次はこれに乗ろっ』
水に飛び込むジェットコースターに乗った。
『これならオレも大丈夫』
『私のレベルではお子ちゃまね』
『はいはい』
これは一番前に乗った。頂上から滑り落ちる時の水しぶきが、容赦なく2人を襲いかかった。
『もぅ、ビショビショだよ』
ビニールのポンチョを着て乗ったものの、ずぶ濡れの雅夫と麗奈。スタッフからタオルを受け取って頭を拭いた。
『今時期だとかなり寒いよね』
『クシュンッ』
麗奈がくしゃみをした。