第17話
『ごめんね。なんか情けないところ見せちゃって』
ハンカチで涙を拭った。
『いいえ、大下さんってほんとに母を愛していたんですね』
『えっ?』
『いろいろ聞きましたから』
『良いことも悪いことも』
『ええ、いつも母が大下さんの話をする時、高校生の顔になってたんです。それを見て、私も大下さんに興味を持って、早く会いたいと思ってあの夜も大下さんの家を探していたんです』
『そっかぁ。あの時は余りにも似てたもんだから、タイムマシンで舞ちゃんがやって来たかと思ったよ』
『そんなに似てますか?母と』
『髪型・顔は勿論、声や仕草も似てるよ。親子っていうよりも双子みたい。高校の時の舞ちゃんしか知らないから、余計にそう思ってしまうのかも』
『仕草?』
『そう、落ち着かなくなると前髪を触る癖…とかね』
『ははっ、これは母親譲りだったんですね』
と言いつつ、又前髪を触っている。髪型を変えたのは正しかったと、麗奈は心でガッツポーズをした。
『あの〜』
『ん?』
『ダメ元で聞くんですが、私もまーくんって呼んでいいですか?』
『いいよ。なんな照れるな。そうに呼ばれるの、舞ちゃん以来だからなぁ』
『まーくんっ。キャハっ!呼んじゃったぁ。あ、あと、タメ語で話してもいいですか?』
『全然構わないよ』
『よかったぁ』
麗奈の顔から緊張がほぐれてきた。
『よしっ、帰ろうか…って麗奈ちゃんの家ってどこ?』
『東京の八王子。学校も八王子だよ』
『は…八王子…。そっかぁ。舞ちゃん東京にいたんだもんね。だったら家に来る?狭苦しいとこだけど』
『いやらしいことしないなら』
『バ、バカっ、そんなことしたら舞ちゃんに怒られるよ』
『そりゃそうだ。じゃあ、まーくんの家にGO!』
『イエッサー』
別府の夜景を背に、2人は福岡に帰って行った。
助手席に座ってる麗奈の姿が、舞のあの言葉を思い出させた。
『私は助手席に乗りたいのっ…』
雅夫の心は痛んだ。
『そういえば、美幸姉ちゃんがラジオ聞いてって言ってたよ』
雅夫はラジオのスイッチを入れた。美幸の番組は既に始まっていた。
『美幸姉ちゃんの声だぁ。ラジオから聞こえるってチョー感動!』
『この番組って結構人気があるんだよ』
選曲のセンスの良さと、美幸の辛口トークが幅広い世代の支持を得ている。
『早良区のラジオネーム、ミューさんからのメールです。麗奈ちゃん、やっと会えてよかったね。雅夫君と仲良くね。ミューさん、ありがとう。リクエストは麗奈ちゃんと雅夫君にということで…』
『ミューって…』
『多分、美幸ちゃんのラジオネームじゃない?自作自演でメッセージを流したんだよ』
『なんか恥ずかしいね』
『公共の電波を私物化して…』
雅夫は言葉とは裏腹に微笑んでいた。
家に着いた2人は
『どうぞ』
『お邪魔しま〜す』
『へぇ〜、意外と綺麗にしてるんだ』
『でしょ?』
『あっ、お母さんの写真。飾ってくれてるんだね』
本棚の上の写真を見て麗奈が言った。
『ジュースでいい?』
『はい』
雅夫がジュースを持ってきた。
『麗奈ちゃん』
『はい?』
『お母さんの病気って何だったの?』
『乳ガン』
『ガン…か』
『病院に運ばれた時は、手遅れだってお医者さんが言ってた。具合が悪くても病院に行かずに朝昼晩仕事ばっかりしていたから…』
『そうなんだ』
『うちは母子家庭なんだから、お母さんが2倍働かないと、って口癖のように言ってたんだよ』
『…舞ちゃん、頑張りすぎたね』
『私、お母さんのお葬式では全然泣かなかったんだよ。泣いちゃったら…ゆっくり眠れないかなって思って。今までお母さんのことで全然泣いたことないんだよ…』
気丈な性格も舞譲りだった。しかし、雅夫に会ったことで安心したのか、麗奈の声が涙声になってる。
『麗奈ちゃん…』
『だからさ、今、泣いていい?』
『うん、思いっきり泣きな。一生懸命頑張ったもんね』
『うん』
麗奈は雅夫の胸で堰切ったように泣いた。雅夫はしっかりと麗奈を抱きしめていた。