第15話
家に着いた雅夫は、舞と旅行に行った時の写真を見ていた。鶴見岳でのツーショット・地獄巡り…
……
『ねぇねぇ、ほんとの地獄ってこんな感じなのかな?』
地底から沸き上がる泡を見て舞は雅夫に言った。
『ん〜、行ったことないからなぁ』
『まーくん、私を捨てると地獄行きだよ』
意味深な笑顔で舞が言う。
『怖いこと言うなよ』
『でも、結婚したら天国に行けま〜す』
『それってプロポーズのつもり?』
『嫌?』
舞は雅夫の顔を覗き込んだ。
『嫌だなんて…謹んでお受けします』
『こういうことって普通男の人がするものよ』
雅夫と舞は向き合った。
『では改めて、舞ちゃん、僕と結婚してください』
『はい』
『なんか恥ずかしいなぁ』
『ねぇねぇ、子供の名前どうする?』
『ちょっと早すぎやしねぇかい?』
『いいじゃんいいじゃん』
『うーん、そうだなぁ、女の子なら麗奈。なんかかわいくない?』
『男の子なら夢雅。まーくんの名前と夢をかけてみましたぁ』
『決まりだね』
『うん、私が20歳になったらまーくんの子供を産むね』
『リアルだなぁ』
『早く子育てをして、40になったらまた2人でラブラブになるの……』
……
翌朝、麗奈の荷物を積んだ美幸の車は、鶴見岳に向かった。
『私の荷物も持っていくの?』
麗奈が美幸に尋ねた。
『麗奈は大下君の家に住むようになるから』
『もうヤダーっ、美幸姉ちゃんったらぁ』
麗奈は美幸の肩を叩きながら言った。
『大下君が断れば、私んちに戻ってくればいいんだし。ヤツが断ることは120%ないけどね』
『そのココロは?』
『よくわかんない』
『なにそれっ』
『これだけは間違いないわ。麗奈で大下君の心が打ち解けないようなら、誰もアイツは救えないよ』
『う…ん。美幸姉ちゃんプレッシャーかけるなぁ』
雅夫も鶴見岳に向かって車を走らせていた。美幸と会って、何を話せばいいのか、頭の中でいろいろ考えていた。
先に着いた美幸と麗奈は、ロープウェイで頂上に登った。
『少し寒いね』
下界は緑の木々も、頂上ではすっかり紅葉が進んでいる。
『ほら、あそこ』
美幸の指差した先には、舞と雅夫が写真を撮った石碑があった。
『ここが…』
『そうよ。ここから麗奈と大下君は新しい一歩を踏み出すのよ』
『なんかドキドキしてきたよ』
麗奈は美幸の手を掴んだ。
『麗奈は普通にしてれば大丈夫!』
『普通って言われてもなぁ…』
待ち合わせの時間の10分前、美幸の携帯が鳴った。
『着いた?頂上の石碑の前にいるから』
電話を切った美幸は麗奈に言った。
『麗奈、もうすぐ来るよ。私は仕事があるから帰るね』
『一緒にいてくれるんじゃないの?』
『私の役目はこれでおしまい。荷物は大下君の車に積んどくよ。下りのロープウェイが来るから、じゃあね』
『美幸姉ちゃん』
『何?』
『ありがとう』
『今夜の私のラジオ、聞けたら聞いてね』
『うん』
美幸は下界に降りて行った。
麗奈は雅夫に会える期待と不安に胸を躍らせている。何度も前髪をいじり、そわそわして落ち着かない。
入れ替わりに登って来たロープウェイから何人かの人が降りてきた。その中に雅夫の姿があった。雅夫は石碑の前にいる麗奈に向かって歩いてきた。
『あっ!!ま、舞…ちゃん?』
感激のあまり、やっとの思いで麗奈は声を発した。
『やっと逢えましたね。え〜っと…』
雅夫は訳のわからないまま、自己紹介をした。
『大下、大下雅夫です』
舞と初めて会った時がフラッシュバックした。
『私は、桜田麗奈です。舞は私の母です』
『えっ、舞ちゃんの娘…かぁ』
雅夫は辺りをキョロキョロしてる。
『どうしたんですか?』
『いや、待ち合わせ…』
『美幸姉ちゃんなら帰りましたよ』
『美幸姉ちゃん?』
『私の親友のおばさんなんです』
『おばさん…』
雅夫は理解に苦しんでるようだ。